第32話 不遜な少女
ハルバート領への遠征任務を終えたカケルは、数日ぶりに冒険者ギルドへと足を運んだ。胸元にはエアリスから贈られた「特別協力者」を示す銀の徽章が鈍く光っている。
ギルドに入った瞬間、なじみの冒険者たちから一斉に視線が飛んできた。喧騒がいったん途切れ、次いで名前を呼ぶ声と拍手が広がった。歓声には、驚きと好奇の色が混じっているように聞こえた。
「おい、見ろよ! 噂の特別協力者、銀章の召喚士さまのお帰りだぜ!」
酒場の席から誇らしげに声を張り上げたのは、冒険者パーティ『銀の牙』のベリックだ。
ベリックの声はやけに張っていた。あの一件を、まだ気にしているのかもしれない。
「お久しぶりです、ベリックさん。そんなに大声で呼ばないでくださいよ」
カケルが苦笑しながら手を振ると、ギルドの面々から温かい笑いと拍手が起きた。
銀の徽章を得てから、安い挑発や冷やかしは露骨に減った。代わりに、視線だけは増える。敬意なのか好奇心なのか——どちらにせよ、放っておいてはくれない。
「猫一匹で魔物の群れを抑え込んだってのはマジかよ? さすが銀章だな!」
「俺たちの誇りだぜ、カケル!」
身に余る称賛に戸惑いながら、カケルは騒がしい中心部を避けて隅のベンチに腰を下ろした。左肩のワサビ君が、ベリックたちの盛り上がりを眺めながら、左右の目を器用に動かしている。
「……有名になるのも考えものだな、ワサビ君」
カケルがため息をついたその時、ギルドの重厚な扉が勢いよく開け放たれた。
扉が開いた瞬間、空気が変わった気がした。巨大な狼が、床を鳴らして入ってくる。
輝くような銀の毛並みを持つシルバーウルフだ。その圧倒的な存在感に、ギルド内がしんと静まり返った。
「おい、あれ……シルバーウルフか?」
「召喚獣か? 俺、カケル以外の召喚士を見るのなんて初めてだわ」
冒険者たちがひそひそとささやき合う中、狼の傍らに立つ勝ち気な瞳の少女が受付へと歩み寄った。彼女は並んでいる他の冒険者を無視して受付嬢の前に立つと、通る声で言い放った。
「カケル・モリシタはどこにいるの? 案内しなさい」
受付嬢が困惑しながらも隅のベンチを指差すと、少女は鋭い視線でギルド内を見渡し、迷うことなくカケルの元へと歩み寄る。視線は真っ直ぐで、歩みも迷いがない。周囲を気にする様子がなかった。
「私は、ハルバート領で召喚士をしているリアナよ。あなたがカケル・モリシタ?」
見た目は十五、六歳ほどだろう。リアナはカケルの目の前で足を止め、挑発的に顎をしゃくった。彼女に従うシルバーウルフが、カケルと茶渋を見下ろしながら喉の奥で低く唸り声を上げる。
カケルはゆっくりと視線を上げた。
「……そうだけど。俺に何か用かな」
「隣領のギルドで、変な召喚士がもてはやされているって聞いてね。どんな凄い魔獣を連れているのかと思えば……」
リアナはカケルの足元にいる茶渋や、肩に止まったワサビ君を一瞥して鼻で笑った。
「こんな戦力外のペットを連れ回して、凄腕の召喚士だなんて笑わせないで。召喚獣は強力なスキルそのものであるべきよ」
彼女の言葉に、茶渋が不機嫌そうに「シャーッ」と短い威嚇を返した。カケルはなだめるように茶渋の頭を撫で、困ったように眉を下げた。
「そう言われてもな。あの子たちは俺の家族なんだ」
「家族? ますます理解できないわ。召喚士なら、より強力な種を召喚し、戦果を挙げることだけを考えるべきでしょう」
リアナは自身のシルバーウルフを誇示するように、その銀色の毛並みを乱暴に撫でた。彼女にとって、召喚獣は目的を達成するための道具に過ぎないようだった。
「せっかく見定めてあげようと思ったけど、期待外れもいいところね。あなたみたいな『愛好家』が召喚士を名乗るなんて、許さないわ!」
まくし立てる彼女の言葉を、カケルは右から左へと受け流した。
(好みは人それぞれだしな)
今の口ぶりだと、話が噛み合う気はしなかった。
「……悪いけど、俺は用事があるから」
「ちょっと、逃げる気!? 私の問いに答えなさいよ!」
カケルは言い返さずに視線だけ外して、茶渋を抱え上げるとそのまま出口へと歩み出した。背後でシルバーウルフの遠吠えと少女の怒鳴り声が響いたが、彼は一度も振り返らなかった。
(……やれやれ。面倒なのに絡まれちゃったな)
カケルはため息をつきながら、ギルドの喧騒を背に、通りへ出た。
執筆の励みになりますので、続きを読みたいと思っていただけたら、ぜひブックマークよろしくお願いします!評価もいただけると嬉しいです。
本作の他にも、完結済みの作品を公開中です。
■魔王軍、おもてなしの極致 〜聖女の笑顔のために軍予算を「観光」へ全振りしたら、魔界が爆益を上げ始めた件〜
https://ncode.syosetu.com/n1299lr/
■人間嫌いの私は闇の精霊(上級)に転生しました。~見た目が「黒い毛玉」なので無能と罵られましたが、契約主の孤独な侯爵令嬢と共にレベルアップして毒親たちを断罪します~
https://ncode.syosetu.com/n5749lp/
■異世界コンサルはじめました。~元ワーホリマーケター、商売知識で成り上がる~
https://ncode.syosetu.com/n5582kv/
ぜひこちらもお願いいたします!




