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REPAIR  作者: 明星
残党
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59/69

第4話

ふざけ合う二人。

テーブルにこぼれた、コーラの匂い。

エアコンの駆動音が響く中での、仲間との何気ない会話。

いい仲間、だった。

繰り返される毎日が明日も続くと信じて疑わなかった。

だが、平穏の記憶は――瞬き一つの間に、圧倒的な存在によって崩壊した。


『お前ら!に……ろ……逃げ、ろォ!』


『ふ、ふふ、虫みたい』


『僕が、僕が皆の役に立たないと……!』


『……囲まれ、てる?』


『嫌ぁ! 嫌ぁぁぁ!! 私の中にも! 私の中にもいるんだぁ!』


『……あなたを守れてよかった』


――熱い。

ただ、それだけの世界になった。

視界は赤黒く塗り潰され、吸い込む空気は肺を焼き尽くすような熱気を帯びている。

転がる無数の死体。

充満する焦げた臭い。

抗えない暴力に潰される者。

自らの限界を超え死んでいく者。

死の原因に気付くことすらなかった者。

それを直視し、精神が限界を迎えた者。

そして、熱波の向こう側。

揺らぐ蜃気楼のように死んでいった優子の、ひどく澄んだ声。

――あなたを守れてよかった。

熱い。

熱い熱い熱い。

死者たちの断末魔が、足掻きが、喪失感が、狂気が、そして満たされた思いが、脳髄に残穢のようにこびりついて離れない。

体が燃える。

細胞が沸騰する。

助けてくれ。

誰か。

誰か。

誰もいない。

もう、俺だけだ。

俺を、殺してくれ――。



「――ッ!!」

音にならない絶叫と共に、片桐は跳ね起きた。

ガタッと、安物のソファが軋む音だけが、薄暗い部屋に響く。

視界はひどくぼやけていた。

全身は滝のような冷や汗に塗れ、着ていたシャツは肌にべったりと張り付いている。

肺が酸素を求め、溺れかけた魚のように大きく、浅い呼吸を繰り返す。

「……ハッ……ハッ……ハッ……くそ……」

喉の奥から絞り出すような声は、ひどく掠れていた。

震える手で顔を覆う。

指先が、氷のように冷たい。

だが、肉体の内側は違った。

芯から、ジリジリとした焦げ付くような熱が這い上がってくる。

心臓から全身へと送られている血液が沸騰しているかのような感覚に陥る。

とうの昔に切り捨てたはずの過去が、今もなお細胞へ記憶として刻み込まれ、片桐の肉体を内側から責め立てているようだった。

死の間際の優子の顔と、言葉。

それを思い出すと胃が痙攣し、強烈な吐き気が込み上げた。

片桐はソファから転げ落ちるようにして立ち上がり、よろめく足取りで作業机へと向かった。

眩暈で視界が揺れる。

壁に手をつき、荒い息を吐きながら、引き出しを乱暴に開けた。

整理された工具の奥から、ミントタブレットの空き容器を流用した小さなケースを掴み出す。

中に入っているのは、六條から受け取った『飴』。

カタカタと、ケースを持つ手が微小に痙攣していた。

苦しい。

気持ちが、悪い。

今すぐこの苦痛から逃れたい。

それだけの感情に飲み込まれ、ケースを開け、掌に白い錠剤を一つ、転がり落とした。

これを口に放り込んで、水で流し込めば、今度こそ朝までゆっくりと眠れるはずだ。

錠剤を持った手を、ゆっくりと口元へ運ぶ。

あと数センチ。

だが、片桐は思いとどまった。

ピタリと、錠剤を持った手が空中で止まる。

今、この薬を飲めば、自分は半日以上使い物にならなくなる。

有坂から連絡が入っても対応できない。

真白に何か起きた時、動くことができない。

何より、蛭子の件で六條を訪ねようかと思っているのに、この体たらくでどうする。

「…………」

片桐は奥歯を強く噛み締めた。

ギリッと、微かな音が漏れる。

掌にある白い錠剤を見つめ、ゆっくりと目を閉じた。

一度深く、長く息を吐き出す。

片桐は無言のまま、錠剤をケースの中に戻し、引き出しの奥へと戻すと、そのまま居住空間の奥にある洗面台へと向かう。

蛇口を捻り、凍えるような冷水を両手に受けると、顔に何度も叩きつけた。

冷たさが肌を刺し、沸騰しそうになっていた顔の熱を無理やり奥底へと押し込めていく。

鏡を見上げる。

そこには、水滴を滴らせた、ひどく疲労した男の顔があった。

あの日の記憶は、死ぬまで消えない。

忘れたつもりでも、「焦熱」の言葉一つでこうも鮮明に思い出してしまう。

ならばもう、その記憶を抱えたまま生きていくしかない。

洗面所を後にし、ガレージへと戻った片桐は棚から安いウィスキーの瓶を取る。

外はまだ暗く、夜明けにはほど遠い中途半端な時間だ。

「……これくらいなら、問題ないだろう?」

誰に語りかけるわけでもなく、片桐は茶色い液体をグラスに注ぐ。

既に消えた過去の熱を上書きするように、喉へ熱い液体を流し込んだ。

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