第69話 似た汚れ
ギルドへ戻った頃には、外はすっかり薄暗くなっていた。
昼の賑わいはもう引いていたが、ギルドの中にはまだ人の気配が残っている。カケルたちはそのままヴォルガンの机に集まった。
ヴォルガンは椅子を引き、促すように机の上を片づける。彼はそこへ一枚の布を広げると、現場から持ち帰った砕けた粒をその上に置いた。
「現場で見たもんは、これで全部だな」
ヴォルガンの言葉に、カケルは頷いた。
「はい。轍の跡と、水際の白い付着、それからこの粒です。家族のスキルでも探りましたが、魔獣の気配は全くありませんでした」
「轍も、ただ通っただけって感じじゃなかったわね」
リアナがそう付け加えると、ヴォルガンは腕を組み、布の上の粒をじっと見つめて低く唸った。
「問題は、これが何かってことだが」
短い沈黙が落ちる。
「……俺らだけでは判断できそうにねぇな」
そう言って顔を上げると、近くを通りかかった男へ声をかけた。
「おい、ラド。ちょっと来い」
呼ばれて振り向いたのは、ギルドに出入りしている中年の男だった。腰の工具袋や袖についた灰色の粉が、職人らしさを感じさせた。
「何だ、ギルドマスター。今ちょっと手が――」
「いいから来い。これを見てくれ。お前、鉱石や魔石まわりには目が利くだろ」
ヴォルガンが机の上を指差すと、ラドと呼ばれた男は眉をひそめながら覗き込んだ。
並べられた砕けた粒と、布に移してきた白っぽい付着を見たあと、無言のまま布の端をつまみ、顔を近づける。指先で粒を転がし、においまで確かめてから、小さく眉を寄せた。
「何か分かるか」
「いや、まだ何とも言えねぇ。ただ――」
ラドはもう一度、布の上の粒を見た。
「これ、どこで見つけた?」
「街外れの水路脇だ。人目につきにくい場所でな」
そこまで聞いて、ラドの表情が少しだけ変わった。
「水路脇、か……」
リアナが身を乗り出す。
「何か心当たりがあるの?」
ラドはすぐには頷かなかった。
「断定はできねぇ。だが、自然の砂利や泥には見えねぇな。こっちの白い残り方も、水辺で勝手に残るようなもんじゃねぇ」
少し間を置いてから、声を低くする。
「魔石精製のあと、洗いにかけたときに出る汚れに、少し似てるかもしれねぇ」
カケルは思わずヴォルガンを見た。その顔つきは、さっきよりもさらに険しくなっている。
「精製のあと、ですか」
「だから断定はできねぇって言ってる。俺は精製師じゃねぇしな。ただ、鉱石や魔石を触る仕事してりゃ、見覚えくらいはある」
ラドは粒をもう一度見た。
「正規の工房でちゃんと処理してるなら、こんなとこに残るのはおかしい。そこまで含めて、嫌な感じはする」
ラドの言葉を聞いて、カケルは小さく息を呑んだ。
白くくすんだ石も、泥に紛れた粒も、もうただの汚れには見えなかった。車輪の跡まで並ぶと、なおさらだった。
「ヴォルガンさん」
カケルが静かに呼ぶと、ヴォルガンは腕を組み直した。
「ああ。ここまで来ると、放っとくわけにはいかねぇな」
だが、その声にもまだ断定はなかった。ヴォルガンはラドへ短く礼を言ってから、カケルたちへ視線を向けた。
「次は精製師だ」
「精製師って……ギルドと契約してる人?」
リアナが瞬くと、ヴォルガンは頷いた。
「そうだ。これが本当に精製後の汚れに近いのか、それともまったく別物なのか。そこをまずはっきりさせる」
カケルは小さく息を吐いた。まだ正体は分からない。けれど、次に何を確かめるべきかは見えてきた。
「明日ですか?」
「できれば今日のうちに声だけでもかける。遅くなるなら明日だ。どっちにしろ、早ぇ方がいい。お前たちにも、また付き合ってもらうかもしれねぇ」
「はい」
カケルが答えると、リアナも隣で頷く。ラドは肩をすくめながら、机の上の粒を見た。
「これが本当にそっち系なら、面倒だぞ」
ヴォルガンは低く返した。
「だろうな」
ヴォルガンは机の上の布を丁寧に畳んだ。
「今日はここまでだ。だが、ようやく次に聞く相手が見えた」
カケルは布の上に残る白い跡を見つめる。
「……精製師さんが、何て言うかですね」
カケルがそう呟くと、ヴォルガンはゆっくり頷いた。
「ああ。そこから先は、専門家の話を聞いてからだ」
────
しばらくして、ギルドの扉が再び開いた。
入ってきたのは、ギルドと契約している精製師のダリオだった。四十代半ばほどの男で、派手さはないが、落ち着いた目つきと無駄のない所作が職人らしさを感じさせた。
「遅くなりました。急ぎだと聞きましたが」
「急ぎだ」
ヴォルガンはそう言って、机の上の布を示した。
「街外れの水路脇で見つかった。見てくれ」
ダリオは返事の代わりに小さく頷き、机へ歩み寄る。
白っぽい付着へ目を落とし、次に砕けた粒を見る。すぐには口を開かず、布越しにそっと位置をずらし、角度を変えながら確かめていく。その横顔を、カケルは黙って見守った。
ラドは、似ているかもしれないと言っただけだ。正規の精製を知る人間がどう言うかで、話は変わる。
やがて、ダリオが低く口を開いた。
「……似ていますね」
カケルは思わず息を呑んだ。だが、ダリオはすぐに続ける。
「ただし、これだけで精製由来だと断定はできません。自然物の中にも、似た残り方をするものはあります」
ヴォルガンが眉を寄せる。
「だが、普通の泥や砂利と同じには見えねぇんだろ」
「ええ」
ダリオは頷いた。
「少なくとも、一般的な水辺に自然に残るものとしては違和感があります。あと、魔石精製の後処理だとしても、粒の砕け方も白い付着の残り方も、あまりきれいではありません」
「きれいじゃない、って?」
リアナが首を傾げると、ダリオは少し考えてから言葉を選んだ。
「正規の精製を経たものなら、もっと処理の痕跡が整います。もちろん素材や工程で差は出ますが、こういうふうに中途半端に残る形は考えにくい」
ヴォルガンの目が細くなる。
「つまり?」
「正規の工房で、決められた手順の中で出たものとは思いにくい、ということです」
静かな口調だったぶん、その言葉は妙にはっきり耳に残った。
「じゃあ……」
リアナが口を開きかけると、ダリオは首を横に振った。
「まだ断定はできません。精製由来に見える、というだけです。ただ――」
そこで言葉を切るダリオに、ヴォルガンが低く促した。
「ただ?」
「もし本当にそうなら、正規の精製師ならこんな捨て方はしません」
その場がしんと静まった。ヴォルガンは短く息を吐き、机の上の布を見つめたまま言った。
「……ここまで来ると、ギルドの範疇だけで抱える話じゃなさそうだな」
ヴォルガンはそのまま扉の方へ視線を向ける。
「エアリスを呼ぶ。騎士隊長にも聞かせておくべきだ」
リアナが小さく息を呑む。
「そこまで、ってこと?」
「まだ証拠としては弱ぇ。だが、水場や農地に影響が出てる以上、知らん顔してていい話でもねぇ」
ダリオも静かに頷いた。
「私も、その方がいいと思います」
ヴォルガンは近くの職員に短く指示を飛ばした。ほどなくして、使いがギルドを出ていく。待つ間、机の上にはまた重たい沈黙が落ちた。
やがて、ギルドの扉が開いた。入ってきたエアリスは、室内の空気を一目で読み取ったようだった。穏やかな足取りのまま近づいてくると、まずヴォルガンへ軽く目礼する。
「話はまだ途中のようだね」
「ああ。悪いが、入ってくれ」
エアリスはそこでカケルへ視線を向け、少しだけ口元を緩めた。
「やあ、カケル。今日は、ほっぺは一緒じゃないんだね」
「あ、ほっぺですか」
カケルが応じると、次の瞬間、小さな光がふわりと灯った。
「ホッペチャン!」
姿を現したほっぺは、エアリスを見つけた途端、その肩へ一目散に飛んでいく。エアリスはふっと笑うと、ほっぺの頭を指先でそっと撫でた。
「ほっぺ、今は大事な話だから。いい子で静かにしていようね」
ほっぺは胸を張り「ぼく、いい子!」とでも言いたげに、ぴたりと羽をたたんだ。リアナが思わず笑う。
「すごい。本当に言うこと聞くのね」
「エアリスさん相手だと、特別みたいで……」
カケルが少しだけ照れくさそうに言うと、エアリスは穏やかに頷いた。
「光栄だよ」
和らいだ空気はほんの一瞬だった。すぐにヴォルガンが机の上の布へ視線を戻す。
「じゃれ合いはそこまでだ。今、ダリオに見てもらってた」
エアリスの表情が切り替わる。
「……なるほど。穏やかな用件ではなさそうだね」
ヴォルガンはここまでの話を手短に伝えた。街外れの水路脇で見つかったこと。
白い付着と粒が自然物としては不自然な残り方をしていたこと。
ダリオの見立てでは精製由来に見えるが断定はできないこと。
そして、もし本当にそうなら、正規の精製師ならこんな捨て方はしないこと。
話を聞き終えたエアリスは、布の上をじっと見つめた。
「……そういうことなら、今ここで聞けてよかった」
ヴォルガンは腕を組み直す。
「まだ証拠は弱ぇ。だが、気のせいで済ませる段階は過ぎた」
「ええ。少なくとも、放っておいていい話ではなさそうだ」
カケルは二人のやり取りを黙って聞いていた。轍と、泥に紛れた粒が頭によみがえる。
「ヴォルガンさん」
カケルが静かに呼ぶ。
「次は、何を追うんですか」
ヴォルガンは布を畳みながら答えた。
「誰があの辺りを使ってたか、だな。古い運搬路を通れる奴、あの水路脇に出入りできる奴、精製まわりに関わってる奴……そういう線を洗う」
「場所じゃなくて、人の方ですね」
「そういうこった」
リアナが腕を組む。
「でも、あからさまに動いたら逃げられない?」
「だからまだ騒がねぇ」
ヴォルガンの声は低いままだった。
「まずは足場を固める。曖昧なまま動いても、こっちが損するだけだ」
ダリオも小さく頷いた。
「私の方でも、正規の工房で出るものとどこまで違うか、もう少し見ておきます」
「助かる」
ヴォルガンは短く礼を言い、それからカケルたちへ視線を向けた。
「お前たちの手も、まだ借りるぞ」
「はい」
カケルは迷わず頷いた。エアリスは肩の上のほっぺをそっと撫でながら、布の上に残る白い跡を見つめている。
「この件は騎士隊でも預かるよ。ギルドで拾った情報は、こちらにも回してほしい」
「そのひと言で、この件はもうギルドだけの話ではなくなった。」
ヴォルガンは布をしまい込み、低く言った。
「今日はここまでだ。次は、人の方を追う。拾ったもんは騎士隊にも流す」
カケルは小さく頷いた。布越しに拾い上げたときのざらつきが、まだ指先に残っている気がした。
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