第63話 今までとは違う依頼
新しい家族たちと再会した翌日。窓から差し込む明るい光を浴びながら、カケルは昨日の池での光景を思い出していた。
手のひらで包めるほど小さかったかつての姿とは違い、十二匹の家族たちはずっと大きな存在感を持って現れた。彼らは茶渋やワサビ君のように、真正面から魔獣とぶつかり合うようなタイプではない。
(前に出て戦う強さとは少し違う。だからこそ、この子たちに何ができて、どんな場面なら力を貸してもらえるのか、ちゃんと知っておきたいな)
カケルは準備を整えると、リアナを連れて冒険者ギルドへと向かった。
ギルドの中へ入ると、いつものように活気ある空気が満ちていた。掲示板の前で、カケルは今の自分たちにちょうど良さそうな依頼を探す。
「……これなら、あの子たちの力を試せるかな」
カケルが手に取ったのは、街外れにある農村からの依頼だった。
『ため池の濁り調査:農地に引く水が急に濁り、悪臭が漂い始めている。水棲魔獣の影を心配する声もあり、池の状態を確認してほしい』
「ため池? シルバーなら浅瀬も走れるけど、中まではちょっと難しいかもね」
隣で依頼書を覗き込んだリアナが、首を傾げてカケルを見た。カケルは微笑んで頷く。
「大丈夫だよ。今日は、昨日会った新しい子たちの力を借りたいと思っているんだ」
「そっか。それなら楽しみだね、師匠!」
ギルドの窓口で手続きを済ませ、カケルたちは街の南側へと向かった。
――――――
辿り着いた現地は、広大な農地に囲まれた大きなため池だった。だが、本来なら豊かな水を蓄えているはずの場所には、どろりとした茶褐色の濁りが広がり、風に乗って生臭い、不快な臭いが鼻をつく。
「……あ、ギルドからいらっしゃった方ですね」
池のほとりで途方に暮れていた年配の農夫が、カケルたちに気づいて駆け寄ってきた。
「見ての通りですよ。三日前から急に水が腐り始めたようで……。村の連中は、魔獣が底に居座っているんじゃないかって、怖がって水も引けないんです」
「分かりました。まずは何が起きているか、調べてみますね」
カケルは農夫を安心させるように頷くと、水際に歩み寄り、まずは金魚たちを呼び出した。
「金魚たち、おいで」
柔らかな光が水面に溶け込み、七匹の金魚たちが次々と姿を見せる。彼らは濁った水の中に臆することなく潜り、ゆったりと尾を翻して池の環境に馴染んでいく。
「金魚たち、【水流感知】で何かおかしいところがないか探してみてくれるかな。お願いね」
金魚たちが池の各所へと散らばっていく。すると、カケルの脳内にナビゲーターの澄んだ声が響いた。
『水流の乱れを検知。前方五メートル、水深二メートルの地点に異物反応があります』
(……そこだね。でも、それが何なのかまではまだ分からないか)
金魚たちは水の揺らぎから「何かがそこにある」ことを教えてくれた。だが、それが生き物なのか、あるいは単なる障害物なのかを判断するため、カケルは次の家族を呼ぶことにした。
「ベタたち、おいで」
水中に、三匹のベタたちが現れた。カケルはベタたちへ、先ほどの異物反応の正体を探るよう声をかけた。
「ベタたち、【水中索敵】をお願い。そこに敵がいるかどうか、教えてくれるかな」
ベタたちがヒレを微かに震わせると、すぐにナビゲーターからの報告が届いた。
『敵性反応を確認。異物の周囲にランクEの魔獣、スパイニー・テトラが五体、停滞しています。異物反応そのものに生命反応はありません』
報告を聞き、カケルは小さく息をついた。異物そのものに生命反応はない。そこへ小さな魔獣たちが引き寄せられていたらしい。
「ベタたち、【水域威圧】であの魔獣たちを遠ざけてくれるかな。お願いね」
カケルの願いに応え、三匹のベタが威圧を放つ。宝石のような鱗が鋭く光を反射したかと思うと、泥の中からスパイニー・テトラたちが、慌てた様子で池の端へと逃げ出していった。
これで、異物の周りの安全は確保された。
「最後は……ヴァンパイアクラブたち、おいで」
岩場の浅瀬に二匹のカニが現れた。紫の甲羅を濡らし、黄色い瞳が周囲を見渡す。
「ヴァンパイアクラブ、【泥地歩行】であの辺りまで行って、泥の下に何があるか見てきてくれるかな。お願いね」
二匹は、足場の悪いぬかるみを驚くほどの速さで駆け抜けていった。沈み込むような泥の上を、まるできれいな平地であるかのように滑らかに進んでいく。
目的の場所に辿り着いたカニたちが、泥の中へハサミを差し込み、【挟撃】の力でしっかりと異物を固定すると、二匹で協力してそれを引き揚げ始めた。
カニたちが浅瀬まで運んで来たのは、水を吸って傷んだ古い木材の束だった。表面にはびっしりと腐った藻や汚れがこびりつき、そこから悪臭と濁りが発生していたようだ。
「……あれが原因だったんだね。腐った藻や汚れに引かれて、さっきの魔獣たちも集まっていたんだな」
水際まで運ばれた異物からは強烈な悪臭が放たれていたが、これにより池の水を汚染していた元凶は完全に取り除かれたことになる。
原因を取り除いたあと、カケルは池を見渡した。異物は消えたが、まだ水は茶褐色のままだ。
「金魚たち、【水質浄化】で水をきれいにしてくれるかな」
その言葉に、七匹の金魚たちが池全体を巡るように円を描き始めた。金魚たちが巡ったあとを追うように、濁った水が少しずつ透き通っていく。
劇的な変化ではない。けれど、金魚たちが描く波紋が広がるたび、淀んだ膜が剥がれ落ちるように水が澄んでいく。
「おお……! 水が、水がきれいになっていくぞ!」
見守っていた農夫が、信じられないものを見るような目で叫んだ。
「まるで聖なる魚だ……. ありがとうございます、本当に助かりました!」
「いえ、この子たちが頑張ってくれたおかげですから」
カケルは少し照れくさそうに笑いながら、和金たちが尾を振って水を清めていく様子を眺めた。大きな魔獣を倒したわけではない。けれど、新しい家族たちはそれぞれの役割を完璧に果たし、この池の平穏を取り戻してくれた。
カケルが家族たちを戻すと、金魚たちは波紋を残して水底へと消え、ベタやカニたちも静かに光の中に溶けていった。
派手な戦いのための力ではないのかもしれない。けれど、水を清め、水底を探り、足場の悪い場所でも動けるその力は、これから先きっと頼りになる――カケルはそんなふうに思った。
「師匠、すごかったよ! あんなふうに協力して問題を解決しちゃうなんて」
「そうだね。俺も、あの子たちのことを少しだけ理解できた気がするよ」
夕暮れ時。カケルたちは感謝の言葉と共に贈られた新鮮な野菜を背負い、リスティアへの道を歩き始めた。
気がつけば、前の世界で一緒に暮らしていた家族たちの面影が、この世界にも少しずつ増えていた。失ったはずの時間が、静かに埋まっていくようだった。
「……さて、帰ったらご飯にしようか」
「賛成! お腹空いちゃった」
空は茜色に染まり、家路を急ぐ鳥たちの影が落ちる。カケルはその景色を見上げてから、リアナと並んで街へ向かった。
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