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前世のペットを召喚できる俺、どの子もこの世界では規格外でした ~レベル解放で家族が増える召喚士~  作者: いたちのこてつ


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第75話 街角のターニャ

港町から戻った翌日。


借家の中には、どこかまだ旅の余韻が残っていた。買ってきた土産を抱えて嬉しそうにしていたエアリスの顔を思い出しながら、リアナは軽い足取りで玄関を出る。


今日はカケルに頼まれた細かな買い足しがいくつかあって、街へ出るついでに一人で済ませてしまうことになっていた。


「シルバー、行きましょう」


呼びかけると、白銀の毛並みを揺らしたシルバーが静かに隣へ並ぶ。見慣れた光景のはずなのに、こうして街を歩いていると、やっぱり少し誇らしい。


市場通りから少し外れた石畳の道は、昼下がりのやわらかな光に包まれていた。買い物を済ませたリアナは、小袋を抱え直しながらゆっくりと家路につく。


その途中だった。


道の端で、ひとりの小さな女の子が、ぴたりと足を止めた。視線の先は、まっすぐシルバーに向いている。


怯えた様子はない。ただ、息をのむみたいに目を丸くして、じっと見つめていた。


「……わあ」


思わずこぼれたような小さな声に、リアナはその子を見た。


年は六つか七つくらいだろうか。淡い色の髪がところどころ跳ねていて、大きな瞳がシルバーだけを映している。


けれど今、その子の瞳に映っているのは、ただただ純粋な憧れだけだった。


その反応に、リアナは少しだけ胸を張った。自分のことではないのに、大切な相棒をそんなふうに見つめられると、なぜだか誇らしくなる。


「触ってみる?」


小さな女の子が、はっとしたように顔を上げた。リアナはやわらかく笑って続ける。


「私はリアナ。この子はシルバー。すごくいい子よ」


女の子は、シルバーとリアナを交互に見てから、遠慮がちに口を開いた。


「……さわっても、いいの?」


「もちろん。シルバーも嫌がってないわ」


そう言うと、シルバーは空気を読んだように静かに身を低くする。


その仕草に、女の子は頬を赤くして、ぱっと目を輝かせた。おそるおそる伸ばされた小さな手が、ふわりと白銀の毛並みに触れる。


「……ふわぁ」

「やわらかい……」

「いい子……」


シルバーも心地よさそうに目を細め、女の子はそれを見て「あ、わらった!」とまた嬉しそうに声を弾ませた。


そっと、壊れ物でも扱うみたいに撫でる手つきが、あまりにも大事そうで、リアナは思わず頬をゆるめた。


「ターニャね、おおかみさん、だいすき」


「ターニャっていうのね」


「うん」


ターニャは頷くと、もう一度シルバーの毛を撫でた。そのたびに目がきらきらして、ほんとうに嬉しそうだ。


「おおかみさん、かっこいいね」

「おめめもきれいね」

「お名前もすてき」


リアナは思わず口元をゆるめた。そんなふうにシルバーになつくターニャをほほえましく見つめていたとき、ふと、ある違和感に気づいた。


しゃがんで彼女と同じ目線になったとき、袖口に何度も丁寧に繕われた跡があるのが目に入った。


よく見れば裾も、靴のつま先も、古びて革が擦れている。服も靴も、長く使い込まれているように見える。痩せているわけではない。でも、どこか、生活に余裕がないような――。


リアナは一瞬だけ黙ったが、すぐに表情をやわらげた。


「ねえ、ターニャはどこの子なの? また遊べるかしら」


するとターニャは、ぱっと顔を上げて嬉しそうに答えた。


「ターニャはね、聖ミレア孤児院!」


その答えに、リアナの胸の奥が小さく揺れる。


父は、孤児院や施療院への支援を惜しまない人だった。そのことが、ふと脳裏をよぎる。


けれど、次の瞬間。


「あっ……! いけない! 帰らないと、院長先生に怒られちゃう!!」


「えっ」


「ごめんね、おねえちゃん! シルバーも、またね!」


慌てたようにそう言って、ターニャは小さな体で駆け出していく。


名残惜しそうに一度だけ振り返って、それでもすぐに前を向き、通りの向こうへ消えていった。あとには、しんとした道と、白銀の毛並みを揺らすシルバーだけが残る。


リアナはしばらくその背中が消えた先を見つめたまま、動けなかった。


「……孤児院」


ぽつりとつぶやく。


父は弱い立場の者に手を差し伸べることを当然の責務としていた。だからこそ、あの子の服や慌て方が、どうにも胸に引っかかる。


「怒られちゃう、って……ただ門限があるだけ、かもしれないけど」


自分にそう言い聞かせても、違和感は消えなかった。


隣でシルバーが小さく鼻を鳴らす。リアナはしゃがみこみ、その首元にそっと腕を回した。


「……師匠に相談してみよう」


シルバーの白い毛に頬を寄せながら、リアナは小さく息を吐く。


「ターニャ、また会えるといいんだけど」


────


借家に戻ると、家の中には夕方前の穏やかな空気が満ちていた。窓から差し込む光が床の上にやわらかく広がり、聞き慣れた家族たちの気配が、自然と肩の力を抜いてくれる。


「ただいま」


玄関を上がりながら声をかけると、奥からカケルの返事が返ってきた。


「おかえり、リアナさん。買い物ありがとう」


居間に入ると、カケルはテーブルの上で何かを広げていた手を止め、顔を上げた。リアナは抱えていた小袋をそのまま差し出す。


「頼まれてた分、ちゃんと買ってきたわ。あと、塩ももう少し減ってたから買い足しておいた」


「え、そこまで見てくれたの?」


「気が利くでしょ!」


少し胸を張って言うと、カケルは苦笑しながら袋の中身を確かめ始めた。リアナはその様子を見ながら、言おうかどうか少しだけ迷う。


ただの思い過ごしかもしれない。門限が厳しいだけかもしれない。孤児院の子どもが、ああいう服を着ているのも珍しいことじゃないのかもしれない。


でも、引っかかりは消えなかった。


「……師匠」


「ん?」


袋から視線を上げたカケルに、リアナはほんの少しだけ言葉を選ぶ。


「さっき、街で女の子に会ったの」


「女の子?」


「ええ。六つか七つくらいの、小さな子。シルバーを見て、すごく目を輝かせてたわ」


そう言うと、カケルの表情が少しゆるむ。


リアナは続けた。


「撫でてもいいかって聞かれたから、触らせてあげたの。そしたら、もう、すっごく嬉しそうで……」


思い出しただけで、リアナの口元がふっとゆるんだ。


「『……ふわぁ』って言って、すごく大事そうに撫でてたのよ。小さくて、可愛くて……なんだか小動物みたいだったわ」


「それは、ちょっと見てみたかったな」


「ふふ、そうでしょう?」


少し笑ってから、リアナはすぐに表情を戻した。


「でも、その子、孤児院の子だったの」


その一言で、カケルの目がわずかに真面目になる。


「孤児院?」


「聖ミレア孤児院って言ってたわ」


カケルはすぐには何も言わなかった。リアナも、少しだけ言いにくそうに続ける。


「服はちゃんと洗ってあった。でも、袖口も裾も何度も繕ってあって、靴も古かったの。痩せてるわけじゃないのよ。でも……なんていうか、余裕がない感じだった」


「……うん」


「それだけなら、私の気にしすぎかもしれない。けど、その子、急に『帰らないと院長先生に怒られちゃう』って、すごく慌てて帰っていったの」


そこでようやく、カケルは袋から手を離した。テーブルに置いたまま、少し考えるように視線を落とす。


「俺、孤児院のことは正直よくわからない」


リアナは黙って続きを待った。


「だから、それだけで何かあるって決めるのは早いのかもしれない。門限があるとか、規則が厳しいとか、そういうだけの話もあるだろうし」


否定されなかっただけで、少し肩の力が抜けた。


「……私も、そうかもしれないって思ったわ」


少し間を置いて、リアナはカケルを見た。


「でも、やっぱり気になるの。もし変じゃなかったとしても、孤児院の子たちとシルバーたちが遊べたら、それは悪くないでしょう? 一度、様子を見に行きたいわ」


カケルはその言葉に目を瞬き、それから小さく息をついた。


「うん。それはそうだね」


「でしょ?」


「ただ、俺たちだけで急に行くよりは、誰かに話を通したほうがよさそうだ」


「……あ」


リアナはそこで、ぱちりと目を見開いた。


「エアリス?」


「うん。街のことにも詳しいし、そういう施設のことも何か知ってるかもしれない」


「それ、いいわね」


今度は迷いなく頷けた。


「明日にでも聞いてみるよ」


「ええ」


そう答えたあと、リアナはふっと表情をゆるめた。


「でも、もし行けるなら……ターニャにまた会いたいわ」


「ターニャちゃんって、その子の名前?」


「そう。すごく可愛かったの。シルバー見て、目をきらきらさせて」


話しながら、また自然と頬がゆるむ。カケルはその様子を見て、少しだけおかしそうに笑った。


「それなら、なおさら一度ちゃんと見てみたいな」

執筆の励みになりますので、続きを読みたいと思っていただけたら、ぜひブックマークよろしくお願いします!評価もいただけると嬉しいです。


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