Sideエピソード(1-2.ルナとカイ)
藤沢カイは、目の前のガラス越しに並ぶ色とりどりの焼き菓子を見つめながら、胸の内に渦巻く緊張感を必死に抑え込もうとしていた。
いつもは堂々とした態度でクラスメイトと接し、バスケ部でも明るく振る舞っている自分が、なぜこんなにもたじろいでいるのか――答えは分かっていた。
(あの人、月瀬さんは本当にすごい人だよな……)
少しうつむいた視線の先で、ショーケースの中のマカロンがふわりとした甘い色合いで整列している。カイは気を落ち着けようとするが、さっきから額にじんわりと汗が浮かぶのを止められない。
「……これでいいよな?」
小声で自分に問いかけながら、カイは小さな詰め合わせを指さす。淡いピンクのリボンがかかったシンプルな焼き菓子のセットだ。目立ちすぎないのが良いと思ったが、これで失礼にならないかと気になり、何度も確認した。
「こちらですね。ありがとうございます」
店員が笑顔で詰め合わせをラッピングしている間、カイは心臓が壊れそうなほどに高鳴っているのを感じていた。普段ならこういう小さなプレゼントの一つくらい、さらっと渡せる自信があったはずなのに――。
(なんだよこれ……俺、こんなやつだっけ?)
手渡された紙袋を受け取ると、カイは「どうも」とぎこちなく礼を言い、そそくさと店を出た。店を出た瞬間、涼しい店内とは打って変わった夏の空気が身体を包み込み、どっと汗が滲み出る。
買ったはいいものの、これをどうやって渡すべきか。カイは通りを歩きながら悩んでいた。
(そもそも、月瀬さんとまともに話したのって何回だっけ?)
治療してもらった時の静かで冷静な表情が脳裏に浮かぶ。あの時のことで何か言葉をかけたくても、ただ「ありがとう」とだけ伝えるのが精一杯だった。
(どうすりゃいいんだよ、これ……)
足取りが重くなる。次第にカイの視線は手元の紙袋に釘付けになった。夏の夕焼けが斜めから差し込み、紙袋のリボンがほのかに光っている。
そのまま立ち止まると、カイは意を決したように顔を上げた。
(いや、考える前に動け。こんなことバスケじゃ普通にやってるだろ……!)
いつも自分を奮い立たせる言葉を思い出し、カイは大きく息を吸い込む。そして足取りを少しだけ早めて校門の方へと向かった。
◇◆◇◆◇
校舎の裏庭に通じる小道――そこは授業の合間や休み時間に静けさを求める生徒たちがたまに訪れる場所だった。夕暮れの光が斜めに差し込み、並ぶ木々の影が長く伸びている。
藤沢カイはその道の先に、彼女の姿を見つけた。
月瀬ルナ――。
黒髪が夕日を受けて鈍い輝きを放ち、涼やかな横顔がどこか幻想的な雰囲気を纏っている。彼女は読んでいた文庫本を一度閉じ、小さく息をついていた。
カイはふと、足が止まっていることに気付いた。
(やばい……近づくのが怖いとか、俺どうしたんだよ)
頭の中では「早く行け」と何度も自分を叱咤しているが、どうにも体が動かない。普段なら勢いよく声をかけてしまう性格なのに、どうしてここまで臆しているのか――それは自分が彼女に特別な感情を抱いているせいだと気付いてしまったからだ。
(いや、感謝を伝えに来たんだ。それだけだ。それだけでいいだろ?)
カイは自分にそう言い聞かせると、ようやく歩き出した。紙袋のリボンを握る手にはじんわり汗が滲んでいる。
「――月瀬さん」
ようやく絞り出した声は、思ったよりも小さかった。それでも静寂の中ではしっかり届いたのか、ルナがゆっくりと振り返る。
「あ……藤沢君?」
黒い瞳がまっすぐこちらを見つめる。その瞬間、心臓が大きく跳ねるのを感じた。
「えっと……ちょっと話したいことがあって」
言葉が途切れがちになるカイ。それを見て、ルナは小首を傾げた。
「私に、ですか?」
カイはぐっと喉を鳴らし、小さく頷く。そして、おもむろに紙袋を差し出した。
「これ……渡そうと思って。お礼っていうか、なんていうか……その、足のこと、助けてもらったから」
ルナは目を見開き、一瞬動きを止めた。紙袋に目をやり、次にカイの顔をじっと見る。
「……ありがとうございます」
ようやく小さな声でそう言うと、そっと紙袋を受け取った。その指先は白くて細いのに、どこか芯の強さを感じさせる仕草だった。
「いや、そんな……別に大したもんじゃないから」
カイは慌てて手を振る。視線をどうしていいか分からず、やたらと目線が泳いでしまう。
(やばい……何話せばいいか分からない)
ルナは紙袋を胸に抱き、ふっと微笑んだ。その表情はほんの一瞬だけ柔らかく、見たことのない色を帯びていた。
「本当にありがとう。こういうの、慣れてなくて……ちょっと驚いちゃった」
カイの頬がじわりと熱を持つ。慣れていないと言われると、自分が特別な存在になれたような気がして――胸が熱くなる。
だが次の瞬間、後ろから聞き覚えのある声が響いた。
「お、藤沢とルナ?珍しい組み合わせだな」
その声にカイの肩が跳ねた。振り返ると、淡海マヒロが立っていた。
「……淡海さん」
ルナが微かに表情を緩めて、マヒロに声をかける。自然と近づいていくルナと、どこか気怠そうにしながらも足を止めるマヒロ。
「お前らこんなところで何してんだよ」
軽く肩をすくめながら話すマヒロに、ルナは紙袋を胸の前に掲げてみせた。
「藤沢君から、こちらを頂いたんです」
「へえ、これ菓子か。藤沢もなかなか気が利くな」
マヒロの言葉に、カイは一瞬うろたえた。
――気が利く。褒められるべきことだと分かっているのに、どうにも心が浮かない。
「あ、いや、大したもんじゃないけどな。ただの菓子だし……」
自分で言い訳がましいことを言いながら、カイは心の奥で小さな不安が芽生えるのを感じていた。
「でも、本当に嬉しいです。ありがとうございます、藤沢君」
ルナが再びカイに向けた微笑み――その瞬間だけはカイの胸も温かく満たされる気がした。
だが、すぐにその温もりは掻き消された。
ルナが何気なく振り向き、マヒロに向けた視線。どこか柔らかく、信頼を寄せるようなその目。
カイの心臓が一拍早く鼓動を刻む。彼女の笑顔は、自分に向けられたものとは少し違う――そんな気がしてならなかった。
「ところで、なんで藤沢がルナに菓子なんて渡してんだ?」
マヒロはいつものぶっきらぼうな口調で尋ねる。特に深い意味などないのだろうが、その言葉が妙に刺さる。
「いや……その、前に脚を治してもらっただろ。そのお礼、みたいな」
言い訳じみた言葉が自分でも情けなく聞こえる。
「あー、なるほどな。藤沢ってやっぱり律儀だな」
「悪い、邪魔したな」そう言い残して、マヒロはゆっくりと去っていく。その後ろ姿を見送るルナが、一歩だけ前に進んだ。
「淡海さん、気をつけて帰ってくださいね」
ルナのその言葉に、マヒロは振り返らずに手を軽く上げるだけだった。
しかし、その瞬間のルナの表情――どこか柔らかく、特別な思いが込められているように見えた。
(もしかして……)
カイの胸がぎゅっと痛んだ。
(いや、でもそんなこと……)
自分の考えを打ち消そうとするが、ルナの視線とマヒロへの態度が頭から離れない。
◇◆◇◆◇
カイは一人、校舎の影を歩きながら、頭の中でぐるぐると同じ言葉を繰り返していた。
(月瀬さんがマヒロのことを……?)
いや、確信があるわけではない。そんなことを考える自分が滑稽に思える。
だが、ほんの小さな違和感がどうしても胸に刺さり続けていた。
「おーい、カイ!そんなところで何をしょげてるの?」
グラウンドの方から手を振るのは、幼馴染で昔からの腐れ縁の女子。乃ヶ峰リノだった。
「……ったく、何やってんだ、俺」
つぶやいた声は、自分に向けた呆れと悔しさで滲んでいた。
みなさん、こんにちは!いつも読んでいただきありがとうございます!
こうして皆さんに物語をお届けできるのは、本当に幸せなことだと感じています。感謝の気持ちでいっぱいです!
この物語は定期的に更新を目指しており、皆さんと一緒に成長していきたいと考えています。少しでも続きが気になるような展開をお届けできたら嬉しいです!
ちなみに、途中で「あれ?前に読んだ内容がちょっと変わってる?」と感じることがあるかもしれません。それは物語の本筋を変えない範囲で、文章や展開をブラッシュアップしているからです。より楽しんでいただけるよう、細かい部分をちょこちょこ改稿するのが作者の趣味なんです(笑)。
そして最後に……
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それでは、今日も物語の世界へどうぞ!
お楽しみいただけますように!




