第14話
片桐は無言のまま真白の肩を掴むと、強い力で後退を促した。
「えっ、ちょっと――」
声を上げかけた真白の口を空いた手で瞬時に塞ぎ、片桐は鋭い視線で首を振る。
その気迫に押され、真白は押し黙るしかなかった。
足音一つ立てず、二人は来た道を戻る。
超微細粒子が漂う暗闇の中、背後で微かに蠢く気配たちから逃れるように、慎重に、そして素早く歩を進めた。
外からの侵入を防ぐために立てかけていたトタンを押しやり、アビスの『黒縄』まで引き返してきたところで、片桐はようやく口を開いた。
「あの数は相手にできないな」
「でも、あのまま放置しておくわけにもいかないでしょ? あたしたち二人なら、なんとかできるんじゃないの?」
真白が食って掛かった時、片桐は既に帰り道となるもう一つの亀裂へ向かって歩き始めていた。
「バカ正直に戦う必要はない。やるべきことは、害虫駆除だ」
「は……?」
「今では魔物という呼び名が定着しているが、あれらは死体と無機物の融合体だ」
話しながら、片桐は自分の考えをまとめていた。
「それがどうして、どうやって動いていると思う?」
少しの沈黙のあと、真白は「……知らないわよ」と返す。
「超微細粒子が影響しているらしい、ということは分かっているが、実のところ俺もそれ以上のことは知らない」
「……で?」
要領を得ない片桐の会話に、真白は少し苛立ち始める。
「そもそもとして、その生態は、この世界の理から大きく外れているわけだが……」
と片桐は無言になり、記憶の底を探る。
「ねぇおじさん、意味が分からないんだけど」
何かをしようとしていることは分かるが、何をしようとしているのかが真白には分からない。
(そう。あいつらはこの世界の理の外の存在だが、それを構成する物質は、所詮この世界のものでしかない)
片桐は真白の言葉を半ば聞き流しながら、思考を深めていく。
(極めて有効ではあるんだが、危険も多いから俺のチームには入れなかった……)
すでに片桐には真白の存在は意識の外であり、真白もそれ以上片桐に話しかけることはしなかった。
(聞けば早いんだが……)
「得意げなあいつの顔を想像すると、ちょっと癪だな」
ぽつりとこぼした片桐の独り言を真白は肩をすくめて放置した。
長く暗い地下道と瓦礫の山を抜け、二人が蟻塚一号塔のエントランスまで戻ってきた頃には、すでに外の空気は冷えた夕方のものに変わっていた。
「お前はもう帰るんだ。ここから先は直接どうこうというものでもないからな」
それだけを言い残し、片桐は真白をその場に置き去りにして、上層へと繋がるエレベーターホールへと向かった。
ホールの隅に設置されている監視カメラに向かって軽く手を振ると、静かにエレベーターの扉が開いた。
重苦しい駆動音と共に、無骨な鉄の箱が蟻塚の上層へと昇っていく。
片桐は目を閉じ、脳内で先ほどのプラットホームの映像と自分の知識を重ね合わせる。
あのぽっかりと開いた天井の崩落跡。
そして、そこから落ちてくる死体や瓦礫。
(それらを体内に引き入れて、蟻型の魔物を組み立てている)
ならばその魔物を組立者とでも呼ぶべきか。
そして労働者とも言える蟻たちが無秩序に動いていないところを見ると、何らかの形で組立者が指揮をとっていると予想できる。
それは例えば、ラジコンのようなものなのかもしれない。
だとしたら労働者自体が目的をもって動いているわけではないだろう。
事実、分からない部分は多い。
だが、相手が人間の理の外の存在であっても、抵抗する術がないわけではないことは証明されている。
チン、という無機質な電子音が鳴り、エレベーターが停止する。
扉が開いた先は、相変わらず塵一つ落ちていない、清潔で整えられたオフィス空間だった。
株式会社ネクサステック。
技術開発や監視システムを担っている、ファイブ・リングスの一角。
無表情でフロアに立つ、武装した軍人たちの向こうに、結城が張り付いた笑顔で立っていた。
手振りで案内されるまま、片桐は応接室へと足を踏み入れた。
「どうですか片桐さん、何か分かりましたか?」
マニュアル化された微笑みを浮かべた男――結城がソファへと腰掛ける。
「原因は分かった。だが」
確証はないんだが、と前置きして、片桐は地下で見たものを説明した。
バスほどもある巨大な魔物が、その腹の中で死体と無機物を融合させているのだと。
「どうやらこいつ自体は動くことはできなさそうだ。組立者によって組み上げられた労働者、それがカメラに映っていた魔物の正体だ」
「……奴らは地下で何を?」
結城は興味深そうに耳を傾ける。
「分からないな」
しかし片桐の返事は率直だった。
「組立者も労働者も、俺が勝手につけた呼び名だ。俺が以前R.I.N.G.S.で仕事をしていたときに、こんな奴らは見たことがなかったからな。だから正直、理解できていないことのほうが多い」
知識が人の生き死にを左右する場所で、今は圧倒的に情報が足りない。
だがやれることは確実にある。
「用意してほしいものがあるんだ」
結城の目が、わずかに細められる。
「私はあなたに、処理を依頼したのですが?」
「それは分かってる」
片桐は真っ直ぐに結城を見る。
「だが、何十体もいる労働者を一人でどうこうするのは無理な話だ。だから、力を貸してほしい」
結城は表情を崩さないまま、数秒だけ沈黙した。
「……あなたの話を聞けば、解決するとでも?」
「その可能性は高い」
片桐の静かな返答に、結城は小さく息を吐く。
「まぁいいでしょう。聞きましょう」




