第10話
泥濘む裏路地を抜け、片桐は馴染みの故買屋に立ち寄った。
ガラクタが所狭しと積まれた店内で、カウンターの奥にいた店主が顔を上げる。
「おお、片桐。例の品、終わったか」
「ああ。だけどこれを撃とうとは思わないほうがいい」
暴発するぞ、そんな手振りを交えながら、片桐が布に包んだ年代物の銃をカウンターに置くと、店主は中身を確かめ、満足げに頷いて手間賃の札を数え始めた。
「そりゃよかった。そういや、こないだお前に話した『臭うガラクタ』の件だがよ……最近はピタリと持ち込まれなくなった。お前の言ってたこと、信じていいんだろうな?」
「ああ、大丈夫だ」
片桐は適当に相槌を打ちながら、カウンターの隅の木製のナイフスタンドに目を留めた。
そこにあった小ぶりな折り畳みナイフを手に取り、親指でブレードの感触を確かめる。
「……これ、もらっていくぞ」
「お? そうかい?なら手間賃から引いとくわ」
片桐は差し出された残りの札を受け取ると、ナイフをコートの内ポケットへと滑り込ませた。
外からは一切目立たない、かさばらないサイズだ。
「じゃあな」と短く告げて店を出る。
背後から「また頼むわ」と気のいい声が追ってきた。
その声とは裏腹に、間違いなく今回の報酬からは僅かに抜かれている。
そういう男なのだ。
だが今はそのことに使う時間はない。
片桐は再び、旧市街地へと足を踏み入れた。
そこにそびえ立つのが、『蟻塚』と呼ばれる巨大な廃ビル群だった。
元々は独立していた四つのビルが、不法占拠者たちの手によって無数の鉄骨やトタンの渡り廊下で縫い合わされ、ひとつの巨大な集合体と化している。
剥き出しの配管やケーブルが壁面を這うその醜悪な姿は、まさに名もなき働き蟻たちが際限なく泥を積み上げて作った巨大な巣のようだった。
最も高い第一塔が無骨にそびえ立つ一方で、片桐の目的地である第四塔――かつての中規模オフィスビル――は、四つの塔の中で一番背が低く、周囲のビル群から垂れ下がる違法建築の重みに押し潰されるように、薄暗い谷間に沈んでいた。
片桐はその蟻塚の底辺、入り組んだ地下階にある冴木のクリニックのドアを再び開けた。
「……あら。忘れ物?」
カルテの整理をしていた冴木が、意外そうに目を丸くした。
片桐は中には入らず、ドアの枠に寄りかかったまま短く答えた。
「いや、この上に少し用があってな」
「上? なぁに、また厄介事?」
呆れたようにため息をつく冴木に、片桐は静かに告げた。
「……少し、この上が騒がしくなるかもしれない」
それは片桐なりの忠告だった。
冴木はカルテに向かっていた手を止め、片桐の静かな瞳を見つめ返した。
「……あらそう」
彼女は小さく鼻で笑うと、シニカルな口調で続けた。
「なら、天井が落ちてこないことを祈っておくわ。うちのクリニックが潰れたら、あんたの怪我を治す人間がいなくなるからね」
「気をつけるさ」
冴木の皮肉に隠れた不器用な親切心を受け取り、片桐は小さく口角を上げて扉を閉めた。
コートのポケットの中で、折り畳みナイフの冷たい感触を指先で確かめる。
頭上、四号塔の上層階。
そこに潜んでいるのは、教団の残党達だ。
片桐は静かに息を吐き出すと、迷宮のように入り組んだ薄暗い階段を上り始めた。




