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REPAIR  作者: 明星
波及
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第7話

片桐が連れてこられたのは、ゲートタウンにそびえる蟻塚、その一号塔の入り口だった。

つい昨夜来た時とは違って、昼間の入り口はただの巨大なスラム建築としての様相を呈している。

「どうぞ、こちらへ」

スーツの男に促され、片桐は入り口から続く通路を歩かされ、エレベーターへと案内された。

重苦しい駆動音と共に、箱が上層へと昇っていく。

片桐の胸中には、どうしようもなく嫌な予感が渦巻いていた。

つい昨夜、煌々と輝く上層階の明かりを見上げながら、真白に語ったばかりだ。

「正体を知ろうと手を伸ばせば、逆に掴まれて引きずり込まれる。あの明かりからはそういう気配を感じる」と。

だが長年の経験則によるその予感は、たった一日で最悪の形で実を結んでしまった。

「……聞いてもいいか?」

片桐が背後から声をかけたが、男はエレベーターの扉の正面を見つめたまま、ピクリとも動かない。

徹底した無言の対応に、片桐はやれやれと小さくため息をついた。

チン、と無機質な電子音が鳴り、エレベーターが停止する。

ゆっくりと扉が開いた瞬間、片桐はわずかに目を細めた。

そこにあったのは、荒れ果てたゲートタウンには似つかわしくない、塵一つない清潔で、整えられたオフィス空間だったからだ。

しかし異様なのはそれだけではない。

その洗練された空間のあちこちに、武装を施した軍人のような男たちが無表情で立っていた。

仕事をしているサラリーマンやOL、それらを無言で見つめている軍人たちの間を抜けて、片桐は奥にある応接室へと通された。

「少々お待ちください」

そう言い残し、男は部屋を出ていく。

片桐はソファには座らず、壁一面に広がるガラス窓の前に立った。

そこからは、ゲートタウンの全体像が一望できた。

崩れたビル、荒れた道路。

それらはアビスが現れた1999年から27年が経過した今も、ほとんど変わってはいない。

当初、事態の収拾にあたった自衛隊が大敗を喫し、日本の首都は大阪へと移さざるを得なくなった。

そして外国の協力を得て設立されたT.A.M.O.が日本を統治するようになり、その結果、東京は捨てられた。

ツギハギだらけの違法建築が地べたに這いつくばるように広がり、未舗装の道の上を、人々が小さく蠢いている。

「これじゃあ、どっちが蟻なのか分からないな」

やがて、背後でドアが開く音がした。

「お待たせいたしました。片桐宗介さんですね」

現れたのは、質の良いプレーンなスーツを寸分の狂いもなく着こなした男だった。

髪の毛一本乱れておらず、表情にはマニュアル化された微笑みが貼り付いているが、その笑顔の奥には僅かに疲労が見て取れた。

「株式会社ネクサステック、危機管理部マネージャーの結城と申します。本日はご足労いただき、誠にありがとうございます」

結城と名乗った男は名刺を差し出してきたが、片桐が受け取らずにいると、それを丁寧にテーブルの端に置き、自らは対面のソファに腰を下ろした。

「単刀直入に聞くが、こんな場所に俺を呼び出した理由はなんだ」

片桐も窓際から離れ、ソファへと腰掛けて問う。

その言葉に、結城は微笑みを崩さぬまま、手元のタブレット端末を操作し、テーブルの中央へ置いた。

そこに映し出されていたのは、数日前に片桐が教団の残党と戦っている映像だった。

更に身ぐるみ剥がしたその死体を、蟻塚の住人たちがダストシュートへ捨てている映像が続き、そして昨夜、片桐が半グレたちを誘い込み、住人たちに処理させた瞬間から、彼らの死体や鈍器がダストシュートの底へ落とされていく一部始終が、鮮明に映し出されていた。

「この街の性質上、蟻塚に死体が持ち込まれること自体は珍しいことではございません。ですがどうやら、ここ数日で片桐さんが原因で発生した死体の『量』は、地下の何者かを完全に暴走させる要因となりました」

結城は、業務上のトラブルを報告するような、一切の熱を持たない事務的なトーンで告げた。

「こちらを」

そう言って結城がタブレットに表示させたのは、蟻塚の地下、その暗闇の中で四つん這いの何かが這い回っている様子だった。

「以前から目撃はされていましたが、ゴミを集めてどこかに消える、それだけの存在でした。しかし数日前からその数は急激に増え、蟻塚に住む方へと被害が波及しております」

理解していただけましたか、と結城はメガネを押し上げる。

「俺に、それを片付けろと?」

「そうです。もしくは、片桐さんの資本を使って、T.A.M.O.の部隊を出動させ、この事態を収拾することも可能なのですが……その場合の見積もりはこちらになります」

タブレットに表示された請求額を見て、片桐は顔をしかめた。

いずれ必要になる『飴』の代金や、三人での生活費、真白の依頼の準備費用すら心許ない現状で、こんな額を用意できるはずもない。

「原因を作られたご本人に対応していただくわけですから、弊社としてはどちらの方法をとっていただいても構いません。いかがなさいますか?」

結城と名乗った男は怒っているわけでもなければ、片桐を恨んでいるわけでもない。

ただ原因と結果の所在だけを判断基準とし、徹底して事務的に処理をしようとしているだけだった。

問題はまず片桐に解決させる。

もしも片桐が死ねば、その時は金を掛け、軍の部隊を動かせばいいだけのことだと、結城という男は既に結論づけているのだ。

「……どちらも断ると言ったら?」

片桐は静かに問い返した。

部屋の中にいるのは結城一人だ。

ガラスの向こうにT.A.M.O.の兵士はいるが、この男を制圧した後、突破口を開くことは不可能ではない。

片桐は最小限の目の動きで、周囲の状況を記憶した。

だが、結城は全く動じず、それがまるでマニュアル通りであるかのように続ける。

「ファイブ・リングスの中での、弊社の役割はご存じですか?」

「確か……技術開発と、監視システムの構築」

片桐が答えると、結城は満足そうに頷いた。

「ええ。このゲートタウンの電気、ガス、水道……インフラの根幹はすべて我々が管理しております。片桐さんのお住まいの区画に対して、それらを『システム障害』として止めることは容易です。……が」

結城はそこで言葉を区切り、少し困ったような表情で片桐を見た。

「確か片桐さんには、同居されている方がお二人、いらっしゃいましたね。何やらお二人とも『目立ってはいけない』事情をお持ちだとか」

片桐は小さく息を吐いた。

(すべて調べた上で、か)

力ずくでこの部屋を抜け出したところで、ありとあらゆる手を使われ、自分も、有坂も真白も、この街で生きていく術を奪われるだけだろう。

片桐に断る道など、最初から用意されてはいなかったのだ。

「随分と回りくどいことをするもんだ」

片桐の言葉に結城は「サラリーマンですので」と微笑んでみせた。

片桐は窓の外の街へ一度だけ視線を向け、長く、重い息を吐き出したのだった。

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