第46話 リアナの生い立ち
騎士隊から新たに舞い込んだ依頼は、森の深部に建設される「前線拠点」への物資輸送を円滑にするための、最短補給路の開拓と安全確保だった。そのルート上にある最大の難所――垂直に近い断崖絶壁を前にして、カケルは家族たちの力を解放していた。
濡れた岩肌を叩く、爪の音が鋭く響く。馬たちが立ち止まり、怯えたように鼻を鳴らすその険しい難所を、イガとグリは何事もないかのように駆け上がっていた。
「よし、イガ、グリ。そのまま先行してルートを確保して」
カケルの指示に、フトアゴヒゲトカゲの二体が力強く応える。垂直に近い岩場であっても、彼らは鋭い爪を食い込ませ、驚異的な機動力でスイスイと登っていく。
その後ろから、重厚な足音を響かせ、じったんがゆっくりと、だが確実に歩みを進めていた。
「おい、見ろよ……」
「あれが噂の『地竜』か!?」
作業にあたっていた騎士たちの中から、驚きを隠せない声が上がる。
「ああ、噂には聞いていたが、間近で見るととんでもない迫力だな。あの全身を覆う鋭いトゲ……ありゃあ本物の竜の血を引いてるに違いない!」
「あんな絶壁、荷物を背負ったまま平然と登ってる……。本当に大助かりだな」
そんな隊員たちのひそひそ話が聞こえてくる中、現場で指揮を執るエアリスが、感嘆の声を漏らしながら一行に続く。
「……本当に信じられない光景だ。あのイガとグリの身軽さも凄まじいが、じったんの安定感も頼もしいな。これほどの物資を積んで、一度も足元を滑らせないとは」
背中に大量の建材を括り付けたじったんは、速度こそイガたちに劣るが、一歩踏み出すたびに地面を固めるようなその歩みには、絶対的な安心感がある。
リアナはその光景を、シルバーの隣でじっと見つめていた。次々と召喚され、それぞれの特性で騎士たちを圧倒していくカケルの「家族」たち。その多才さと層の厚さに、彼女の瞳には羨望と、どこか寂しげな色が混じっていた。
その日の夜。作業を終えた拠点予定地から少し離れた場所で、カケルとリアナは小さな焚き火を囲んでいた。
カケルは、じったんやイガたちをゆっくり休ませるために、一度送還していた。
代わりに、今はキョロとチョロを召喚している。二体のクモたちは周囲の木々の間に目に見えないほど細い糸を張り巡らせ、わずかな侵入者も逃さない警報と捕獲の罠を築き上げていた。
彼らが作る鉄壁の安全地帯の中で、パチパチと爆ぜる火の粉を、リアナはどこか遠い目で見つめていた。
「……リアナさん、温かいスープでもどう?」
カケルが器を差し出すと、彼女はハッとしたように顔を上げ、小さく微笑んだ。
「ありがとう、師匠。……ねえ、師匠。さっきのじったんたち、凄かったね。あんなにたくさん、強い子たちが師匠を支えてる。……シルバー、あなたは今日も頑張ってくれたけど、私一人じゃ、あんな風に誰かを助けることはできないわ」
膝の上で丸くなっていたシルバーの耳を撫でながら、リアナが自嘲気味に呟く。
「そんなことないよ。シルバーにはシルバーの、リアナさんにはリアナさんの役割がある。数や大きさが全てじゃないだろ?」
「……師匠は優しいね。でも、私のいた場所では、それが全てだったの。……ねえ、師匠。私のこと、少し話してもいいかな。どうして私が、これほど『強さ』に固執していたのか」
カケルは何も言わず、隣に座って彼女の言葉を待った。
リアナは、自らの手元で喉を鳴らすシルバーを愛おしそうに見つめた。だが、その瞳の奥には、まだ癒えない傷跡のような暗い色が混じっている。
「……ずっと、言えなかったことがあるの。私の家――アルシュタイン辺境伯家にとって、召喚士としての才能は『生存の絶対条件』だった」
リアナの声が微かに震える。脳裏に蘇るのは、凍てつくような冬の修練場。一匹の小さな狼……シルバーだけを召喚した幼い自分を見下ろす、父の鋼のような眼差しだ。
「…辺境伯家……」
「成果を出せない落ちこぼれに、この家を継ぐ資格はない……。父様は、私のことを見ようともしなかった。それどころか、あの日、父様は私を突き放すようにこう言ったの」
リアナは一度言葉を切り、唇を噛みしめてから、その忌まわしい記憶を絞り出した。
<一匹しか喚べぬ不出来な娘など、我が家には不要だ。お前にはアルシュタインの血が流れていないのか?>
その一言は、幼いリアナの全存在を否定するには十分すぎる暴力だった。「期待を裏切る出来損ない」というレッテル。家名すら名乗ることを許さないような、絶対的な拒絶。
「……シルバーは、そんな私を見捨てなかった唯一の家族。だから、シルバーを『家族』だと言える今が、私にとっては救いなの。でもね……」
リアナは小さく笑った。だが、その笑顔はどこか歪で、痛々しい。
「……最低よね。これほど酷いことを言われて、シルバーという最高の相棒に出会えたのに。それでも……心のどこかで、まだあのお父様に認めてほしいって思っている私がいるの。あの日、私を切り捨てたあの人に、『お前は私の娘だ』って、一度でいいから言ってほしいって……」
シルバーが心配そうにリアナの頬を舐める。リアナはその温もりにすがるように、静かに目を閉じた。
「……師匠。私、シルバーを家族として愛せるようになった。それは、師匠がみんなを愛している姿を見せてくれたから。本当に、ありがとう」
「……リアナさん。俺の方こそ、ありがとう。二人のそんな姿を見ているのが、俺は一番好きなんだ。シルバー、これからもリアナさんのこと、よろしくな」
カケルは微笑み、シルバーの頭を優しく撫でた。シルバーは小さく鼻を鳴らし、主であるリアナを守るように寄り添う。
夜の風が二人を優しく包み込む。カケルは、ようやく心の重荷を降ろして穏やかに微笑む弟子の姿を、ただ静かに見守っていた。
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