第6話 異常な魔石
石造りのギルドの扉を押し開けると、昼間よりもさらに熱を帯びた喧騒がカケルを迎え入れた。
「おい、見ろよ。あのトカゲ野郎が帰ってきたぞ」
「なんだ、あの猫は? また新しいペットを拾ってきたのか」
嘲笑混じりの視線がカケルに刺さる。
肩にはいつも通りワサビ君。足元には、すっかり元のサイズに戻って甘えるようにカケルの脛に体を擦り付ける茶渋。
異世界に来て初めての「仕事」を終えたカケルは、そんな外野の声など気にならないほど疲れ、それから高揚していた。
「ミラさん、ただいま戻りました」
受付カウンターへ向かうと、ミラが驚いたように顔を上げた。
「カケル様! ご無事でしたか。……その、汚れがひどいようですが、大丈夫ですか?」
「ああ、これは愛猫とじゃれていて……。これ、依頼の品です」
カケルは腰に下げていた革袋を、カウンターの上に置いた。ジャラリ、と確かな重量感のある音が響く。ミラは袋の紐を解き、中身をトレイの上に広げた。
「……えっ?」
ミラの指が、ピタリと止まった。トレイの上で転がったのは、夕闇の中でも淡く紫色の光を放つ、透き通った結晶の山だった。
「1、2、3……じゅう、……26個!? ギガ・フライの魔石が、26個……!?」
ミラが上げた驚愕の声に、近くにいた冒険者たちが一斉にこちらを振り返った。
「おい、聞き間違いか? ギガ・フライ相手に26個だと?」
「あんなゴミみたいな魔石, 普通は5つ回収できりゃ御の字だろ。奴らは大体逃げちまうんだからな」
ざわつく店内を無視して、ミラは震える手で鑑定用のルーペを取り出した。結晶の一つを覗き込んだ彼女は、絶句したまま数秒間固まった。
「……信じられない。ギガ・フライの魔石といえば、泥のように濁っているのが普通なのに……精製師が手間暇をかけて不純物を取り除いた後のような、このランクの魔石としてはあり得ないほどの純度です」
ミラが信じられないものを見る目で、カケルを見上げた。
「カケル様、これ……。通常のギガ・フライの魔石なら、不純物が多くて一つ銅貨3枚程度の価値しかありません。ですが、この純度はすでに『精製済み』と同等です。精製の手間が省けるとなれば、価値は跳ね上がります」
ミラは素早く魔導具の算盤を弾き、顔を紅潮させて続けた。
「……魔石一つにつき、銀貨1枚。26個で銀貨26枚。それに基本報酬の銀貨3枚を合わせて……合計、銀貨29枚。これが、今回の査定額になります」
「銀貨……29枚……」
カケルは、提示されたその数字に喉を鳴らした。門を通るためにあれほど苦労した銀貨二枚の、十倍を優に超える額だ。それは一日の報酬としては、あまりにも現実味のない響きだった。
「嘘だろ!? たかがハエ退治で銀貨29枚だと!?」
「何かの間違いだ! Gランクの依頼でそんな報酬が出るわけがねえ!」
ギルド内が騒然となり、嫉妬と驚愕が混じった怒号が飛び交う。だが、ミラはそれらの喧騒に一瞥もくれず、真剣な表情でカケルへと身を乗り出した。
「カケル様、これだけの数と品質……もはや, 私一人の裁量で即座に報酬をお支払いできる案件ではありません。今すぐ『ギルドマスター』に直接報告し、承認を仰ぐ必要があります」
「ギルドマスター? あの、できれば早くメシを食べたいんですけど……」
「ギルドマスターにお会いいただかなくては、この報酬をお渡しすることができないんです!」
ミラに一喝され、カケルは思わず身を縮めた。彼女は「少々お待ちください」と告げ、魔石の乗ったトレイを抱えて奥の重厚な扉の向こうへと駆け込んでいった。
静まり返ったギルド内。さっきまでカケルを嘲笑っていた冒険者たちが、今は腫れ物に触れるような、あるいは獲物を狙うような鋭い視線を彼に送っている。
「クァ~~……」
足元で茶渋が暢気に欠伸をした。
数分後、ミラが戻ってきた。
「カケル様、お待たせいたしました! 奥へ」
手招きされるまま、カケルは茶渋を引き連れ、肩にワサビ君を乗せた状態でギルドの奥へと進んだ。案内されたのは、重厚な革と古い紙の匂いが漂う、落ち着いた執務室だった。
大きな黒檀の机に座っていたのは、いかにも歴戦の冒険者然とした屈強な大男だった。鋭い眼光が、入室したカケルを射抜くように捉える。机の上には、先ほどの魔石が並べられていた。
「私がこのギルドのマスター、ヴォルガン・バリスだ……そこに掛けてくれ。」
地響きのような低い声。カケルは促されるまま、茶渋を膝に乗せて椅子に座った。
「ミラから話は聞いた。ギガ・フライの魔石26個。しかもこれだけの純度だ。……正直に言おう。三十年ギルドマスターをやっているが、新人が持ってきた討伐部位を鑑定して、これほど不純物のない『原石』を見たのは初めてだ」
ヴォルガンは魔石の一つを指先で転がし、カケルをじっと見つめた。
「本来、魔石から不純物を抜いて精製するには専門の装置と精製師が必要だ。だが、お前はこれを『召喚獣が食って出した』と言ったそうだな?」
「ええ……。まあ、本当のことなので」
カケルがそう答えると、ヴォルガンは肩のワサビ君、および、膝の上で喉を鳴らす茶渋に視線を移した。
「……召喚士、か。希少だが、これほどの芸当ができる種を従えているとはな。ミラ、査定額に間違いはない。銀貨29枚, すぐに用意しろ」
「は、はい!」
ミラが部屋を飛び出していくと、ヴォルガンは深く椅子に背を預けた。
「カケルと言ったか。お前が従えているのは、既存の召喚獣の枠に収まるような代物じゃない。……その自覚はあるか?」
「……え。そうなのですか?」
カケルはきょとんとして聞き返した。確かにワサビ君の巨大化や茶渋の重さには驚かされたが、それがこの世界の常識からどれほど逸脱しているのか、まだ実感が湧いていなかったのだ。
「……そこから理解していないとはな」
ヴォルガンはこめかみを押さえ、頭が痛いと言わんばかりに深く息を吐いた。
「いいか、これほどの質の魔石を安定して供給できるとなれば、ギルドとしても放っておけなくなる。利権に群がる連中に嗅ぎつけられれば、お前はどこかの飼い殺しだ。今のホールの空気を見たか? ランクに見合わない金を稼ぐ新人は、外に出れば格好の標的になる。」
「……あ」
「今回の件は、運良く特異な変異個体の群れに当たったということにして、ギルド側で記録を操作しておく。だが、次からは加減しろ。お前がこの街で自由にやりたいなら、目立ちすぎるのは得策じゃない。……わかったな?」
「……はい。お気遣い、ありがとうございます」
「わかればいい。お前のような面白い新人を、つまらん妬みで潰させるのはギルドの損失だからな。……よし、これが報酬だ」
戻ってきたミラが、ずっしりと重い革袋を机に置いた。
「中身を確認しろ。銀貨29枚、確かに。……それから、入街税の件はエリアス隊長から聞いている。銀貨2枚、ここで引いておいても構わんか?」
「お願いします」
「ならば残りは銀貨27枚だ。……今日のところはこれで解散だ。これから依頼をこなして、お前自身がその召喚獣たちに見合うだけの実力を付けろ。召喚獣の力に頼り切っている召喚士は、いざという時に真っ先に狙われるからな。わかったな?」
「はい。ありがとうございました」
袋を受けると、指先に銀の冷たさと重みが伝わってきた。ヴォルガンの言葉には、威圧感の中にも新人を案じるような響きがあった。
執務室を出て、再びギルドのホールを通り抜ける。相変わらずの視線を感じたが、カケルの頭の中はすでに「何を食べるか」でいっぱいだった。
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