第42話 噂の「竜騎士」
昨日のギルド裏での一件以来、リスティアの街には驚くべき速度で噂が広まっていた。
「カケルが、伝説の地竜を三体も従えているらしい」
「いや、あれは古代の竜の王だ。一歩歩けば地響きが起きるそうだぞ」
尾ひれがついた噂のせいで、カケルは朝から頭を抱えていた。
買い出しに出れば遠巻きに指をさされ、すれ違う冒険者からは畏怖の混じった視線を向けられる。彼が望んでいるのは、ただあの子たちと静かに、平穏に暮らすことだけなのだが、どうやら事態は正反対の方向へ転がっているようだ。
「……困ったな。あの子たちはただのトカゲなんだけどね」
カケルがため息をつくと、横を歩くリアナがどこか誇らしげに笑った。
「師匠、それは無理があるでしょ。あんなに大きくて立派なんだもん。みんなが驚くのも当然だって! 私は『竜騎士の弟子』なんて呼ばれて、なんだか鼻が高いわ」
「竜騎士、か……. そんな大層なものじゃないんだけどな」
苦笑いしながら自宅に戻ると、カケルはまず裏庭に向かった。今日は絶好のバスキング日和だ。彼は意識を集中させ、庭にイガ、グリ、じったんの三体を召喚した。
「よし、みんな、ゆっくりバスキングしておいで」
巨躯のトカゲたちが姿を現すと、それだけで庭が少し狭く感じられる。
じったんは、太く丸太のような胴体を平らな石の上に乗せて、すぐにうっとりと目を閉じ、瞬きをした。その重厚な背中の上には、茶渋がさっそく飛び乗り、ふかふかの腹をじったんの鱗に押し当てている。
「茶渋、じったんの上が気に入ったのかな。ひんやりしてて気持ちいいのかもしれないね」
じったんは特に嫌がる様子もなく、時折チロリと青い舌を覗かせるだけだ。カケルはその付かず離れずの距離感を微笑ましく見つめていた。
庭の隅では、リアナとシルバーが訓練の準備をしていた。自分より遥かに巨大なじったんを前に、シルバーが怖がって距離を取ってしまわないようにするために慣れさせる練習だ。
「シルバー、大丈夫だよ。じったんは怒ったりしないから、ゆっくり近づいてみよう?」
リアナが優しく声をかけるが、音も立てずにそこにいるだけなのに、逃げ道を塞がれた気がして、シルバーは尻込みした。
「師匠、シルバーがじったんの大きさに慣れるまで、少しだけ付き合ってもらってもいい?」
リアナの問いかけに、カケルは頷いてじったんの傍に座った。
「じったん、そのまま寝てていいからね」
カケルが背中を撫でると、じったんは面倒くさそうに一度だけ目を細めた。
じったんがただそこにいるだけで、庭の空気はどっしりと重くなる。シルバーはその重圧に耐えながら、一歩、また一歩と、震える足でじったんの鼻先へと歩み寄っていく。
ようやく鼻先を近づけることができたシルバーの様子に安心したのか、その強張っていた体も少しだけ解れたようだった。
そこへ、玄関から軽やかなノックの音が聞こえ、騎士団のエアリス隊長が顔を出した。
「カケル、いるかい? 近くを通ったから寄ってみたよ。……噂は聞いていたけれど、これはすごいね。本当に、ただのトカゲとは思えない迫力だよ」
さわやかな笑みを浮かべて現れたエアリスは、庭に鎮座するトカゲたちの巨躯に驚きつつも、すぐに感嘆の声を漏らした。カケルの肩からほっぺが嬉しそうに飛び立ち、エアリスの肩に降り立つ。
「ホッペチャン! オハヨウ!」
「おや、歓迎してくれるのかい? ふふ、いい子だね」
エアリスは慣れた手つきでほっぺの冠羽を撫でる。ほっぺはエアリスのことが大好きらしく、彼が来るとすぐにカケルの肩から飛び移って、楽しそうに歌いながら肩を独占してしまうのがいつものことだった。
「せっかく来てくれたんですし、お茶でも飲んでいってください。リアナも休憩にしようか」
カケルがそう提案すると、リアナも「賛成!」と明るく応じた。
庭の小さなテーブルを囲み、カケルが淹れたハーブティーを飲みながら、三人はのんびりとした時間を過ごした。目の前では、巨大なトカゲたちが静かに太陽の光を浴びている。
「この子たちがいるだけで庭が少し狭く見えるね。……いや、それ以上に、強そうだ」
エアリスが感心したようにイガを見つめると、カケルは少し照れたように口元を緩めた。
「実は、イガたちはただ大きいだけじゃなくて、人を背中に乗せて走ることもできるんです! 足取りもすごく安定しているから、また騎士隊の遠征に同行することがあれば、きっと頼りになると思いますよ」
「なに、騎乗もできるのかい? 」
エアリスが目を丸くして感心する様子を見て、カケルはふと思いついたように顔を上げた。
「……そうだ! エアリスさん、今度、この子たちとピクニックに行きませんか?」
「ピクニック?」
「ええ。この庭だと彼らも窮屈でしょうし、街中を歩けば大騒ぎになってしまいますから。せっかくですから、みんなで一緒に楽しい時間を過ごしたいんです」
「なるほど、それはいい考えだね。僕のほうで適当な場所を考えておくよ。広い場所なら、彼らも思い切り走り回れるだろうしね」
カケルの提案に、リアナも目を輝かせた。
「いいわね、師匠! 私もシルバーと一緒にたくさん走りたいな!」
「よし、決まりだ。休みを申請して……準備はこちらで整えておくよ」
エアリスはそう言って、肩に乗ったほっぺを名残惜しそうに指先で突ついてから笑った。
新たな家族を連れての外出。カケルは、広い場所でみんなと過ごす光景を思い浮かべ、穏やかな気持ちでその計画に頷いた。
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