第78話 しまい込まれた物資
一週間後の午後。リアナたちは差し入れを持って、再び聖ミレア孤児院を訪れていた。
今日は前回よりもぐっと気軽な空気だった。エアリスが事前に話を通していることもあり、ベルクマンも表向きはにこやかに迎える。
「またお越しいただけるとは、子どもたちも喜びます」
「前回、みんな楽しそうだったからね」
エアリスが穏やかに返す。その隣で、リアナは抱えてきた包みを見下ろした。
焼き菓子。
エアリスの手配したものに、カケルが少しだけ選び足した。きれいな紙で包まれた、小さな差し入れだ。
庭に出ると、前回よりも早く子どもたちが集まってきた。
「きた!」
「また来た!」
「シルバーだ!」
「ワサビ君もいる!」
その中を、ターニャがぱたぱたと駆けてくる。
「おねえちゃん!」
「こんにちは、ターニャ」
「また来てくれたのね!」
ぱっと明るくなった顔を見た瞬間、リアナの胸の奥が少しだけやわらいだ。
「ええ。また遊びに来たわ」
「ほんとに?」
「ほんとよ。今日は差し入れもあるの」
そう言って包みを見せると、子どもたちが目を丸くした。
「おかし?」
「それ、くれるの?」
「ええ。みんなで食べられるように持ってきたの」
リアナがそう答えると、いちばん近くにいた男の子が、包みとベルクマンを交互に見た。
「……きょう、食べていいの?」
その一言に、空気がほんの少しだけ止まる。リアナは笑みを崩さないまま、しゃがんで目線を合わせた。
「今日のために持ってきたのよ。だから、今日みんなで食べてほしいわ」
男の子はまだ少し戸惑った顔をしていたが、やがて本当にいいのか確かめるようにターニャを見た。
ターニャもまた、小さく目を丸くしている。
「しまっておかなくて、いいの……?」
今度はリアナが一瞬だけ言葉を失った。けれどその隣で、カケルがやわらかく口を開く。
「うん。今日みんなで食べるために持ってきたんだ」
その声を聞いて、子どもたちの表情が少しずつほどけていく。
「じゃあ、ほんとに?」
「あとでじゃなくて?」
「いま?」
「ええ、いまよ」
リアナがはっきり頷くと、今度こそ子どもたちの顔に笑みが広がった。
その様子を見ながら、ベルクマンが後ろから穏やかに言う。
「ありがたいことです。子どもたちも、こういう機会はめったにありませんから」
その言葉に、リアナの胸の奥で何かが冷たく揺れた。
差し入れを配るあいだ、家族たちはまた子どもたちに囲まれていた。
ほっぺは今日もエアリスの肩で機嫌よく鳴き、ワサビ君は再び【隠密】で歓声を集める。茶渋は庭の隅にいたおとなしい子のそばへ寄っていき、その子の膝元に静かに座った。
その輪の中で、ターニャが小さな包みを抱えたままリアナの袖を引く。
「ねえ、おねえちゃん」
「なあに?」
「これ、みんなのぶん、ちゃんとあるの?」
「あるわよ」
「よかった……」
本当に安心したように息を吐いたあとで、ターニャは少し声をひそめた。
「いつものは、しまってあるから」
リアナの心臓がひとつ、大きく打った。
「しまってある?」
ターニャはそこでまた、はっとした顔になった。前回と同じだ。口が滑ったと気づいたときの、小さな固まり方。
リアナは問い詰めるような聞き方はしなかった。代わりに、そっと笑ってターニャの頭を撫でる。
「私はね、ターニャたちがもっと楽しく毎日を送れるようにしたいの。だから、教えてくれる?」
ターニャはすぐには答えなかった。
「……まいにち? 特別な日じゃなくて?」
小さくそう聞き返したあとで、じっとリアナの顔を見る。ほんとうに信じていいのか、確かめるみたいに。
そのとき、足元にいた茶渋が、やさしくひとつ鳴いた。
ターニャははっとして視線を落とし、それからまたリアナを見る。少しだけ迷って、でも最後には小さく「うん」とうなずいた。
「あのね……きれいなおようふくとか、おかしは、院長先生のおへやの中の、おへやにあるの」
その少し離れた場所で、カケルとエアリスもこちらを見ていた。
エアリスは自然な足取りでベルクマンのほうへ歩み寄る。
「ベルクマン院長」
「はい、何でしょう」
「前回も思ったのだが、支援物資の保管状況を少し見せてもらえないかな」
ベルクマンの笑みが、ほんのわずかに止まった。
「保管状況、ですか?」
「ああ。辺境伯様が支援しているんだ。どう活かされているかを把握しておくのは大切だろう?」
穏やかな声だった。けれど逃がさない響きがあった。
ベルクマンは一拍置いてから、また柔らかな笑みを浮かべる。
「もちろん、お見せしますとも。ただ、少々散らかっておりますので――」
「構わないよ」
エアリスは穏やかに言葉を重ねる。
「案内してくれるかな」
ベルクマンの口元が、ほんの少しだけ引きつった。
案内された先にあったのは、院長室の奥に続く保管室だった。中へ入った瞬間、リアナは息を呑んだ。
壁際の棚には、丁寧に畳まれた子ども用の服が何着も並んでいる。
箱の中には、未開封の焼き菓子や保存食。
別の棚には絵本や遊び道具までしまわれていた。
しかも、そのどれもが古びていない。
使い古された気配が、ほとんどない。
「……これ、全部」
リアナの声がかすれる。
ベルクマンはすぐに答えた。
「備蓄です」
「備蓄?」
「ええ。何でもすぐ与えればいいというものではありません。子どもたちには慎ましさを教える必要もありますから」
その言い方は、どこまでも穏やかだった。まるで自分が正しいことを言っていると、本気で信じているみたいに。
「着せれば汚します。与えれば、ありがたみを忘れる。私は飢えさせてはいませんし、寒さにさらしているわけでもない。きちんと管理しているだけです」
リアナの指先が、じわりと震えた。
「管理……?」
「ええ。辺境伯家のご厚意を無駄にしないためにも、責任を持って保管しておく必要があります」
エアリスが、静かな声でベルクマンを見た。
「これでは、支援金が適切に使われているかどうかも疑わしいですね。そちらも正式に確認させてもらいます」
ベルクマンの目がわずかに揺れた。だが、すぐにまた、あの穏やかな笑みを取り戻す。
「もちろんですとも。後ろ暗いことなど、何ひとつありません」
その声音は落ち着いていたが、リアナにはわずかに硬く聞こえた。
エアリスはうなずく。
「そうですか。では、記録も物資も、そのままにしておいてください。こちらで改めて確認に入ります」
「……承知しました」
短いやり取りのあいだにも、リアナの胸の奥では冷たいものが広がっていた。
服も、お菓子も、本も。全部、子どもたちのためのものだったはずだ。
それがこんなふうにしまい込まれているだけで、もう十分におかしい。
「……こんなの、間違ってるわ」
思わずこぼれた声に、カケルが小さくうなずく。
エアリスは二人を振り返り、声を落とした。
「ここから先は、こちらで動くよ。君たちはもう十分やってくれた」
リアナは唇を結んだまま、黙ってベルクマンを見る。あの笑顔のまま、子どもたちの前に戻らせるのがひどく腹立たしかった。
けれど、今ここで感情のまま動けば、怯えるのは子どもたちのほうだ。
エアリスはそんなリアナの気配を読んだように、さらに低く続けた。
「子どもたちには、まだ何も悟らせないほうがいい。今日はこのまま帰ろう。その代わり、ベルクマン院長。確認が済むまで、子どもたちへの支援物資の移動や処分は控えていただきたい」
ベルクマンの笑みが、ほんの一瞬だけ止まる。
「……ええ、もちろん」
「それと、念のため人も置く。表向きは見回りの強化という形にするよ」
その一言で、リアナはようやく少しだけ息をつけた。
逃がさない。子どもたちにも、すぐには火の粉が飛ばない。
その最低限が確保されたのだとわかったからだ。
カケルもまた、静かに息を吐く。
「ありがとうございます」
エアリスは短くうなずいた。
「正式な確認は明日以降すぐに入る。結果が出たら、辺境伯にも報告する」
リアナはそこで初めて、ぎゅっと握っていた拳の力を少しだけ抜いた。
「……わかったわ」
保管室を出る前に、リアナはもう一度だけ棚の中を見た。
きれいな服。
未開封のお菓子。
まだ新しい本。
全部が、子どもたちの笑顔になれたはずのものだ。なのに今は、ただ静かに積み上げられているだけだった。
その光景を胸に焼きつけながら、リアナはカケルたちとともに部屋をあとにした。
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