第65話 妙な水場
あれから、数日が過ぎていた。新しく召喚できるようになった家族たちのことも、ひとまず落ち着いて、ようやく慌ただしさが薄れてきた頃だった。
そんな折、ふとした拍子にカケルは思い出した。
(……そういえば、ヴォルガンさんに報告してなかったな)
新しく召喚できるようになった家族のことを、まだギルドへ伝えていない。そう思ったカケルは、その日のうちにリアナと一緒に冒険者ギルドへ向かった。
昼どきのギルドは、朝ほどではないにせよ相変わらず賑やかだった。酒場側から流れてくる笑い声と、受付前で依頼の話をする冒険者たちの声が混ざり合っている。
カケルは受付を横目に見ながら、奥にいるヴォルガンのもとへ歩いていった。
「ヴォルガンさん、少しいいですか」
「おう。どうした」
顔を上げたヴォルガンは、カケルとリアナを見て片眉を上げた。
「新しく召喚できるようになった家族のこと、まだ報告していなかったのを思い出したんです」
「新しく?」
「はい。水辺の家族を新しく呼べるようになったんです」
一拍遅れて、ヴォルガンの目がわずかに細くなる。
「……ほう。そりゃまた、ずいぶん変わったのが来たな」
ヴォルガンはそこで一度言葉を切り、呆れ半分の顔でカケルを見た。
「お前の召喚獣は、いったいどこまで増えるんだ……」
カケルは困ったように苦笑した。
隣でリアナが小さく笑った。
「このあいだ、ため池の依頼でもう使ってるのよ。かなり便利だったわ」
「便利、ねぇ」
ヴォルガンは椅子に深くもたれ、腕を組んだ。
「水辺の連中っていうと、具体的にはどんなことができるんだ?」
カケルは少し考えてから、順に答える。
「魚たちは、水流の乱れを拾ったり、水をきれいにしたりできます。水の中の相手を見つけるのが得意な子もいますし、動きを乱せる子もいます。カニもいて、ぬかるみでも動きやすくて、挟み込みが得意なんです」
「へぇ……」
ヴォルガンは感心したように顎を撫でた。
「戦うってより、探ったり足を止めたりするのが得意って感じか」
「はい。水辺やぬかるみでは、かなり活躍してくれると思います」
「実際、あの後も少し試してたものね」
リアナがそう言うと、カケルも頷いた。
「川や浅瀬でも何度か動いてもらいましたけど、思ったより問題はありませんでした。場所によって少しやり方は変わりそうですけど」
そこまで聞いたところで、ヴォルガンが「ふむ」と短く息を吐いた。
「……それなら、ちょうどいいかもしれねぇな」
「ちょうどいい、ですか?」
「最近な、農地まわりで妙な相談がいくつか来てる」
ヴォルガンは組んでいた腕を解き、机の上の書類を指先で軽く叩いた。
「魔獣が暴れた、とか、何かが壊された、とか。そういう分かりやすい話じゃねぇんだ。だが、放っとくには妙でな」
カケルは自然と表情を引き締めた。
「どんな話なんですか」
「家畜が水を嫌がる、とかな」
ヴォルガンは眉を寄せる。
「いつも飲ませてる水場なのに、急に鼻を鳴らして近寄らなくなったらしい。無理に飲ませようとしても嫌がる。それだけなら家畜の気まぐれで済むかもしれねぇが、その水を引いてる畑の一角だけ、育ちも妙に悪いって話も重なってる」
「同じ場所ですか?」
「少なくとも、水の流れは繋がってる」
リアナが腕を組んだ。
「それって、病気とかじゃないの?」
「断定できねぇから、こうしてギルドに話が回ってきてんだよ」
ヴォルガンは机の端に寄せてあった紙を一枚抜き出した。
「村の連中も、季節のせいか土地のせいか、判断がつかねぇらしい。見た目に腐ってるわけでもねぇのに、何となくおかしいって話でな」
その言い方が、妙に引っかかった。はっきりした異変ではない。けれど、無視していいとも言い切れない。
そういう違和感は、たしかに気持ちが悪い。
「お前の新しい召喚獣の話を聞いて、ちょうどいいと思ったんだ」
ヴォルガンは紙を軽く振って見せた。
「まずは調査だ。原因が分からねぇ以上、討伐依頼にもできねぇ。ギルドとしては、異変の正体を見極めたい」
カケルは差し出された紙へ目を落とした。
依頼主は、街外れの農村に住む農家。内容は、水場と畑まわりの異変調査だ。報酬は高くないが、正式な調査依頼として処理されている。
「どうする?」
リアナが横から覗き込みながら聞いてくる。カケルは紙から目を上げた。
「お願いします」
「即答か」
「気になります。水辺のことなら、あの子たちも力を貸してくれると思います」
ヴォルガンはふっと口元を緩めた。
「だろうな。だから声をかけた」
それから少しだけ表情を引き締める。
「ただし、無茶はするな。まずは様子を見てこい。必要なら、そのあとでギルドが人を増やす」
「分かりました」
カケルが頷くと、ヴォルガンは依頼書を机の上へ置いた。
『農地周辺の異変調査:家畜が特定の水場を嫌がり、同じ水を引く畑の一部でも育成不良が見られる。明確な原因は不明。水場、土壌、周辺環境を含めて調査を依頼する』
カケルは依頼書を手に取り、その文字をもう一度見た。
家畜が嫌がる水。
畑の一角だけ育ちが悪い作物。
どちらも、それだけなら理由はいくらでも考えられる。けれど、二つ並ぶと妙だった。
「じゃあ、行こうか。師匠」
「うん。まずは見てこよう」
リアナと並んで踵を返しかけたところで、ヴォルガンが背後から声をかけてきた。
「カケル」
「はい」
「気にしすぎなら、それでいい。だが、もし引っかかるもんがあったら、すぐ戻れ」
短い言葉だったが、その声音には妙な重みがあった。
カケルは小さく頷く。
「分かりました」
ギルドの扉を開けると、昼の光が差し込んだ。
外は穏やかな晴天だった。街の空気も、行き交う人々の様子も、どこにもおかしなところはない。
けれど、これから向かう先にあるのは、家畜が嫌がる水と、育ちの悪い畑だ。
カケルは依頼書を握り直し、リアナと一緒に街の外へ向かった。
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