第85話 鑑定へ
騎士隊の詰め所へ着いた頃には、空はもう夕暮れに染まりかけていた。
見慣れた建物の前で立ち止まると、新しい召喚獣は辺りを見回したあと、興味を引かれたものが多いのか、足取りまでどこか弾んで見えた。
「ほんとに落ち着いてるわね、この子」
「助かるけどね。暴れたりしなさそうで」
カケルがそう言った直後、入口から聞き慣れた声がした。
「カケル? リアナ?」
エアリスだった。軽く片手を上げて近づいてきたエアリスは、二人の顔を見てから、新しい召喚獣へ視線を移した。
「……へえ。カケルの家族がまた増えたのかい?」
「今回は師匠じゃないわ。 私よ!」
リアナがすぐに言い返す。エアリスは小さく笑った。
「おや? そうなのかい。じゃあ詳しく聞こうか」
そう言って促され、三人は詰め所の端へ移った。
カケルが事情を話す。
リアナが市場へ行ったこと。
泣いている子どもと出会ったこと。
森のはずれでフォレストフォックスに襲われたこと。
そして、追い詰められたところで光があふれ、この召喚獣が現れたこと。
エアリスは途中で口を挟まず、最後まで静かに聞いていた。
「……なるほどね」
ようやくそう言って、新しい召喚獣を見やる。
「それで、僕に見てほしいと」
「うん。エアリスさんなら、鑑定スキルでわかるかなって」
カケルが言うと、エアリスは少しだけ肩をすくめた。
「悪いけど、僕の鑑定で見られるのは人間だけなんだ」
「えっ」
リアナが目を瞬かせる。
「じゃあ、この子は見られないの?」
「うん。召喚獣の種類やスキルを知りたいなら、ギルドの鑑定士に見てもらうのが早いんじゃないかな」
そこでリアナが、はっとした顔をした。
「そういえば、シルバーもギルドで鑑定してもらったんだった。いろいろありすぎて、そんなことすっかり忘れてたわ」
「今日は特に濃かったみたいだしね」
エアリスはそう言ってから、ふと思い出したようにカケルへ向き直った。
「そうだ。辺境伯閣下から、カケル宛に手紙を預かっている。ちょうど渡しに行こうと思っていたんだ」
「閣下から?」
エアリスは懐から封書を取り出した。差し出されたそれを、カケルは少しだけ表情を引き締めて受け取る。
「ありがとう、エアリスさん」
カケルはその場で封を切った。
紙を開く。目で追っていくうちに、カケルの顔つきが少し変わった。
「師匠?」
リアナが覗き込もうとすると、カケルは紙を少し下げた。
「リアナさんの違和感のことについて、閣下に報告していたんだ。その返事だよ」
「え」
カケルは文面を見直しながら、静かに読み上げる。
「召喚士の中には、新たな召喚獣を呼べるようになる前に、そのような感覚を覚える者もいる、だって」
リアナが目を見開く。
「じゃあ、あれって……」
「うん。閣下も断定はしてないけど、今の感じからすると、あの違和感は召喚の前触れだったんだね」
紙を閉じながら、カケルは少しだけ息を吐く。
リアナは胸の奥へ意識を向けるように、そっと自分の胸元を押さえた。
今はもう、あのざわつきはない。驚くくらい、静かだった。
「……そうだったのね」
小さくこぼしたその声は、ようやく腑に落ちたようでもあり、まだ少しだけ戸惑っているようでもあった。
エアリスが二人を見比べる。
「その感じだと、まずはギルドかな」
「はい。そうします」
カケルが答えると、リアナもすぐに頷いた。
「この子のこと、ちゃんとはっきりさせたいわ」
「じゃあ行っておいで。ギルドマスターに話せば、鑑定士を呼んでもらえると思うよ」
「ありがとう、エアリス」
「どういたしまして。結果がわかったら、あとで聞かせて」
そう言って手を振るエアリスに見送られ、二人はそのままギルドへ向かった。
夕方のギルドは、昼間ほどの騒がしさはないものの、依頼帰りの冒険者たちでまだそこそこ混んでいた。
入口から入った瞬間、新しい召喚獣へいくつもの視線が集まる。
「おい、カケル! また新しいの増やしたのか?」
「今度は何だそれ!」
「見たことねえな……!鳥…なのか?」
半ば面白がるような声が飛ぶ。けれど当の本人は、人の多さに気分が上がったのか、「ケー」と鳴きながら、楽しげにぴょんと跳ねていた。
「……元気ね、この子」
「うん。そこはブレないね」
カケルは苦笑しつつ、カウンターの奥へ目を向けた。ちょうどヴォルガンが出てくるところだった。
「お、カケルにリアナか。どうした」
言いかけて、新しい召喚獣を見る。ヴォルガンの目が丸くなった。
「……何だそりゃ」
「多分、リアナさんの新しい召喚獣です」
「多分って何だ、多分って」
「それを今から見てもらいたいんです。鑑定士さん、呼んでもらえませんか?」
ギルドマスターは召喚獣とリアナを見比べ、それから小さく頷いた。
「わかった。ちょっと待ってろ」
奥へ引っ込み、ほどなくして年配の男を連れて戻ってくる。細い眼鏡をかけた、落ち着いた雰囲気の鑑定士だった。
「新しい召喚獣というのは、この子ですね」
「はい」
リアナが一歩前へ出る。新しい召喚獣も、ぴんと姿勢を伸ばした。
鑑定士はしばらくそれを観察し、静かに目を閉じる。手をかざし、短く息を吐いた。
数秒の沈黙のあと、鑑定士が目を開く。
「……アイアンラプトルですね」
「アイアンラプトル……」
リアナがその名をゆっくり繰り返す。
「レベルは3。スキルは三つです」
鑑定士は淡々と続けた。
「【鋼脚】。超速で地を駆け、蹴りで敵を弾き飛ばす」
「【追い込み】。敵の逃げ道を塞ぐように動き、味方が仕留めやすい位置へ追い立てる」
「【鉄嘴】。鋭いくちばしで敵を打ち据える」
リアナの顔がぱっと明るくなる。
「やっぱり、さっきの動きはそういうことだったのね」
「追い込み、か……」
カケルも納得したように頷く。
「ええ。すごく速かったし、動きも賢かったわ」
当のアイアンラプトルは、自分の話をされているのがわかったのか、「ケーー!」とひと鳴きした。
リアナは思わず口元をゆるめた。
「ねえ。ラプトル、なら……ラプティって呼んでもいい?」
そう声をかけると、アイアンラプトルはぴくっと反応し、嬉しそうにまた鳴いた。
「気に入ったみたいですね」
鑑定士が穏やかに言う。
リアナは嬉しそうにラプティの首筋を撫でた。ラプティも気持ちよさそうに目を細める。
その様子を見ていたカケルが、ふと鑑定士へ向き直る。
「すみません。シルバーも見てもらっていいですか?」
「ええ、もちろん」
鑑定士が今度はシルバーへ視線を向ける。シルバーは静かに座ったまま、じっとその視線を受け止めていた。
再び短い沈黙。
「シルバーウルフ。レベル31です」
「31……!」
リアナがぱっと顔を上げる。
「すごいわね、シルバー」
名前を呼ばれたシルバーは、静かに目を細めた。
「俺たちと出会ってから、ずっと頑張ってきたもんね」
カケルがそう言うと、リアナもこくりと頷いた。
「ええ。本当に頼りっぱなしだったわ」
そう言ってリアナが撫でると、シルバーはされるがままに頭を預けた。ヴォルガンが腕を組む。
「しかし、アイアンラプトルか。珍しいのを呼んだもんだな」
「珍しいんですか?」
カケルが聞くと、ギルドマスターは頷いた。
「少なくとも、この辺じゃまず見ねえな。辺境伯閣下のアイアンレックスを思い出すが、ありゃまた別格だしな」
「やっぱり、近い系統なんだ」
カケルが呟くと、リアナはラプティを見上げた。
ラプティは相変わらず嬉しそうにしている。さっき森の中で命を救ってくれた存在と、今こうして楽しげに鳴いている姿が、まだ少しだけ結びつかない。
それでも、胸の奥にある感覚ははっきりしていた。
この子は、自分の家族だ。
「ラプティ」
呼ぶと、ラプティがすぐに顔を向ける。
「よろしくね」
その言葉に応えるみたいに、ラプティはくちばしを少し上げた。
その横で、シルバーが静かに座っている。頼もしい銀の相棒と、新しく増えた無邪気な家族。
リアナは二体を見比べて、ふっと笑った。
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