第15話
「毒、ですか?」
応接室のソファに腰掛けた結城が、僅かに首を傾げた。
「そうだ」
片桐は静かに頷く。
「相手が人間ならまともにやり合ってもいいが、数十体もいる未知の魔物ども相手に、正面から立ち向かうほど自惚れちゃいない」
「……なるほど。ですがどんな毒を使うのですか?」
そう言いながら、結城はすでに素早くタブレットを操作し始めている。
「奴らは死体と無機物の融合体だ。そしてそれらを接着して動かしているのは生体組織(タンパク質)の粘膜に他ならない。だからそこを狙う。地下の底に沈殿し、粘膜を溶かし尽くすような気体が必要だ」
しかし、と片桐は続ける。
「それを発生させるための材料と量は、俺のツテじゃ用意できない。……あんたのところで用意してほしい」
片桐の問いに、結城はゆっくりと首を縦に振る。
「ええ、大概のものはご用意できますが……少し意外でした」
実は、と結城は少し姿勢を直して続ける。
「此度のことであなたに少し興味が湧きましてね。これまでの行動を、少し見させていただきました」
どういうことだ、と片桐は眉をひそめる。
「知る必要もないことなので周知しておりませんが、この街のあらゆる場所は、我々ネクサステックのカメラによって監視されているんです」
ただしよほどのことがない限り干渉するつもりはないと言い、結城はいつもの微笑みを浮かべた。
「これまでのあなたは、多数を相手にしても恐れることなく正面から立ち向かっていたものですから。毒を使うという手法が、少々意外だったのです」
監視されているという実態に微かな嫌悪感を覚えつつも、片桐は表情を変えずに話を続けた。
「……なるほどな。それで、用意できそうか?」
それを聞くと、結城は手元のタブレットに視線を戻し、流れるように指を滑らせた。
自社の監視網と管理データベースにアクセスし、該当する物質がストックされている場所を瞬時に探し出しているのだ。
「……そうですね。例えば、浄水施設の特殊清掃に用いる高濃度の次亜塩素酸ナトリウムと強酸性の洗浄廃液を保管してある倉庫があります。これらを混ぜ合わせることで発生する塩素系の重ガスであれば、目的の効果を得られるかと」
「……そんなことにも詳しいんだな」
デスクワーク専門に見える男の口からすらすらと出てきた化学知識に、片桐は少しだけ意外そうな目を向けた。
「まぁ、昔取った杵柄というやつですよ」
特殊な街で特殊な仕事をしている人間ならば、どうやらその過去も特殊なものらしい。
片桐がそんなことを思っている間に結城は処理を終えたようで、軽く画面をタップした。
「完了しました。手配した物資を『ソラリア・ロジスティクス』の流通に乗せれば、半日ほどでご用意できるでしょう」
「なら明日の朝に実行する。用意できるだけ用意して、それをダストシュートの前に置いておいてくれ」
「ダストシュート、ですか。蟻塚にはいくつもありますが?」
「あんたら、監視してるんだろ?」
蟻塚の住人や、半グレどもが秘密裏に死体を処理するダストシュート。
その場所を見つけ出すのにそれほど苦労はしないはずだ。
片桐の言葉に、結城は短く相槌を打つ。
「……そうですね、おっしゃる通りです。カメラの記録から特定しましょう」
結城がタブレットに手配の指示を打ち込もうとした瞬間、片桐は言葉を継いだ。
「それと、軍用レベルの防毒マスクも用意してほしい。ガスを発生させたあと、確実に死に絶えたか確認しに行く必要がある」
「……それはご自身でも用意できそうな気がしますが?」
余分な出費を抑えたいという反射的な思考からか、結城は皮肉げに口角を上げた。
「魔物はすべて俺の方で責任を持って処理する。だからそれくらいは協力してくれ」
短く答えた片桐に対し、結城は軽くため息を吐くと、それ以上深くは追求しなかった。
T.A.M.O.の武装部隊を地下へ派遣し、甚大な人的・物的な損害を出す可能性に比べれば、ポリタンク数十個分の工業用薬品とガスマスクの支給など、大した額の経費にはならないと結論付けたのだろう。
「分かりました。すぐにソラリア側へ依頼を出し、明朝までに指定のシュートへ『資材』を運ばせましょう。あとの作業は、よろしくお願いいたしますよ」
結城がタブレットから顔を上げると、そこには再びマニュアル化された完璧な微笑みが張り付いていた。
片桐が応接室を後にし、一階のエントランスへと降りてくると、外はすでに薄暗くなっていた。
エレベーターホールを抜けても、真白の姿はない。
どうやら、大人しく帰ったらしい。
(……やれやれ)
片桐は心の中で小さく息を吐き、重い足取りで『REPAIR』のガレージへと向かって歩き出した。




