第49話 地道な一歩と、深まる絆
湿地帯の地図作りという大変な依頼が一段落し、リスティアの町には相変わらずの穏やかな日常が流れていた。カケルたちは今、その周辺に生息するDランクの小型魔獣『スワンプクロコダイル』の駆除という、地道な依頼を引き受けている。
「シルバー、右。イガの足止めに合わせて」
「ガウッ!」
リアナの声が響く。カケルが指示を出すよりも早く、彼女はシルバーへ的確な合図を送った。イガが喉元を大きく膨らませ、【威嚇】で獲物の足を止める。
その隙を逃さず、シルバーの鋭い爪が三体目の獲物の息の根を止めた。
だが、泥の中にまだ別の気配がある。追い詰められたクロコダイルが激しく泥を跳ね上げ、水底深くへと潜り込んだ。一瞬、シルバーが深追いしようと前脚をかける。
「シルバー、待って! 深追いは禁止だよ」
リアナが鋭く制止すると、シルバーは不満げに鼻を鳴らしながらも、素直に後退した。それを見たカケルが、前線で踏ん張っていたイガへ優しく声をかける。
「イガ、君もこれで三体目だね。予定通り交代だよ、一度下がっておいで」
カケルの言葉に従い、前衛で三戦をこなしたイガが控えの仲間と場所を入れ替わる。その円滑な連携を見て、リアナは安堵の息を吐いた。
「……よし。じったんは今日は後衛で休ませて、残りの子たちで囲い込もう」
カケルはその後ろで、家族たちの様子を静かに見守っていた。瞼の裏には、今もあの日の――粒子となって霧散していく光の残像が焼き付いている。胸の奥に、わずかな冷えが残る。
だからこそ、濡れた手袋の中で指を折る。
(――今日は誰も、強制送還されなかった)
その事実に、カケルは胸の内で深く感謝した。
リアナは一瞬、泥で濁った水面をじっと見つめていた。さっき潜った影が、まだ底の方に潜んでいるような気がした。
「……師匠、今日は私が少し前に出すぎたわね。次はもっとシルバーを待たせる配置にするわ」
戦闘後、リアナが自ら反省を口にする。
「いい判断だったよ。リアナがシルバーを止めてくれたから、ちゃんと交代のタイミングも作れた。おかげでみんな怪我なく終われたんだ」
カケルが微笑むと、リアナは少し照れくさそうに、でも誇らしげに笑い返した。
町への帰り道、声をかける者のほうが多くなっていた。
「カケル、いつもの書類頼むな。隊長もあれが助かるってさ」
門番の騎士隊員は、肩を軽く叩いて詰所へ戻っていった。
「シルバー、今日もちゃんと列に並んでる! えらいね!」
近所の子どもが駆け寄り、シルバーの鼻先で手を振る。シルバーは誇らしげに喉を鳴らし、リアナの横を離れずに行進を続けた。
「北の街道も頼むよ。あんたらが見てくれてると聞くだけで、みんな安心なんだ。……辺境伯様の城では狩猟会があるらしいが、森の手入れはあんたらのほうが丁寧で助かる」
商人は笑って、果物を一つ多く袋に入れた。
家に戻り、カケルはいつものように机に向かう。
鉛筆の先が、紙の上を静かに走る。ノートの隅には、彼が思い描く「いつか建てる自分たちの家」のラフスケッチが描かれている。報酬の数字を書き込むだけでなく、その夢を形にするための準備だ。
「……じったんは水辺が好きだから、ここを少し深くして。イガたちは日光浴が必要だから、このテラスは南向きに大きく取ろうかな」
日当たりの計算や、家族それぞれの居場所を設計図に落とし込む。積み上がる金貨の重みは、ただの数字ではなく、この空想を現実に変えるための確かな燃料だった。
大きな夢まではまだ遠い。けれど、家族との絆はこれ以上ないほど強固になり、自分たちの居場所は少しずつ形になりつつある。
窓の外では、夜の静寂が町を包んでいた。
隣の部屋から、リアナの静かな寝息が聞こえてくる。シルバーの低い呼吸音もそこに混じっている。
カケルはそっと、重みを増した貯金箱に触れた。
「この時間を守るためなら、どれだけでも積み上げられる」
明日も、明後日も、この穏やかな日々を積み重ねていく。カケルはそう決意して、ランプの火を消した。
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