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前世のペットを召喚できる俺、どの子もこの世界では規格外でした ~レベル解放で家族が増える召喚士~  作者: いたちのこてつ


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第58話 日常の輪郭

厚みのある木扉に手をかけ、ゆっくりと押し開ける。わずかに立て付けの悪い木枠が、懐かしい軋み声を上げた。


一週間ぶりの借家は、少しだけ埃の匂いがした。窓から差し込む西日が、宙を舞う小さな粒を金色の糸のように照らしている。辺境伯邸の完璧な客室とは違う。壁の染み、使い慣れた家具の角、そして自分たちがここで過ごしてきた時間の気配。それらすべてが、カケルの肺を心地よく満たした。


「……ただいま」


カケルが呟くと、隣のリアナも迷いなく頷き、「……うん。ただいま」と応じた。数ヶ月をここで過ごした彼女にとって、その言葉に気後れは一切なかった。


足元では、茶渋が「ナァー」と短く鳴いた。茶渋は足首に体をこすりつけ、ズボンに匂いを塗り重ねる。その手つきがやけに丹念なのは、この家の匂いを塗り直しているせいだろう。


辺境伯邸にいる間もずっと一緒だったが、彼女にとってもこの家は特別なのだ。


カケルの肩には、ワサビ君がいた。色彩を穏やかな緑に保ったまま、長い指先でシャツをしっかりと掴んでいる。


「ペェ、ペェ!」


鳥たちは梁の上を回り、カケルから離れすぎない距離で賑やかな羽音を散らした。ピー太郎、ピー次郎、プー子、ペー子の四羽が空間を彩り、ほっぺがカケルの頭の上へ降り立つ。ほっぺは冠羽を揺らし、玄関の方へ首を伸ばして、じっと動かない。待ちきれない、という様子だった。


「茶渋、ワサビ。……お疲れ様」


隣ではシルバーも、リアナの足元の影をすべって、静かに室内へ入ってきた。いつもの距離感で――それぞれが散っていく。


カケルは上着をかけて、台所へと向かった。火を起こし、鉄瓶をかける。羽音が重なり、床がわずかに軋む。借家がゆっくり体温を取り戻していく。


カケルはその光景を眺めながら、ようやく心から安らげる時間を噛み締めていた。


ふと、アースマンモスを倒した直後に視界を流れた文字列が脳裏をよぎる。


新たに解放された召喚枠は「魚類・水生生物」。


本当なら、あの場ですぐにでも確かめたかった。けれど、辺境伯邸で休んでいた間はそんな余裕もなかったし、戻ってきたばかりの今も、まずは家を落ち着かせたかった。焦って迎えるより、きちんと準備してからの方がいい。そう思う一方で、新しい家族への期待が胸の奥で小さく跳ねる。


「師匠、何か考えごと?」


借家の様子を見回していたリアナが、不思議そうに声をかけた。


「あ、うん。実はね、アースマンモスを倒した時に、新しい召喚枠が解放されたんだ」


「新しい枠? 本当?」


リアナの目がぱっと輝く。カケルはその反応に少しだけ頬を緩めた。


「うん。今度は魚類と水生生物みたいなんだ」


「魚……?」


リアナは聞き返してから、小さく首を傾げた。カケルは鉄瓶の蓋を少しずらしながら、続ける。


「でも、魚類だけじゃなくて水生生物って書いてあったから、魚だけじゃないかもしれないんだよね。前世で飼っていた、ヴァンパイアクラブっていうカニみたいな子もありえるのかなって思うと、水を張るだけでいいのか、ちゃんと考えないといけなくて」


リアナは目を丸くした。


「師匠、魚まで世話していたの!?」


「え?」


「魚って、食べるものとしか考えたことなかったわ……」


あまりに真っ直ぐな驚きに、カケルは思わず瞬きをしてから、小さく笑った。


「前の世界だと、そういう子たちを家で育てる人もいたんだよ。眺めてるだけでも楽しいし、ちゃんと世話をすると、それぞれ違いも見えてくるんだ」


リアナは感心したように何度か頷いてから、借家の床を見回した。


「じゃあ、しっかり準備がいるのね」


「うん。大きなタライとか買ってくればいいかなとは思うんだけど、水の中だけでいい子なのか、それとも陸に上がれる場所も要るのか、まだわからないし。せっかく来てくれるなら、落ち着けるようにしてあげたいから」


「師匠らしいね」


リアナは嬉しそうに笑った。


「会う前から、ちゃんとその子の住む場所を考えてるんだ」


「早く会いたいけど、慌てない方がいいと思う」


カケルがそう言うと、リアナは素直に頷いた。新しい家族の話をしているだけなのに、不思議と家の空気まで少し明るくなった気がした。


ようやく淹れた茶の香りが部屋を満たした頃、玄関のドアが叩かれた。


「カケル、いるかい?」


扉の向こうから、聞き慣れた声が聞こえた。カケルが扉を開けると、そこにはエアリスが立っていた。


「おかえり、カケル。本当に、無事でよかった」


「エアリスさん。わざわざ、足を運んでいただいてすみません」


「本当に、心配したよ。戻らない日が続いてさ……狩猟会の翌日から、毎日ここへ来ていたんだ」


エアリスは苦笑しながら室内に入ると、リビングでくつろぐ茶渋やワサビに親しげな視線を送った。


ほっぺが待ってましたと言わんばかりにエアリスの肩に飛び乗り、得意げな歌を披露し始める。エアリスは肩をすくめて、でもそのまま受け入れた。


茶渋が尻尾を揺らし、リアナがまた吹き出した。その声だけで、張っていたものがほどけるのを感じる。欠けていた日常の最後の一片がぴったりと嵌まったような、心地よい充足感があった。


だが、三杯目のお代わりをカケルが注ごうとした、その時だった。


「…………」


エアリスが、ふと口を閉ざした。笑いがほどけたまま、次の言葉だけが来ない。


ほっぺの歌が、ふっと途切れた。茶渋がぴたりと止まり、湯気の音だけが残った。部屋の空気がすっと固くなる。


エアリスは手に持ったカップをテーブルへと置いた。和やかな友人としての顔をふわりと消し、リスティアを護る騎士隊長としての顔をのぞかせる。


ワサビの色が沈み、瞳がエアリスに貼りついた。西日は完全に落ち、窓の外には深い藍色が広がり始めている。


「カケル。君が完全に回復し、こうして家族と笑い合っている姿を見て、心から安心した。それは嘘じゃない」


エアリスはカケルの目を、真っ直ぐに見据えた。瞳の奥には、抜き身の真剣さが宿っている。


「ただ、今日はそれだけじゃないんだ」


エアリスは一度だけ目を伏せ、言い切った。


「実は、話があって来たんだ」

執筆の励みになりますので、続きを読みたいと思っていただけたら、ぜひブックマークよろしくお願いします!評価もいただけると嬉しいです。


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