第62話 水の家族
北の森の件は、まだ胸の奥に重く残っていた。けれど、今の自分にできることは多くない。だからこそ、できることをするしかない――カケルはそう気持ちを切り替えた。
窓から差し込む朝の光の中で、梁の上で羽を休めるピー太郎たちや、膝の上で喉を鳴らす茶渋を見つめる。今の自分にできることは、まず目の前の家族たちと向き合うことだと、カケルは静かに思った。
アースマンモスの件で召喚士レベルが上がった際、新たに「魚類・水生生物」の枠が解放されていた。辺境伯邸での滞在や森の調査が重なり、ずっと試せずにいたものだ。
新しい家族を迎えることは、今のカケルにとって、停滞した空気を少し前へ動かすための大切な一歩だった。
カケルはリアナを誘い、街から少し離れた場所にある静かな池へと向かった。借家のタライや水桶では、新しく来る子たちの様子を十分に見てやれないと考えたからだ。
池へ続く道中、カケルを乗せたイガの足取りは軽やかだった。肩にはワサビ君が乗り、空からはピー太郎たちが周囲を警戒している。シルバーの背に乗るリアナが、不思議そうにカケルを振り返った。
「師匠は、どうして魚とかと一緒に暮らそうと思ったの?」
リアナの純粋な問いに、カケルは前世の記憶をなぞりながら微笑んだ。
「そうだね。触れ合う感じはあまりないけど、見ているだけで落ち着くんだ。水の中を静かに泳いでるだけなのに、それぞれ全然違って、ずっと見ていられるというか」
「……そんなにきれいかな? 魚って……」
リアナが半信半疑といった様子で首を傾げるのを見て、カケルは苦笑いを浮かべた。そんなやり取りをしているうちに、二人は目的の池へと辿り着く。穏やかに光を反射する水際に立ち、カケルは静かに精神を集中させた。
まずは、前世で自分をアクアリウムの世界に引き込んでくれたきっかけ――金魚たちを想う。友人に「飼えない」と託された三匹の金魚すくいの和金。それが、全ての始まりだった。
「金魚たち、おいで」
カケルがやわらかく呼びかけると、その手元から柔らかな光が溢れ出し、水面へと溶け込んでいった。
パシャリ、と水音が重なる。光が霧散したあと、そこには七匹の金魚が泳いでいた。
(……やっぱり、前と同じ姿じゃないんだな)
前世で見ていた姿より、どの子もずっと大きい。けれど不自然というより、この世界で家族として生きていくための存在感を与えられたように思えた。
池の表層を軽やかに泳ぐ三匹の和金。尾がひと振りされるたび、水面が思った以上に深く揺れる。
その後ろで、丸みを帯びた体を揺らす二匹のオランダ獅子頭や、ひらりと大きな尾を広げる二匹の蝶尾が、水面の近くをゆったりと巡っていた。池の中で見ると、記憶の中よりずっと鮮やかだ。
「わあ……! 立派な魚。……でも、師匠が言ってた『きれい』っていうのは、こういうことだったのね」
リアナがシルバーから降り、水際で目を細めた。金魚たちは見知らぬ土地に怯える様子もなく、カケルの影を追うように泳いでいる。
続けて、カケルは別の水槽で暮らしていた子たちを想った。
「ベタたち、おいで」
再び光が弾ける。水面に現れたのは、金魚とはまた違う、鋭い美しさを兼ね備えた三匹の魚だった。
鯉ベタ、ハーフムーン、エイリアンの三種類のベタ。金魚たちが群れで池を彩る美しさなら、ベタたちは一匹ずつが完成された飾りのようだった。前世では小さな水槽の中で見ていた姿が、今は水の中でひとつの意匠のように映る。広げたヒレの色と輪郭が、記憶の中よりずっと鮮やかだった。
「……っ、師匠、これ……!」
リアナが声を弾ませ、思わずといった様子で水面に身を乗り出した。
「すごいきれい……! さっきの子たちもきれいだったけど、この子たちはなんだか……ドレスや宝石が泳いでるみたいだわ!」
ヒレを翻すたびに揺らめく、錦のような赤や青。その微細な鱗の輝き一つひとつが、リアナの瞳を強く射抜いたようだった。
カケルはふと思いついた。水生生物という枠ならば、あの愛嬌のある子はどうだろうか。
(アカハライモリも入るかな。両生類だけど、水辺で暮らす仲間として……)
前世で飼っていた、腹の赤い小さなイモリを想い、呼びかけてみる。しかし、光が形を成すことはなかった。
「……やっぱり、これは違うのかな」
少しの残念さを抱え、カケルは最後の仲間を呼び出した。
「じゃあ、この子たちはどうだろう。ヴァンパイアクラブたち、おいで」
光が岩場に近い浅瀬に集まる。現れたのは、二匹のカニだった。黒を基調とした体に、鮮やかな紫色の甲羅と黄色い瞳。前世で見ていた時は小さなケースの中で動く姿が愛らしかったが、今は岩場に現れただけで、浅瀬の景色そのものが引き締まるような存在感があった。
「わっ! 不思議な色したカニ!」
「ヴァンパイアクラブっていうんだ。この色合いが、なんだかすごく格好いいでしょ?」
岩場に這い上がった二匹は、その大きなハサミを器用に動かしながら、周囲の状況を確かめるように水際の岩肌や湿った地面を歩き始めた。
新しく姿を見せた十二匹の家族を前に、カケルは静かに息をついた。ひとまず無事に呼べたことへ安堵してから、ナビゲーターへ彼らのステータスを見せてほしいと頭の中で指示を出す。
【召喚獣詳細】
名称:未命名
種族:金魚
レベル:1
【固有スキル】
・水質浄化:水中の毒素、濁り、腐敗を浄化する。
・水流感知:水の揺らぎから水中の異物や接近を察知する。
────────────────
【召喚獣詳細】
名称:未命名
種族:ベタ
レベル:1
【固有スキル】
・水域威圧:小型の水生魔獣を威圧し、水域内での主導権を握る。
・水中索敵:狭い水場や浅瀬の異常を探る。
────────────────
【召喚獣詳細】
名称:未命名
種族:ヴァンパイアクラブ
レベル:1
【固有スキル】
・挟撃:ハサミで対象を挟み、動きを止める。
・泥地歩行:ぬかるみや湿地を高速で移動する。
────────────────
どの力も、前に出て戦うというより、水辺や旅先で静かに支えてくれるものに見えた。金魚たちが水を整え、ベタたちが浅瀬を見張り、ヴァンパイアクラブたちが足場の悪い場所を動く。新しい家族たちらしい役目だと、カケルは素直に思った。
気がつけば、前の世界で一緒に暮らしていた家族たちの面影が、この世界にも少しずつ増えていた。失ったはずの時間が、静かに埋まっていくようだった。
水辺を彩る新しい仲間たちを眺めていたリアナが、ふと尋ねてきた。
「師匠、この子たちの名前はなんていうの?」
カケルは水面を揺らす色彩を見つめながら、穏やかに首を振った。
「泳いでいたり、水辺で動いている姿を、そのまま眺めるのが好きでね。だから、前の世界でも名前は付けていなかったんだ」
カケルがそう答えると、水面で一際鮮やかな和金が一度、大きく尾を翻した。
北の森で感じた寒気は、まだ消えたわけではない。あの不気味な粉のことも、事態の重さも、変わらずそこにある。
けれど、カケルの前には新しい家族たちがいた。
「さて、そろそろ戻ろうか。……とはいえ、借家でこの子たちを落ち着かせられる場所を、すぐに用意できるわけでもないし……」
庭に池を作ることも考えたが、水を引く手間や管理を考えると、今の借家では現実的ではない。
「ごめんね、今は一度戻ってもらうよ。また水場に来た時に呼び出すから、その時はよろしくね」
カケルが召喚の解除を念じると、金魚たちは波紋を残して水底へと消え、水中に静止していたベタや岩場のカニたちも静かに光の中に溶けていった。水面に残った波紋を見つめていると、凍りついていた心が少しずつほどけていく気がした。
重い話はまだ消えていない。けれど、新しい家族たちを迎えたことで、前を向く理由はちゃんとここにある――カケルはそう感じながら、池をあとにした。
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今回、カケルが新たに再会した「魚類・水生生物」の家族たちをご紹介します。
■金魚
前世でカケルがアクアリウムにのめり込むきっかけとなった存在です。
※AIで生成しています
・和金(画像左)
フナに近い体型をした、非常に丈夫で活発な金魚。朱色の体色が鮮やかで、金魚すくいでもよく見かける代表的な品種です。
・オランダ獅子頭(画像中央)
頭部の肉瘤と、丸みを帯びた優美な体つきが特徴の金魚。存在感のある見た目で人気があります。
・蝶尾(画像右)
上から見た時に尾びれが蝶のように広がって見える、美しい尾の形が魅力の品種です。
■ベタ
※AIで生成しています
「闘魚」として知られる魚で、一匹ずつが非常に強い存在感を持っています。
華やかなヒレや体色から、観賞魚として高い人気があります。
・鯉ベタ(画像左)
錦鯉を思わせる華やかな模様が特徴のベタです。
・ハーフムーン(画像右)
尾びれが大きく半円状に広がる、優雅で見映えのするタイプです。
・エイリアン(画像中央)
金属的な光沢と独特な模様を持つ、ミステリアスな雰囲気の強いタイプです。
■ヴァンパイアクラブ
※AIで生成しています
紫がかった甲羅と黄色い目が印象的な小型のカニです。
名前のインパクトに反して、ちょこちょこと動く姿には愛嬌があります。観賞用としても人気があります。
本作の他にも、完結済みの作品を公開中です。
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