第84話 恐竜みたいな子
レオを家まで送り届ける頃には、日がだいぶ傾いていた。花は少し折れてしまっていたが、それでもレオは大事そうに抱えたままだった。
召喚獣に背中へ乗せてもらったこともあって、帰る頃にはすっかり懐いていたが、別れ際になるとまた泣きそうな顔になる。
「おねえちゃん、ありがとう……」
「お母さん、きっと喜ぶわ」
「うん……!」
「ちゃんと気をつけて帰るのよ」
「うん!」
小さな手が何度も振られるのを見届けてから、リアナはようやく借家への道を戻り始めた。
隣にはシルバー。その少し後ろには、新しい召喚獣がぴたりとついてくる。
森を出る頃には静かになっていた胸の奥も、今はもうざわついていない。むしろ妙に軽いくらいだった。
けれど、気持ちまで落ち着いているわけではない。
何が起きたのか。この子は何なのか。
そもそも、本当に自分が召喚したのか。
気になることはいくつもあるのに、隣を歩くその存在は、そんなことはお構いなしとばかりに、時々楽しそうに首を揺らしていた。
借家が見えた時、扉が勢いよく開いた。
「リアナさん!」
カケルだった。その声に、リアナは思わず足を止める。
「し、師匠?」
「遅かったから、そろそろ探しに行こうかと思ってたんだ。市場で何かあった?」
そう言いながら駆け寄ってきたカケルは、リアナの顔を見て、次に服の汚れを見る。それからシルバー、そして最後に、見たことのない召喚獣へ視線を止めた。
「……その子は……?」
リアナも振り返る。新しい召喚獣は、借家の前まで来てもまるで物怖じせず、きょろきょろと辺りを見回していた。
「私の……召喚獣なのかな……?」
その言葉に、カケルはしばらく黙ってそれを見つめたあと、ぽつりと呟く。
「……恐竜みたいだな」
「きょうりゅう……?」
聞き慣れない言葉に、リアナが首をかしげる。
カケルは少し考えてから頷いた。
「俺が前にいた世界で、ずっと昔にいた生き物だよ。もう絶滅していて、今は残ってないんだけどね」
「へえ……」
リアナは隣の召喚獣を見上げた。
「こんな子たちがいたの?」
「うん。もっと大きいのも、小さいのもいたらしいよ。俺も本で見ただけだけど」
そこでカケルは、ふと何かを思い出したように目を細めた。
「閣下のアイアンレックスみたいなのも、その仲間にいたね」
「えっ」
リアナが目を見開く。
「じゃあ、この子も……?」
「多分ね。系統としては近いんじゃないかな。ただ、俺にも詳しくはわからないよ」
新しい召喚獣は、そんな会話など気にした様子もなく、嬉しそうにリアナの腕へ鼻先を寄せてきた。
「わっ」
ぐい、と押されて、リアナが少しよろける。
カケルはそれを見て、ようやく大きく息を吐いた。
「……よかった。本当に、よかった」
本気で安堵しきった声だった。けれど次の瞬間には、表情を引き締める。
「ひとまず中に入ろう。何があったのか、ちゃんと聞かせて」
借家へ入ると、カケルはリアナを椅子へ座らせ、自分も向かいへ腰を下ろした。新しい召喚獣は興味津々といった様子で部屋の中を見回し、シルバーはその少し前に座ってじっと様子を見ている。
「……ごめんなさい」
さすがにリアナも、座るなり視線を逸らした。
「市場に行くだけのつもりだったの。でも、泣いてる子を見つけて……」
「うん」
「その子のお母さんの誕生日で、好きな花を摘みに行きたいって言ってて。森のはずれならすぐだと思って、一緒に行ってあげたのよ」
カケルは黙って聞いている。
リアナも、途中から言い訳っぽく聞こえている自覚はあった。
「そしたら、フォレストフォックスが八体も出て……」
「八体!?」
「……ええ」
カケルの顔色が変わる。
リアナはそこで、森の中で起きたことを一つずつ説明した。
レオをうろに隠したこと。
シルバーと一緒に応戦したこと。
思った以上に厳しかったこと。
そして、最後に光があふれて、この召喚獣が現れたこと。
話を聞き終える頃には、カケルの顔には安堵と疲れと呆れが全部混じっていた。
「リアナさん」
「……はい」
「勝手に子どもを連れて森に入るのは駄目だよ」
「うっ」
「森のはずれでも、今は何があるかわからないんだから」
「……ごめんなさい」
「うん」
怒鳴るわけではない。けれど、静かな声のぶん、余計にしみる。
リアナは肩をすくめた。
「でも、あのまま放っておけなかったのよ」
「それはわかる」
カケルはそう言って、小さく息を吐いた。
「無事でよかった」
その言葉に、リアナは少しだけ目を伏せる。さっきレオと一緒に泣いたせいか、また変なところが熱くなりそうだった。
そこへ、新しい召喚獣が何も知らない顔でカケルへ近づいていった。
「わっ、ちょっと近い近い」
くちばしの先が胸元へ伸びる。匂いでも嗅いでいるのか、興味津々といった様子だ。
「この子、ほんとに人懐っこいわね」
「いや、そこはいいんだけど……」
カケルは困ったように笑い、それから改めてその姿を見た。
「でも、やっぱり俺にはわからないな」
「わからない?」
「リアナさんの召喚獣だからね。ナビゲーターも何も言わないんだよ」
「あ……そっか」
リアナは新しい召喚獣を見上げた。
「じゃあ、この子が何なのかも、今はまだわからないのね」
「うん。でも――」
そこでカケルが、はっと顔を上げる。
「エアリスさんなら見られるかも」
「エアリスが?」
「たしか、鑑定のスキルを持っているはずだ。あの人なら、この子の種族もスキルもわかるかもしれない」
リアナの表情も少し明るくなる。
「それなら、すぐ聞きに行きましょう」
「うん。騎士隊の詰め所にいるかもしれない」
カケルは立ち上がりながら、新しい召喚獣をもう一度見る。
「とりあえず、連れて行けそう?」
問いかけると、その召喚獣は嬉しそうに首を揺らした。
「……大丈夫そうね」
「じゃあ行こうか」
リアナがそう言うと、シルバーが静かに立ち上がる。新しい召喚獣も、その横で弾むように一歩前へ出た。
借家へ戻ったばかりだというのに、またすぐに出ることになる。けれど今は、それよりも早く知りたかった。
この子が何者なのか。そして、どうして自分のもとへ来たのか。
リアナは新しい召喚獣を見上げる。
「あなたのこと、ちゃんと知りたいわ」
「ケー!」
そう言って歩き出すと、それはどこか得意そうに胸を張った。その姿に、リアナは思わず少しだけ笑う。
胸の奥は、不思議なくらい静かなままだった。
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