第10話
「で……どうしてここが分かった?」
片桐はライトの光量を落とし、眩しさを軽減するために光を床へと反射させながら、静かに問いただした。
真白は薄暗い地下の空気の中で、得意げに小さく笑う。
「実はね、あたしには優秀な助手がいるのよ」
――数時間前。
黒い軍用車が片桐を乗せてガレージを出発した直後、「出かけてくる」と言い残して外へ飛び出した真白は、即座にジャケットのポケットからスマートフォンを取り出して片耳にワイヤレスイヤホンをねじ込んだ。
画面をタップし、発信音を数回聞く。
『はいはい、どうしたの?』
イヤホンからは溌剌とした少年の声が響いた。
「シン、あんた今どこ?」
『大通りだよ。あ、そうだ、聞いてよ! またかっこいい服を見つけたんだ!』
シンの言葉で、真白は以前買ってあげた謎のセンスの服を思い出した。
「じゃあそれ、買ってあげるから、あたしを手伝ってよ。追ってほしい車があるの」
真白は黒い軍用車両に片桐が乗っていることを伝え、その車の行き先を突き止めてほしいと依頼した。
『オッケー、任せて。余裕だよ』
シンは軽快に笑う。
「車は今、おじさんの家がある裏通りから右に……」
『ああ、あれだね』
運よく、シンは車の進行方向にいた。
シンにとって、これは絶好のチャンスだった。
かつて片桐の尾行を有坂と共に試み、簡単に看破された経験を活かして、今度こそ上手くやるのだという、『リベンジ』の機会でもあったのだ。
(かっこいい車だけど、向いてないよね)
ゲートタウンの交通事情は最悪だ。
ひび割れたアスファルトに不法投棄の山、そして無秩序に歩き回る人々。
いかにタフなオフロード車とはいえ、大通りを走る以上、スピードは出せない上に所々で大きな迂回を強いられる。
一方で裏道や崩れたビルの隙間を知り尽くしたシンの機動力なら、車を追い越して先回りすることすら容易かった。
この街で生きていくためのその強かさは、尾行という技術においても最大限に発揮された。
「あんたの位置情報はこっちで見てる。無理して近づいて、気づかれないでよね」
『分かってるよ』
真白の手元のスマートフォンの画面には、マップアプリ上でシンの現在地を示す小さな光点が、路地裏を縫うように移動していくのが映し出されていた。
シンは崩れたビルの隙間に身を隠しながら、真白から持たされていたスマートフォンを構えると、画面を指で広げて高倍率ズームのレンズ越しに、群衆の向こうを這うように進む黒い車を遠く離れた安全な場所から捉え続けた。
そして、常時接続されたイヤホンを通し、車の曲がった角や周囲の状況を、息を弾ませながらリアルタイムで真白へ実況中継し続けたのだ。
その結果が、蟻塚への到着だった。
その後。
片桐が「依頼を受けた」と準備をしている間に「買い物に行ってくる」と家を出た真白は、外で待機していたシンとの連携で、片桐の視界と気配の完全に外側から、再び蟻塚までの道のりをトレースしたのである。
――回想が明け、真白は腰に手を当てながら片桐を見上げた。
「おじさんってさ、五感とか勘みたいなのはバケモノみたいに鋭いのに、機械のことになると割とポンコツよね」
「……そうか?」
片桐にそんな自覚はなかった。
調律者時代から、パソコンや各機器を扱うことに関しては他の者より覚えが早かった自負があるくらいだ。
「だってさ、儀式用の魔物の首輪についてたカメラに気づいてなかったでしょ?」
「あれはまぁ、小さかったからな」
「それに、今回だってスマホを使って遠くから追いかけたり、連携したりしてたら、これっぽっちも気づかなかったじゃない」
「……」
「おじさんさ、もしかして生き物相手なら得意だけど、最近のテクノロジーには置いていかれてるんじゃない?」
痛いところを突かれ、片桐はわずかに眉をひそめた。
例えば、スマートフォン。
それは片桐にとって連絡手段以外の何物でもない。
それをより便利にするための機能には、興味もないし、理解もなかった。
そんな片桐に、位置情報を他者と共有する価値観が存在することなど、想像のしようもないのだ。
真白のからかうような言葉は、実のところ片桐という人間の本質を的確に突いていた。
「あのね、テクノロジーは日々進化してるの。カメラや盗聴器はどんどん小型化してるし、みんな持ってるスマートフォンは当たり前のようにカメラがついてて、すぐ動画を上げられる。気をつけないと、知らない間に世界中におじさんの顔が晒されるわよ」
片桐は反論する言葉を持たなかった。
生き残るために研ぎ澄ませてきた己の肉体と感覚。
だが、自分でも気づかないうちに、時代とともにアップデートされゆく技術的な「視線」に対しては、完全に無防備になっていたのだ。
「ああ……なるほど。ここを特定した手口は分かったが」
片桐は短い沈黙の後、小さく息を吐いた。
「だからといって、どうしてついて来た」
そして、本来の目的を問いただすように、真白へ向けて低い声で尋ねた。




