【閑話】強いお兄ちゃん
実はこの閑話が書きたくて、孤児院編を書きました(笑)楽しんでいただけると幸いです!
馬車が揺れるたび、向かいに座るヴィクトールの機嫌がさらに悪くなっていくのがわかった。
「まったく、父上も何を考えておられるのだ」
うんざりしたように吐き捨て、ヴィクトールは腕を組み直す。
「孤児院の視察だと? そんなもの、文官に任せれば足りるだろう。しかも貴様たちまで一緒とは……」
リアナは窓の外を見たまま、小さくため息をついた。さっきから、同じような文句を何度聞いたかわからない。
「兄様、さっきからずっとそればかりね」
「事実だ」
ヴィクトールは即答した。
「そもそも、なぜ俺がこのような場所へ行かねばならん。子どもの相手など専門外だ」
「世話をしに行くわけじゃないわ」
「では何だ。見学か? そんなものに時間を割く意味があるとは思えん」
言いながら、ヴィクトールはさらに不機嫌そうに窓の外へ視線を向ける。馬車の隣を二体のサンダーウルフが並走していた。
カケルは一応、なだめるように口を開く。
「でも、閣下の命令ですし」
「わかっている」
わかっている顔ではない。完全に納得していない顔だった。
「だからこうして来てやっているのだ」
その言い方に、リアナは思わず眉をひそめる。来てやっている、ではないだろう。まったくもう。
けれど、言い返したところで面倒になるだけなのもわかっている。
リアナはちらりとカケルを見た。
カケルもまた、少し困ったように笑っている。ただ、その目の奥には別の心配も見えていた。
この調子のまま着いて、本当に大丈夫だろうか。カケルは小さく息をついた。
「着きます」
御者の声がかかる。ヴィクトールはあからさまに嫌そうな顔をしたまま、馬車の窓の外へ目を向けた。
「ふん」
本当に最後まで不本意らしい。
馬車が止まり、三人は順に外へ降り立つ。二体のサンダーウルフも静かに続いた。
目の前には、聖ミレア孤児院の門。二週間ほど前とは違い、そこに並んで出迎える子どもたちの姿はない。
代わりに、庭の奥からぱたぱたと駆ける足音がした。
「来たーー!」
元気な声が上がる。次の瞬間には、子どもたちが我先にと門のほうへ駆け寄ってきていた。
「また来た!」
「シルバーだ!」
「ワサビ君もいる!」
「ほっぺ歌ってーーー!」
前のような、きちんと整えられた出迎えではない。見つけた瞬間、飛び出してきたような歓迎だった。
リアナは思わず目を丸くした。
「……この前より、ずいぶん元気になったわね」
カケルもほっとしたように頷く。
「前より、ずっと自然だね」
だが、その勢いに真っ先に眉をひそめたのはヴィクトールだった。わっと集まってきた子どもたちがサンダーウルフのほうへ駆け寄るのを見た途端、その顔が露骨に曇る。
「寄るな!」
びしりと響く声に、さすがに子どもたちの足が止まった。
「服が汚れるではないか! 勝手に触れるな!」
いきなり嫌なやつ全開である。
リアナは片手で額を押さえた。やっぱり。
カケルも横で「うわぁ……」という顔をしている。
だが、予想外だったのは子どもたちの反応のほうだった。
止まりはした。けれど、怯えて下がるのではない。
いちばん前にいた男の子が、目をきらきらさせたまま二体のサンダーウルフを見上げて叫ぶ。
「うわ、でっけえ!」
続けてほかの子どもたちも興奮気味に騒ぎはじめた。
「きんいろだ!」
「すげーー!」
「つよそう!!」
「かっけーーー!!」
二体のサンダーウルフは、揃って低く喉を鳴らし、金色のたてがみを揺らした。それだけで、子どもたちの歓声はさらに大きくなる。
「うわーーっ!」
「見た!?」
「すごい!!」
ヴィクトールの表情が、ぴたりと止まった。
そのときだった。
「シルバーもかっこいいけど、きんいろのおおかみさんたちも、とってもかっこいいね?」
ターニャだった。
ヴィクトールの目が、わずかに見開かれる。その次の瞬間。
「──そうであろう!!」
胸を張った。
早い。
リアナは思わず口元を押さえた。カケルが横でそっと視線を逸らしている。たぶん、笑いをこらえている。
だが、本人はそんなことに気づいていない。完全に気分がよくなっていた。
「こいつらを並の召喚獣と同列に見るな」
言うなり、ヴィクトールは先ほどまでの鬱陶しそうな態度をかなぐり捨てたように顎を上げる。
「そこらの獣などとは格が違う。毛並みも、体格も、力もな」
子どもたちは「おおーっ」と素直にどよめいた。
「やっぱりつよいの?」
「どれくらいつよいの?」
「まじゅう、たおしたことあるの!?」
その問いを待っていたとでも言うように、ヴィクトールの目が輝く。
「あるどころではない」
一歩前へ出た。
もはや止まらない。
「俺とこいつらがこれまで討った魔獣の数を聞けば、驚いて腰を抜かすぞ!」
「ええーっ!」
子どもたちの歓声が上がる。
「ほんとに!?」
「どんなやつ!?」
「おっきいの!?」
ヴィクトールは完全に乗った。
「ふん。ならば特別に教えてやろう」
リアナはそっとカケルを見た。
「……兄様、単純すぎない?」
「でも、すごく楽しそうだね」
「子どもたちが、ね」
「ヴィクトールさんも、たぶん」
それには反論できなかった。
子どもたちはもうすっかりヴィクトールと二体のサンダーウルフの前に集まっている。さっきまでの「寄るな」が嘘みたいだ。
「まず、このあたりの森に出る程度の魔獣では話にならん」
ヴィクトールは語り始めた。
いちいち大きい身振りまでついてくる。芝居がかったしぐさは子供の心を鷲掴みにした。
「おおーー!」
「きんいろのおおかみさんたち、かっこいい!」
そのたびにヴィクトールの声はさらによく響くようになっていく。
ターニャは途中からすっかり目を丸くして聞き入っていた。
ときどき二体のサンダーウルフを見上げては、思わず声をもらす。
「きんいろのおおかみさん、すごい……!」
「お兄ちゃんも、つよいのね!」
その声まで拾ったヴィクトールは、ますます得意げになった。
「当然だ」
もう、誰にも止められない。
カケルは苦笑しながらも、少しほっとしたように子どもたちを見渡した。
笑っている。前よりずっと大きな声で。
遠慮なく、目をきらきらさせて。
その光景を見ていると、この訪問が思っていた以上に良い時間になっているのがわかった。
リアナも結局、呆れ半分、安心半分でそれを見守るしかなかった。
兄は相変わらずだ。嫌なやつのままだし、自分が気持ちよくなっているだけだ。
でも、子どもたちは楽しそうだった。それで十分なのかもしれない、と少しだけ思う。
しばらくして、ようやく語りがひと区切りついた。
「また来て!」
「つぎもおはなしして!」
「きんいろのおおかみさんたちも、また来てね!」
次々と飛ぶ声に、ヴィクトールは顎を上げたまま答える。
「仕方あるまい」
すごく偉そうだった。
「そこまで望むなら、また来てやらんこともない」
「やったーーー!」
子どもたちの歓声が、庭いっぱいに広がる。
そこで、さっきの男の子がまっすぐヴィクトールを見上げて言った。
「ぼく、いつかお兄ちゃんみたいにつよくてかっこよくなりたい!」
その一言に、ヴィクトールの口元がわずかに上がる。
「うむ。志は高く持つことだ」
どこまでも偉そうだった。だが、さっきまでより明らかに機嫌がいい。
リアナはとうとう吹き出した。
「もうだめだわ。兄様、完全にその気じゃない」
「そうだね」
カケルも笑う。
その少し前で、ヴィクトールはまだ堂々と立っていた。まるで最初からこうなることが決まっていたみたいな顔で。
けれど、馬車の中であれだけ文句を言っていたことを思えば、変わり身の早さはなかなかのものだ。
帰り際、ターニャが二体のサンダーウルフのたてがみを名残惜しそうに見上げて、小さく手を振った。
「またね、つよいおにいちゃん」
その声に、ヴィクトールはちらりと視線を向ける。
「うむ」
短く応じるその横顔は、思いのほか機嫌が良かった。リアナはそれを見て、また肩を震わせた。
たぶん、この兄はまた来る。その理由を、本人だけは最後まで認めないのだろう。
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