第13話
再び土とコンクリートの入り交じる息苦しい通路を進む中、背後から真白が声を落として尋ねてきた。
「ねえ、おじさんって結局どういう人間なの?」
「……なんだ、急に」
片桐は前を向いたまま、止まることなく答える。
「だってあたしたち、こういう世間話? 全然してないじゃない」
「まぁ、な。……だからといって、今ここでするような話でもないだろう」
そんな片桐の言葉に真白は不満をあらわにする。
「家じゃいっつも難しい顔してガラクタいじってるし、話しかけても無愛想でしょ」
「話し相手なら有坂くんがしてくれてるだろ」
わけあって家に住まわせているとはいえ、片桐としては過度に親しくする必要を感じていない。
それに相手が、自分の息子や娘でもおかしくないような年齢となれば、話をしたところで合うわけもない。
「律のことは『弥生の理』にいた時にある程度知ってたし。だいたいあれ、見たまんまのお坊ちゃんじゃん」
「そう言えばその、弥生の理にはまだ顔を出してるのか?」
尋ねながら、片桐は一度立ち止まり、前方と後方を視認し、変化がないことを確認する。
教団の中での真白の立ち位置はそこそこ上だったように見えた。
「ああいう組織は、突然距離をとれるものでもないだろう」
「おじさんの家に住むことになってから、行ってないわよ」
片桐の問いに、真白の答えは率直だった。
「あたし、そもそも母親…とかまぁ家族? に巻き込まれただけだし。色々あって、いつの間にか要職みたいなのには就いてたけど、別に教えに共感してたわけじゃないしね」
それよりも、と真白は話を切り替える。
「おじさんを送り迎えしてたあの男、律のこと見てたけど。気づいてたでしょ」
「ああ」
「律に聞いてもはぐらかされたけど、絶対知り合いだよね。おじさん、何か知ってる?」
「いや、知らないな」
片桐は前を向いたまま、素っ気なく答える。
「聞かないの?」
「聞かないな」
「なんでよ」
少しだけ首を傾げる真白。
片桐は歩みを緩めることなく言葉を返した。
「話してこないということは、聞いてほしくないことなんだろう。だから、深く踏み込まないだけだ。それを言うなら、お前だってさっき、誤魔化しただろ?」
弥生の理の件だ。
真白は「それは……」と答えに詰まり、面白くなさそうにため息をついた。
「まぁ、あいつのことはいいわ。じゃあさ、おじさんが自分のこと話さないのも、踏み込まれたくないからってわけ?」
「それもあるが、そもそも何を話したらいいのかが分からない」
長谷川優子というパートナーを失ってから、男やもめで生きてきた。
過去も、未来も失われたゲートタウンという街で一人、生きてきたのだ。
片桐の時間は、長谷川優子を失い、調律者を辞めたあの時から止まったままになっている。
そんな片桐が、過去も、現在も、未来もある若者と何を話せばいいというのか。
なんだかんだと無駄口を叩いている間に、真白の中で何らかの結論が出たらしい。
「ふーん、そう。なんか意外ね。もしかしておじさん、戦うこと以外は案外ポンコツだったりする?」
その質問に答えないまま黙々と歩き続ける片桐の背中を見ながら、真白は少し片桐のことが理解できた気がしたのだった。
「止まれ」
不意に、片桐が手で制する。
片桐はライトを切り、真っ暗闇の中から、そっと薄明かりに照らされた亀裂の外を覗き込む。
そこは、先ほどとは別の、旧地下鉄のプラットホームだった。
だが、大きく異なる点がある。
周囲のトンネルが完全に崩落して土砂で埋まっており、アビスの他の領域から切り離された『孤立した空間』になっていたのだ。
その中に充満する超微細粒子が、辺りを薄く照らしている。
片桐はその明かりを頼りに、まず退路と構造を確認した。
壁にはいくつかの亀裂があるが、それ以外に不自然な場所はない。
(少し、考えないとな)
完全に隔離されていた空間。
そこで何が起きていたのか。
そしてなぜ、今になって変化が起き始めたのか。
「……ねぇ、なに、あれ」
壁面を探っていた片桐の思考を遮るように、背後から広間を覗き込んだ真白が、絶望的な光景に声を震わせた。
視線をプラットホームへ移すと、そのあちらこちらに、無数のどす黒い影がひしめいていた。
「何が起きても、声を出すなよ」
そう言って、片桐はライトの光量を最小限に絞り、足元だけを照らすようにして反射光で慎重に内部を確認した。
音はしない。
動きもない。
異様なのは、その静けさだった。
暗い影の正体は、先ほどの蟻型の魔物である。
だが、その姿は様々だった。
先ほど片桐が屠ったような、外骨格がひび割れ体液を滲ませている脆弱そうな個体から、コンクリートを容易く粉砕しそうな強靭な金属製の顎と無機物の装甲を備えた個体まで、あらゆる完成度のものが入り乱れている。
(……寝ているのか)
試しに光を向けてみるが、どの個体も反応しない。
ならばと、片桐はライトの光量を少し上げ、プラットホームの中央へと向けた。
そこで片桐の目を最も惹きつけたのは、それらを有象無象たらしめる『巨大な異形』だった。
それは、路線バスほどもある巨大な肉塊だった。
人間と無機物が醜悪に融合したその巨体は、かろうじて人間の姿をとどめた状態で、ラッコのように仰向けの姿勢で横たわっている。
頭部は奥側にあるのだろう。
手前側には歪に肥大化した手足が投げ出されており、片桐たちの位置から見えるのは、視界を塞ぐほどに隆起した、半透明に蠢く巨大な腹部だけだ。
直接ライトが照らす先で、その腹の表面で起こっている異様な現象が見て取れた。
腹部の表面はゲル状の粘膜となっており、そこに乗ったコンクリートの破片や鉄骨、そして真新しい人間の死体たちが、まるで沼に呑まれるように、自重で静かに体内へ沈み込んでいるのだ。
休眠状態のまま、ただ触れたものを受け入れている。
ここで、片桐の中で疑問が一つ鎌首をもたげた。
(あの死体は、この閉鎖した空間にあったものじゃない)
ならば、どこから供給されたというのか。
片桐はその答えを探るように、肉塊の腹部から真っ直ぐ上へと視線を移動させた。
視線の先、遥か頭上。
そこには天井の崩落跡が、ぽっかりと黒い口を開けていた。
それはちょうど、巨大な腹部の真上に位置していた。
(……なるほど。あの穴の真下か)
偶然なのか必然なのか、粘膜で覆われた腹の上に落ちてきたであろう瓦礫や死体たち。
巨大な肉塊は、それらを最も効率よく受け止められる場所に陣取り、ただ己を肥大化させているのだ。
(あんなのは、見たことがないな)
片桐は息を殺し、じっとその光景を見据えた。




