第67話 重なる相談
ギルドへ戻った頃には、空の色はもう夕刻へ傾き始めていた。
扉を開けると、昼の賑わいとは少し違うざわめきが流れてくる。依頼を終えて戻ってきた冒険者たちの声が、広い室内にゆるく満ちていた。
カケルは足を止めず、そのままヴォルガンのいる机へ向かう。
「ヴォルガンさん、戻りました」
顔を上げたヴォルガンは、二人の様子を見てすぐに表情を変えた。
「どうだった?」
軽い確認の声音ではなかった。カケルは頷き、村で見てきたことを順に話し始めた。
家畜が水を嫌がるという訴えは、やはり気のせいではなかったこと。水場そのものは見た目に普通だったが、水の流れには不自然な滞留があり、ぬかるみの一部だけ色味とにおいがわずかに違っていたこと。
そして、畑の一角だけ育ちが悪いという話にも、たしかに水の流れと重なる偏りがあったこと。
ヴォルガンは腕を組み、眉間に皺を寄せたまま、最後まで黙って聞いていた。
話し終えたあと、机の上に短い沈黙が落ちた。
「……やっぱり、か」
ヴォルガンは低くそう漏らした。リアナが小さく首を傾げる。
「やっぱりってことは、心当たりがあるの?」
「確信まではねぇ。だが、引っかかってた話はいくつかある」
ヴォルガンはそう言うと、机の端へ積まれていた書類の束に手を伸ばした。その中から二枚だけを抜き出し、カケルたちの前へ並べる。
「ひとつは、近くの農村から来た相談だ。家畜が水を嫌がる。飲ませようとすると暴れるらしい。お前が見てきたのと、かなり近い」
一枚目の紙には、短くまとめられた報告が記されていた。たしかに、内容はよく似ている。
「もうひとつは、さっきの村からそう離れてねぇ湿地寄りの土地だ。畑の一帯で、育ちの鈍い場所が筋みてぇに伸びてる。虫害や踏み荒らしの形跡はなし。水の通り道が近い、ってところまで昨日確認が入ってる」
リアナが紙を覗き込み、表情を引き締めた。
「これ、ほとんど同じじゃない」
「そうだ。だが、昨日の時点じゃまだ弱かった」
ヴォルガンは机の上を指先で軽く叩いた。
「どっちも単独なら、土地の調子だの、家畜の機嫌だので片づけられてもおかしくねぇ話だ。気にはなっていたが、すぐ大ごとにするほどの決め手もなかった」
そこで一度言葉を切り、カケルを見た。
「だが、お前が見てきた話が重なった。水場は普通に見えるのに嫌がる。流れに妙な偏りがある。ぬかるみの色もにおいも、少しおかしい。畑にも一部影響が出てる。そこまで揃うと、さすがに気のせいじゃ済まねぇ」
カケルは机上の二枚の紙を見比べた。
自分たちが村で見たものは、たしかに小さな違和感ばかりだった。見落としても不思議ではない程度のものだ。けれど、別の場所の話と並んだ途端、急に重さが変わった。
「やっぱり、一つの村だけじゃなかったんですね」
「そう見た方がよさそうだな」
ヴォルガンの声は低い。軽く流すつもりのない響きだった。
リアナが腕を組み直す。
「でも、まだ原因は分からないのよね」
「ああ。だから厄介なんだ」
ヴォルガンは背もたれに体を預けることなく、そのまま続けた。
「魔獣が暴れてるなら討伐を回せる。盗賊が水場を荒らしてるなら、騎士隊に依頼できる。だが今回は、何が起きてるのかがまだ見えねぇ。見えねぇ相手ほど、後から面倒になる」
その言葉に、机の上の空気が少し重くなる。
カケルは、村のぬかるみを思い出していた。ほんのわずかな色の違い。土のにおいが、少しだけ違っていたこと。あれがただの勘違いではなかったと、今ははっきり分かる。
「ヴォルガンさんは、どうするつもりなんですか」
問うと、ヴォルガンは二枚の紙を揃えながら答えた。
「今の段階で、警戒案件にするにはまだ材料が足りねぇ。だが、似た話が来たら優先して拾う。今後はこっちでも目を配る」
それから視線を上げる。
「お前たちにも、また動いてもらうかもしれねぇ」
カケルは静かに頷いた。
「分かりました」
「すまねぇな。水場やぬかるみを見れる手は少ねぇから、助かる」
リアナが肩をすくめる。
「師匠の家族、こういう調べものだと頼もしいわね」
「そうだね……こういう形で役に立つなら、たぶんそれが一番いい」
カケルがそう返すと、ヴォルガンは短く鼻を鳴らした。
「妙な話だがな。珍しい手札ってのは、こういうときに効く」
ヴォルガンは、机の上に並べた二枚の紙へ視線を落とした。
家畜が水を嫌がる。湿地寄りの土地で、育ちの鈍い場所が筋のように伸びている。
どちらも一つずつなら、ただの不調で済まされてもおかしくない。けれど、机の上に並んだそれらは、もう偶然とは言えなかった。
ヴォルガンは書類の端を指で押さえたまま、低く言った。
「……ちょっと、面倒なことになってきたな」
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