第12話
頭上を飛び交う鉛玉が、薄いパーティションを容易く貫通し、背後のコンクリート壁に着弾しては火花を散らしている。
身を屈めた片桐は、降り注ぐ粉塵を避けながら、冷静に思考を巡らせていた。
残る敵は五人。
男たちは極限の恐怖から、闇雲に弾をばらまくだけになっている。
あの様子では明らかに装弾数など計算してはいない。
弾切れの隙を突くのは容易いが、跳弾のリスクを考えれば、より確実な場を作り上げる必要があった。
片桐の視線の先には、フロアの最奥で男たちを辛うじて照らし出しているバッテリー式のランタンがある。
足元に転がっていた手頃な瓦礫を拾い上げると、片桐はそれをランタンに向かって正確に投擲した。
パキン、という硬質な破砕音とともに光が弾け、最上階は完全な暗闇に飲み込まれた。
「くそっ……! 明かりが!」
「ふざけんな! どこだ、どこにいやがる!」
周囲の違法建築の隙間から差し込む、微かな外光だけが頼りの空間。
暗闇に目が慣れていない男たちの視界は、完全に奪われた。
「待て! 撃つな! 俺だ!」
同士討ちを恐れる怒声が響く。
片桐の脳内では恐怖で固まった五人の位置関係が、声と呼吸音、そして微かな衣擦れの音をもって、先ほど作り上げられた室内の地図へと印されていく。
そうなれば、やることはとてもシンプルだった。
片桐は瓦礫の影から音もなく滑り出し、最も近くで荒い息を吐いている四人目の男の背後に回った。
「だ、誰か……」
男が震える声を出した瞬間、片桐はその口を背後から塞ぎ、もう片方の手で男の銃を持つ手首を逆関節に強く捻り上げた。
手首が嫌な音をたてて曲がり、男の喉の奥からくぐもった悲鳴が漏れる。
片桐はそのまま男の体を引き寄せながら首に腕を回し、静かに意識を奪った。
その間数秒。
素早く四人目の体を床に横たえると、片桐は再び暗闇へと溶け込んだ。
「おい、タチバナ? へ、返事しろ!」
不気味なほどの静寂に混乱した男が、マズルフラッシュの閃光を頼りにするため、辺りを乱射し始めた。
「ば、馬鹿野郎! 無闇に撃つんじゃねぇ」
暗闇を切り裂く銃弾と跳弾の音に、残る三人の男たちが悲鳴を上げて床や瓦礫の裏へと這いつくばる。
味方の乱射に怯えて釘付けにされた三人。
その状況は片桐にとって都合のいい、戦いの場が完成したことを意味していた。
銃を乱射する男は、その光が自分自身の位置を教えていることにまでは、気が回っていない。
片桐は発砲炎の死角を縫うように接近し、弾切れを知らせるスライドの固定音が鳴った瞬間に踏み込んだ。
「……あ」
男が絶望の声を漏らした時には、片桐の軍靴が男の膝関節を横から粉砕していた。
不自然な方向へ脚が曲がり、絶叫を上げようと大きく口を開けた男の顎を横から掌底で打ち抜くと、脳髄を激しく揺らされた男は、白目を剥いて崩れ落ちた。
残るは三人。
「くそっ、化け物かよ!」
六人目と七人目が慌てて立ち上がり、背中合わせになって震えている。
互いの死角を補い合っているつもりだろうが、そんなものは片桐の前では意味をなさない。
片桐は先ほど倒した男の足元に転がっていた空の弾倉を拾い上げ、彼らから少し離れた壁に向かって投げつけた。
カラン、と硬い音が響く。
「っ!」
二人が同時に音のした方向へ発砲する。
背中合わせの陣形が崩れ、二人の間に決定的な隙間が生まれた。
その瞬間、片桐は彼らの死角である斜め後方から一気に間合いを詰めた。
六人目の男の側頭部に強烈な回し蹴りを叩き込んで意識を刈り取り、驚いて振り向いた七人目の男の懐へ滑り込んだ。
「ふざ――」
銃を構えるより早く、片桐の指が男の喉仏を正確に捉え、無慈悲に握り潰した。
男は声にならない血の泡を吹きながら、床へ倒れると少しして動かなくなった。
三分にも満たない間に、四人が屠られた。
静まり返る暗闇の中、最後の一人が、恐怖のあまり銃を投げ捨てて這いずり逃げようとしている。
「た、頼む、助けてくれ……! 女には手を出さない! もともと俺は乗り気じゃなかったんだ!」
無様に命乞いをする八人目の背中に、片桐はゆっくりと歩み寄った。
「……信じることは、できないな」
感情のこもらない冷たい声とともに、片桐は男の後頭部を躊躇なく軍靴で踏み抜いた。
鈍い音とともに、男の命は永遠に途絶えた。
血と硝煙が、元からあったカビの匂いを上書きしていく。
片桐は荒れることのない息を静かに吐き出し、暗闇に沈むフロアを見渡した。
微かな外光に照らされた床には、先ほど倒した三人を含め、ピクリとも動かなくなった八人の男たちが転がっている。
「……足りないな」
片桐は冷たい声で呟いた。
あのスクレイパー崩れの男は、敵の数を「十人」だと言った。
恐怖に駆られたあの状況で嘘をついたとは考えにくいが、人数を正確に覚えていたとも考え難い。
(……さっきの電話、か)
その問いに対する答えは、すぐに階下から響いてきた足音によって示された。
片桐の読み通り、先ほど顔面を踏み砕いた男が死の間際まで繋いでいた電話は、外に出ていた連中に異変を通知したものだった。
奴らは通話越しに響く悲鳴と銃声を聞きつけ、慌てて戻ってきたに違いない。
しかし、片桐の耳が捉えたその足音は、ここにいる戦いの素人たちのものとは明らかに異なっていた。
階段を蹴り上げる足音のうち一人はひどく重く、そして迷いがなかった。
訓練された者特有の、ブレのない足運び。
片桐は静かに身を翻すと、部屋の片隅で山になっている粗大ゴミの陰へと身を隠すのであった。




