第38話 観察の教え
翌朝、カケルが目を覚ますと、そこには昨夜と同じく、居間でシルバーに張り付くリアナがいた。
教わったばかりのマッサージをシルバーに試そうと躍起になっていたが、力が入りすぎているのか、シルバーは気持ちよさそうにするどころか、困惑したように主人の顔を伺っている。
「……リアナさん。朝ごはんは出すよ。で、食べたら帰ろう。さすがにね」
カケルがそう釘を刺しても、彼女は「なぜ? まだ何も教わっていないわ!」と、聞く耳を全く持たなかった。
それから三日ほど、奇妙な攻防が続いた。ギルドへ戻れと言えば座り込み、出ていくと言えば背後にぴたりと付いてくる。
カケルは隙を見ては彼女を説得し続けたが、リアナの決意が揺らぐことはなかった。
相変わらず依頼をこなす際にも当然のように付いてくるのだが、以前のようにシルバーを突撃させて獲物を横取りするような真似はしなくなった。今のリアナは、余計な手出しをしないことを自分に課していた。
その代わりに彼女は、カケルの家族たちが戦う姿を、食い入るような真剣な眼差しで見つめるようになった。茶渋の踏み込み、ワサビ君の擬態のタイミング、空からの連携。シルバーもまた、主人の隣で静かにその光景を観察している。
三日が過ぎ、四日目の朝を迎えた時、カケルはついに大きなため息と共にあきらめの境地に達した。茶渋が尻尾をぴくぴく揺らすたび、これ以上は無理だと分かった。
「……分かった。そこまで言うなら、好きにすればいい」
カケルがようやく「折れた」瞬間、リアナの顔がパッと輝いた。
「本当!? ありがとう、師匠! そうこなくっちゃ!」
リアナは歓喜の声を上げると、隣にいたシルバーの大きな首に思いきり抱きついた。不意を突かれたシルバーだったが、主人の全身から溢れ出す喜びを感じ取ったのか、大きな尻尾をブンブンと激しく振ってそれに応えている。
しかし、ここからが問題だった。この家は一人と数匹が暮らすには十分だが、共同生活を送るにはあまりにも狭い。シルバーが伏せるだけで、居間の動線が半分ふさがる。
「リアナさん。君は女の子だし、いつまでも居間で寝起きさせるわけにはいかない。俺が使っていた寝室を使ってくれ。掃除はしてあるから」
「えっ……でも、師匠はどこで寝るの?」
「俺は居間の環境を整えるから大丈夫だ。ちょうどいい、俺も自分用のベッドを新しく買ってくるよ」
カケルはそう言って街の家具屋でベッドを注文し、届いたその日のうちに居間を寝床仕様に作り替えた。
今まで使っていたクッションや止まり木も、茶渋やワサビ君が落ち着ける位置に並べ直し、自分もその中心で、みんなに囲まれた環境を整えた。
「さあ、みんな。これからはここが俺たちの寝床だ」
「にゃうん」と満足そうに鳴く茶渋が、カケルの新しい枕元をさっそく陣取る。ワサビ君も止まり木の上で、左右の目を交互に動かしながら新しい配置を確認していた。
思わぬ「同居生活」の開始に戸惑いを見せるリアナを尻目に、カケルはふと思いついたようにシルバーへ視線を向けた。
「そういえば、シルバーの能力を詳しく聞いていなかったな。リアナさん、彼が今持っているスキルを教えてくれるかい?」
「ええ、もちろんよ! ギルドの凄腕鑑定士にしっかり見てもらったんだから」
リアナは胸を張ると、記憶している鑑定結果を誇らしげに語り始めた。
「シルバーはレベル28! スキルは、超高速で動ける【神速】、何でも切り裂く【裂爪】、それに敵を怯ませる【銀狼の咆哮】を持ってるのよ。凄いでしょ!」
(レベル28……。茶渋よりも高いんだな。スキルも純粋な戦闘に特化している。速い。切れる。噛み合えば、怖いくらい強い)
しかし、これまでのシルバーの戦い方は、その【神速】を単なる突撃に使い、むやみに【裂爪】を振り回すだけだった。速さを突撃にしか使っていない。それがもったいない。
「レベルも高いし、良いスキルを持ってるね。でも、今日からはそれを『どう使うか』が重要になる」
「どう使うかって……敵に叩き込む以外にあるの?」
「それも含めて、今日からの修行だ。いいかい、リアナさん。まずシルバーと『向き合う』ことから始めよう」
「……向き合う? 敵の弱点を見つける訓練かしら」
「違うよ。シルバーが普段どんな動きをして、どんな時に喜ぶのかを知るんだ。
そう言いながら、カケルはブラシを取った。茶渋の背をひと撫で。喉が鳴る。
「こういうの、戦いには関係ない。でも、こうして触ってると分かることが増えるんだ」
そう言いながら、カケルは朝のルーティンを始めた。
まずは食事の時間。といっても、栄養を摂るためのものではなく、カケルが用意した嗜好品に近いおやつを、一匹ずつコミュニケーションを取りながら与えていく。茶渋は満足げに目を細める。ワサビ君は器用に舌を伸ばして受け取った。
続いてブラッシング。本来、魔力体である召喚獣の毛並みが荒れることはないが、カケルは丁寧に、そして慈しむように茶渋の背にブラシを当てていく。
「召喚獣には必要ない工程かもしれない。でも、こうして触れ合っている時間が俺は好きなんだ。日々の世話を通して、この子たちがどんな性格なのかを理解し、少しでも俺に慣れてもらう。それができて初めて、戦場でも一方的な命令じゃなく、状況に合わせて、息を揃えられるようになるんだよ」
カケルが歩み寄り、シルバーの首筋を優しく撫でる。
カケルの行動の意図が掴めず、困惑した顔をしていたリアナだったが、カケルの迷いのない的確で優しい手のひらに、シルバーが次第に身体の力を抜き、くつろいだようにふせをするのを見て言葉を失った。
「シルバーが……あんなに隙を見せるなんて……」
「召喚獣を『家族』として愛でる経験なら、俺の方が少しだけ多く持っているからね」
カケルの指導のもと、リアナはシルバーのブラッシングに挑戦した。
カケルの動きを真似て、力を入れすぎず、毛の流れに沿って。最初は「必要ないのに」と戸惑っていたリアナも、シルバーが気持ちよさそうに目を細めるのを見て、徐々に頬を緩ませながら、その不器用な手つきを次第に優しいものへと変えていった。
午後からは、街の近くで受けた簡単な討伐依頼をこなしに行くことにした。家族たちの連携の中にシルバーを混ぜるのが目的だ。
「リアナさん、ほっぺが短く鳴いたら合図だ。シルバーに一歩引くように指示を出して。茶渋が動く道を開けてあげるんだ。みんなの得意なことを把握していれば、自然と連携は生まれるよ」
カケルからの穏やかな助言に従い、リアナがシルバーに声をかける。すると、シルバーは茶渋やワサビ君、さらにはジャンピングスパイダーたちの動きを意識しながら動き始めた。
その様子を、リアナは衝撃を受けたような顔で見つめていた。今まで自分が命じれば、シルバーはただ強力なスキルを叩き込むことだけに集中していた。しかし今、彼は自分の指示を受けながら仲間の挙動を読み、その隙間を埋めるように動いている。
(シルバーはあんな風に動けるのね。一歩引くことが、こんなにスムーズな連携に繋がるなんて)
今までの自分は、速さを誇って、速さを殺していたのだと気づいてしまった。リアナは自分の未熟さを痛感すると同時に、自分の指示で変化した「家族」の戦いに深く感銘を受けていた。
シルバーの瞳からも迷いが消え、新しい信頼の光が宿り始めていた。
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