第68話 流れの先
ヴォルガンの低い声が落ちたあとも、机の上にはしばらく重たい沈黙が残っていた。カケルは机の上の紙と地図のない空白を見比べながら、静かに口を開いた。
「ヴォルガンさん。やっぱり、水の流れを追った方がいいと思います」
ヴォルガンの眉がわずかに動く。
「……そうだな」
「はい。昨日の村もそうでしたし、家畜の話も湿地の話も、水から離れてないです。どこから来た水で、どこを通ってるのかを見た方がいい気がします」
その言葉に、リアナもすぐ頷いた。
「うん。ばらばらに見えても、水の流れでは繋がるものね」
ヴォルガンは短く息を吐き、それから机の下へ手を伸ばした。取り出したのは、街周辺の地図だった。くたびれた羊皮紙を広げると、机の上の書類を端へ寄せ、指先で川筋と道を押さえていく。
「……よし。見てみるか」
三人はそのまま机を囲んだ。
昨日見てきた村、近くの農村、湿地寄りの土地――異変の出た場所を順に確かめると、それらはまったく無関係に散っているわけではなかった。
「ここが昨日の村ですね」
カケルが指を置くと、ヴォルガンはその少し上をなぞる。
「こっちが、家畜が暴れるって相談のあった農村だ。距離はあるが、水は同じ流れから分かれてる」
さらに、別の細い線へ指が移る。
「湿地寄りの土地はここ。こっちも、途中までは同じ流れの水だな」
リアナが身を乗り出した。
「水源は一つでも、途中で枝分かれしてるのね」
「うん……でも、水源のすぐ近くばかりじゃないね」
カケルは地図の線を目で追った。
「ヴォルガンさん、この辺りは?」
カケルが指したのは、水路と脇道が近づくあたりだった。街道からは少し外れ、人の目も届きにくい。水の流れも、そこから二手に分かれている。
ヴォルガンは目を細めた。
「古い運搬路だな。今はほとんど使われてねぇが、荷車が通れねぇほど荒れてるわけでもない」
「途中で何かを流し込むなら、こういう場所の方が都合がいいのかも」
リアナの言葉に、ヴォルガンは無言で頷いた。
「水源じゃなくて、途中か……」
「もしそうなら、上流が無事でも、下でだけおかしくなる説明はつきます」
カケルは地図の上を目で追った。
昨日の村。近くの農村。湿地寄りの土地。どこも、そこからそう遠くない。
「行ってみるか」
ヴォルガンが地図を押さえたまま言う。
「え?」
「今からだ。お前たちが見てきたものと、この地図の線が本当に繋がるのか、確かめる」
カケルは目を瞬かせたが、すぐに頷いた。
「分かりました」
「俺も行く」
その一言に、リアナが少しだけ目を丸くした。
「ギルドマスター自ら?」
「この段階で机の上だけ見てても仕方ねぇ。得体のしれないトラブルだからこそ、最初は自分の目で見ておきたい」
ヴォルガンはそう言って立ち上がると、壁に掛けてあった外套を掴んだ。
――――――
目指した場所は、街から少し離れた脇道の先だった。
街道ほど整ってはいない細道の脇を、水路が細く走っている。人目を避けようと思えば避けられる場所で、荷車一台ならぎりぎり通せそうな幅があった。
日が傾き始めたせいか、あたりは薄く湿り気を帯びた空気に包まれている。足元にはぬかるみが多く、踏みしめるたびにじわりと水が浮いた。
「ここですね」
カケルが地図と周囲を見比べると、ヴォルガンも低く唸る。
「位置は合ってる」
ぱっと見た限りでは、ただの寂れた水辺だ。捨てられた道具も、目立つ荷もない。だが、何もない場所にしては、妙に踏み固められている箇所がある。
「リアナさん、あそこ」
「うん。泥の沈み方が違うわね」
二人が見ていた先には、ぬかるみの上に左右二本、平行に沈んだ跡が残っていた。雨で輪郭は半分ほど崩れているが、荷車の車輪が通ったように見える。
ヴォルガンはしゃがみ込んで泥を見た。
「古いが、車輪の跡っぽいな」
カケルはそこで、魚たちに声をかけた。
「金魚たちは、【水流感知】でこの辺りの流れを見てほしい。ベタたちは、【水中索敵】で水の中に反応がないか見てみて」
柔らかな光が広がり、魚たちが水路へ散る。
少し遅れて、ナビゲーターの声が届いた。
『通知:水流の乱れを検知。前方浅瀬付近に、泥以外の異物反応があります』
さらに、続けてもう一つ。
『通知:周辺水中に魔獣の反応はありません』
「やっぱり、魔獣の仕業って感じじゃないわね」
リアナの言葉に、カケルは小さく頷いた。
水路の縁へ近づくと、浅瀬の石の一部だけが白っぽくくすんでいた。ただの泥汚れにも見える。けれど、水が流れている場所にしては、その部分だけ汚れが張りついたように残っている。
ヴォルガンが無言でしゃがみ込み、指先でそっと触れる。
「……泥だけじゃねぇな」
その声は低かった。
その少し先、岸際の浅い窪みに、泥とは少し色の違う細かな粒が溜まっていた。
カケルはそれを見て眉をひそめる。
「石……じゃない?」
「砕けた何か、って感じね」
リアナがしゃがみ込み、目を凝らす。
粒は自然の砂利よりも少しだけ白く、ところどころ鈍く光っていた。量は多くない。気づかなければ、そのまま泥に紛れてしまいそうな程度だ。
「これ、自然にこうなったようには見えません」
カケルがそう言うと、ヴォルガンは答えなかった。
代わりに立ち上がり、轍の跡と、水際の異物反応があった場所と、砕けた粒の落ちていた場所を順に見渡す。
「……誰かが、ここで何かをしてた可能性は高ぇな」
カケルは、轍の跡と白っぽくくすんだ石のあたりを見た。
「ヴォルガンさん」
カケルが呼ぶと、ヴォルガンは浅い水路の先へ目を向けたまま応じる。
「まだ断定はできねぇが……作為的なものを感じる」
その視線の先にあるのは、水の流れそのものではなかった。
水の脇を通る、細い道。誰かが通った痕跡の方だった。
カケルも同じ方を見る。水に何かが混じったのだとしたら、このあたりで誰かが手を加えたのかもしれない。
ぬかるみに残る轍は、そのことを無言のまま示しているようだった。
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