第70話 深夜の張り込み
翌日、カケルたちは再びギルドを訪れていた。受付の奥では職員たちがいつもより慌ただしく動き、奥の机では書類がいくつも広げられている。
張りつめているというほどではないが、空気は明らかに引き締まっていた。
ヴォルガンはすでに奥にいて、机の上の地図へ目を落としていた。そばにはエアリスの姿もある。
「来たか」
「おはようございます」
カケルが声をかけると、ヴォルガンは短く頷いた。
「ちょうどいい。昨日の続きだ」
机の上には、問題の水路周辺を中心に印の入った地図が広げられていた。
街外れから農地の脇を抜け、例の水路へ続く細い道。そのさらに外側には、ふだん使われていない古い運搬路も描かれている。
「何かわかったんですか」
「騎士隊の方で、水路の周辺を当たってもらった」
答えたのはエアリスだった。
「露骨に探ると警戒されるかもしれないからね。夜の見回りのついでに、最近妙なことはなかったか、という聞き方をしてもらった」
ヴォルガンが続ける。
「で、二件だ。どっちも、水路の近くで夜に妙な動きがあったって話が出た」
カケルは顔を上げた。
「……妙な動き、ですか」
「ああ」
ヴォルガンは地図の一点を指で叩いた。
「一人目は、この辺りで畑を持ってる農夫だ。夜更けに車輪の音がして目が覚めた。何だと思って窓から見たら、灯りを落とした荷馬車が脇道へ入っていったらしい」
指先が、街道から外れた細い道をなぞる。
「もう一人は、少し離れた家の婆さんだ。夜中に外で馬の鼻息みてぇな音がして、気味が悪くて戸の隙間から見た。そしたら、水路の方に小さな灯りが揺れてたってよ」
「一回だけじゃないの?」
リアナが眉をひそめると、ヴォルガンは首を振った。
「荷馬車を見た方は二度だ。時期も、農地の異変が出始めた頃とだいたい重なる。灯りの方も、その少しあとだ」
カケルは地図の上に伸びる細い道を見つめた。昼間にはもう長く使われていないように見えたが、あの轍は新しかった。
「やっぱり、あそこを誰かが使ってるんですね」
「そういうことだ」
ヴォルガンの声は低いままだった。エアリスも地図へ視線を落とす。
「しかも人目を避けるように夜を選んでいる。見回りに引っかからない時間を選んでいるなら、偶然とも考えにくい」
リアナが小さく息を吐いた。
「だいぶ黒いわね」
「まだ現場は押さえてねぇ」
ヴォルガンはそう言ってから、カケルたちを見た。
「だが、動く理由としては十分だ」
そこへ、別の机にいた職員が小走りで近づいてきた。
「ヴォルガンさん、街外れの門番からも話が取れました」
「言え」
「夜遅くに小さめの荷馬車が外へ出るのを、何度か見ているそうです。ただ、戻りは見ていないことも多く、はっきりしないと」
ヴォルガンの眉間にしわが寄る。
「荷は」
「布をかけてあって分からなかったそうです」
「御者の顔は?」
「そこまでは」
職員が下がると、机のまわりに短い沈黙が落ちた。
「……今夜も来ると思いますか」
そう聞くと、ヴォルガンは即答しなかった。代わりに、エアリスが静かに口を開く。
「来る可能性はあるね。少なくとも、同じやり方を何度か繰り返しているなら、一度で終わってはいないはずだ」
「なら、張るか」
ヴォルガンの言葉に、リアナが顔を上げた。
「今夜?」
「ああ。証言が二件、門の話が一件。これ以上待っても、向こうが止めりゃ痕跡が薄くなるだけだ」
「騎士隊からも人数を出そう」
エアリスが言う。
「ただし、目立つ形では置かない。見回りを装って外側を押さえる。水路そのものに近づく者がいれば、その時点で動けるようにしておく」
ヴォルガンは頷き、今度はカケルたちを見る。
「今夜も来てもらうぞ」
「はい」
カケルはすぐに頷いた。緊張はあったが、今はあの水路へ誰かが夜中に出入りしているという話の方が気になっていた。あの場所に、何を運んでいたのか。
「無理に前へ出る必要はない」
エアリスの声は穏やかだった。
「見つけたこと、気づいたことを教えてもらえれば十分だよ」
「わかりました」
ヴォルガンは呆れたように一度だけ鼻を鳴らした。
「日が落ちるまでは休め。動くのは深夜寄りになる。場所は昨日の水路脇だ。街道側と古い運搬路側、両方から押さえる」
「わかりました」
────
日が落ちてから、カケルたちは街外れの水路脇へ向かった。
昼間より風は冷たく、湿った土のにおいが濃い。水の流れるかすかな音に混じって、草の葉がこすれる気配が耳に残る。
ヴォルガンの指示どおり、街道側と古い運搬路側の両方を押さえる形で散った。
騎士隊は目立たないよう距離を取り、暗がりの中に気配を沈めている。エアリスの姿もすぐには見えなかったが、近くにいることだけは分かった。
カケルとリアナは、水路脇の少し低くなった場所に身を潜めていた。昨日の昼間に足場を見ていたぶん、暗くなってからも立つ場所に迷わずに済んだ。
「ほんとに来るかな」
リアナが、ごく小さな声で囁く。
「早く解決できるといいね」
時間の流れが妙に遅かった。しばらく待っても何も起きないと、このまま朝まで空振りなのではないかという考えが頭をよぎる。けれど、少しでも気を抜くと、その隙に何かが起きそうでもあった。
カケルは息を殺したまま、水路の向こうを見つめる。
どれくらい経ったのか、はっきりしなかった。
ふいに、カケルの耳が小さな音を拾う。石を踏む、乾いた軋みだった。
カケルは顔を上げた。リアナも同時に気づいたのか、息を呑む気配がする。遠く、古い運搬路の先に、小さな灯りがひとつ揺れた。
止まらず、少しずつこちらへ近づいてくる。
荷馬車だった。
灯りは落としているが、完全には消していない。暗がりの中で、車輪の輪郭と馬の影がかすかに浮かぶ。
速度は遅い。だが、まっすぐに水路の方へ向かってきている。
カケルの喉がわずかに鳴った。
少し離れた暗がりで、低い声が落ちる。
「……来たな」
ヴォルガンだった。そのひと言で、周囲の空気がさらに張りつめた。
荷馬車は、なおもゆっくりと水路脇へ近づいてくる。
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