第77話 答え合わせ
孤児院を出てしばらく歩いたところで、リアナはようやく息を吐いた。
「……やっぱり、おかしいわ」
その声は、もう迷っていなかった。石畳の上を並んで歩きながら、カケルは小さく頷く。
「俺も、そう思う」
エアリスはすぐには答えず、前を向いたまま穏やかな声で言った。
「では、何がどれくらい不自然なのか、ひとつずつ整理しようか」
三人は通りの端へ寄り、足を止めた。街路樹の影が伸びはじめた時間だった。
最初に口を開いたのはリアナだった。
「まず、あの服よ。髪を整えるとか、顔を洗うとか、それくらいならわかるの。でも、普段の生活を見せるはずの場で、あんなふうに別の服を着せるのは変だわ」
「うん」
エアリスが頷く。
「多少、髪を整えたり顔を洗わせたりするくらいなら不自然じゃない。だが、普段の生活を見せるべき場で、あえていつもと違う服を着せるのは普通じゃないね。そのためだけの服を用意しているなら、なおさらだ」
「しかも、ターニャは『特別な日だけ』って言ってたわ」
リアナの声が少し硬くなる。
「うれしそうだった。だからこそ、余計に変なの」
カケルも続けた。
「俺が気になったのは、子どもたちの目線です」
リアナとエアリスがカケルを見る。
「楽しそうにはしてた。でも、何人かが途中でベルクマンさんのほうを見てたのは気になった」
「……ええ」
リアナはすぐに頷いた。
「私も見たわ。ターニャも、服の話をしたあとで急に止まったもの」
「おやつもだね」
エアリスが静かに言う。
「毎日おやつが出ないこと自体は珍しくない。だが、子どもが『お客様の日だけ』と受け取っているなら話は別だ」
リアナは唇をきゅっと結んだ。
「父様は、孤児院や施療院への支援を惜しまない人だったわ」
「知ってる」
エアリスはリアナの言葉をまっすぐ受け止めた。
「だからこそ、今見えたものが日常なら問題だし、逆に今日だけ取り繕っていたのなら、それもまた問題だ」
そこでカケルが少し考え込むように視線を落とした。
「寄付金そのものの流れを、俺たちだけで確認するのは難しいですよね」
「そうだね」
エアリスは落ち着いて応じる。
「帳簿や報告書を追うなら、それなりの手順がいる。だが、支援物資が子どもたちの日常に回っているかどうかなら、もっとわかりやすい」
「服とか、お菓子とか、本とか……そういうものね」
リアナが言うと、エアリスも頷いた。
「そういうことだ」
少しだけ沈黙が落ちた。先にそれを破ったのはリアナだった。
「じゃあ、もう一度行きましょう」
その言葉に、カケルとエアリスが同時に顔を上げる。
「今すぐ?」
「だって、こんなの放っておけないわ」
まっすぐ言い切ったあとで、リアナは少しだけ視線を泳がせた。
「……あの子たち、すごく楽しそうだったのよ。だから余計に」
カケルは困ったように笑ってから、小さく首を振る。
「気持ちは俺も同じ。でも、明日すぐはさすがに不自然だと思う」
「そうだね」
エアリスも淡々と続けた。
「連日となれば、ベルクマンもこちらの意図を勘ぐるだろう」
リアナは悔しそうに黙り込んだ。それを見て、カケルが少しだけ声をやわらげる。
「一週間くらい置いて、また遊びに行くのはどうですか」
「遊びに?」
「前回、みんなすごく喜んでたでしょう。だったら、差し入れを持って、また顔を出すのは不自然じゃないと思う」
エアリスが目を細めた。
「悪くないね」
「でしょ?」
リアナが勢いよく顔を上げると、カケルは苦笑する。
「そのときに、支援物資のことももう少し自然に見られればいい。いきなり問い詰めるより、そのほうが向こうも油断するはずだ」
エアリスは腕を組み直し、小さく息をついた。
「では、そうしよう。次は一週間後。差し入れは僕のほうでも少し手配するよ」
「俺も何か持っていく」
「私も行くわ」
リアナは間髪入れずに言った。エアリスは少しだけ笑う。
「もちろんだよ。君がいなければ始まらない」
その言葉に、リアナは少しだけ胸の奥が熱くなるのを感じた。けれど、今はそこに浸っている場合じゃない。
「一週間ね」
そう呟いたリアナの声は、自分でも驚くほど真剣だった。
────
その一週間、リアナはどうにも落ち着かなかった。
本を開いても、同じ行を何度も目でなぞってしまう。食卓についても、ふとした拍子にターニャの顔を思い出した。
シルバーの毛並みを撫でていれば、あの日、目をきらきらさせて「……ふわぁ」と声をもらしていた小さな手が浮かぶ。
「……まだかしら」
窓の外を見ながらつぶやいてしまってから、リアナは一人でむっと頬をふくらませた。
「気が早いわよね……」
そう言いながらも、落ち着かないものは落ち着かない。その様子を見ていたカケルが、台所から少しおかしそうに声をかけてきたこともあった。
「リアナさん、絶対顔に出るタイプだよね」
「出てないわよ!」
「出てる」
「出てない!」
そんなやりとりをしたあとで、シルバーに顔をうずめて誤魔化したのは、一度や二度ではなかった。
そしてようやく、その日が来た。
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