Sideエピソード(1-1.サクラとマヒロ)
誰もいない広いリビング。
豪奢な家具が並ぶその空間で、芹沢サクラは一人きりで座っていた。
――その瞳は虚ろだった。
リビングの隅に置かれた大きな鏡には、椅子に腰掛ける幼いサクラの姿が映っている。だが、その目に浮かぶのは、子どもらしい希望ではなく、寂寥と疲労。
サクラは、小さい頃から「少し変わっている」と言われる子どもだった。
何がどう変わっているのかは、本人には分からない。ただ、家族の視線の冷たさや、近所の人々が距離を取る様子を、幼心に敏感に感じ取っていた。
「サクラ、お願いだから、また変なことはしないでね」
母親のそんな言葉を、何度も何度も聞いた。
サクラが奇妙だと言われたのは、その「直感」の鋭さにあった。
家の中で物が落ちる前に必ず気づいたり、家族が外で起きる事故やトラブルを「見抜く」ような言動をしたり。
ある日、父親が出勤前に時計を探していた。
「おい、時計が見当たらないんだが……」
すると、小さなサクラが何の気なしに言った。
「パパの時計、車の座席の下にあるよ」
――確かにその通りだった。
だが、それを見て父親は「ありがとう」と言うどころか、ぎょっと目を見開き、こう呟いた。
「どうしてそんなことが分かるんだ……?」
父は昨日仕事に時計着けて行っていた。そして帰宅した時にはサクラが就寝していたことを確認している。つまりサクラが時計の位置を知る機会は全く無かったと言っていい。
こういった出来事の積み重ねが、徐々に家族を不安にさせる要因になっていった。
「気味が悪い」
「何かおかしい」
両親のそんな態度が、次第に露骨になっていった。
家族と話をするたび、壁が一枚隔てられているような距離感。そんな中で、サクラが心の拠り所にしたのは、古びた「黒い人形」だった。
その人形は、祖母の家の奥深くに置かれていたものだった。
祖母が亡くなった後、遺品整理で見つけたその人形を、サクラは無言で持ち帰った。
「ねえ、君は私の話を聞いてくれるよね?」
ベッドに座りながら、その人形に話しかけるのが日課になった。学校での出来事、家族の態度、誰にも言えないこと――すべてをその人形に吐き出した。
不気味な漆黒の瞳が、サクラの話をじっと受け止めてくれる気がした。
「サクラ、あの人形、気味が悪いから捨てなさい」
ある日突然、母親がそう告げた。
「えっ……どうして?」
「そんなものを大事にしてるのが、お母さんには理解できないの」
母親の手によって、人形はサクラの目の前で無造作にゴミ袋に放り込まれた。
その瞬間、サクラの胸にぽっかりと大きな穴が空いたような感覚が広がった。
空虚な感情が幼いサクラの心を静かに蝕んでいった。
◇◆◇◆◇
3階の渡り廊下。淡海マヒロは、昼休みの喧騒を避けるために人気の少ない場所を歩いていた。少し暑さが残る風が窓を通り抜け、制服の袖を揺らす。
マヒロはぼんやりと前を見据えながら歩いていたが、ふと前方から誰かが走ってくる気配を感じた。足音がやけに慌ただしい。みると明らかに急いでいるらしい女子生徒は、今にも足を挫きそうになりながらバタバタと走ってきていた。このまま歩くとぶつかるかもしれない。
とっさに立ち止まったその瞬間――。
「きゃっ!」
小柄な女子生徒が足を滑らせ、勢いよく転びそうになる。その方向はまさにマヒロの目の前だった。
反射的に手を伸ばしたマヒロは、彼女を腕で支える形で庇った。マヒロは女子生徒が転んだことより、自分にぶつかった事で逆に怪我をしていないかが不安だった。
「……大丈夫か?」
女子生徒は驚いたようにマヒロを見上げる。少し頬を赤らめながら、慌てて立ち上がり、制服のスカートについた埃を払い落とした。
「あ、ありがとうございます!すみません、急いでて……!」
マヒロは彼女を一瞥し、少し眉をひそめた。
「気をつけろよ。もし顔から転けちまったら危ないだろ」
言葉は素っ気なかったが、その声はどこか優しさを含んでいた。
「はい、ごめんなさい……」
女子生徒は何度も頭を下げながら、その場を去っていった。
マヒロがため息をつき、何事もなかったように歩き出そうとしたその時――。
「へえ、淡海君、意外と優しいところあるんだ?」
聞き慣れた声が背後から飛び込んできた。
「……サクラか」
振り返ると、そこには芹沢サクラが立っていた。窓から射し込む日差しを背に受け、いつものように少し小馬鹿にしたような笑みを浮かべている。
「なんだよ、また俺の監視か?」
マヒロはぶっきらぼうに言うが、サクラは気にする様子もなくニヤニヤと笑う。
「見てただけだよ。っていうか淡海君、最近変わったよね?」
「何がだよ」
「昔はさ、もうちょっと棘があったっていうか、クラスメイトとこんな風に話してるの、見たことなかったよ?」
サクラは先ほどの女子生徒とマヒロのやりとりを思い返しながら、少し目を細めた。
「別に変わってねえよ。お前がそう思うだけだろ」
素っ気なく答えたマヒロだったが、サクラはじっと彼を見つめたままだ。
「ふ~ん……まあ、いいけどさ」
何か言いたげな口調だが、これ以上追及はしない様子で、サクラはマヒロの横を歩き始める。
渡り廊下を歩く二人の間には、穏やかな沈黙が流れていた。マヒロの無表情な横顔に、サクラはふと視線を向ける。
(……ほんと、淡海君って不器用だよね)
彼の素っ気ない態度やぶっきらぼうな言葉。それが、サクラにはどこか懐かしく映る。
(周りから距離を取られて、厄介者扱いされて……それでも、なんとか普通でいようと足掻いてる感じ)
自分が幼い頃に感じていた、あの息苦しさ。誰からも受け入れてもらえない孤独感。それらが、目の前のマヒロに重なる気がしていた。
ただ、サクラはその感情を口にすることはなかった。
(淡海君がどんな思いでここにいるのかなんて、私には分からない。でも……)
彼女の視線は、ふとさっきの女子生徒を庇ったマヒロの手に移った。
「……なんだよ、じっと見て」
突然声をかけられ、サクラははっと我に返った。
「え? 別に見てないよ。ただ、なんか珍しいなって思っただけ」
「珍しい?」
「うん。だってさ、淡海君って、前はそんな風に誰かを助けるなんて考えられなかったから」
言いながら、サクラは自分の言葉にわずかに動揺した。
(なんでこんなこと言っちゃったんだろ……)
マヒロは軽く肩をすくめただけで、それ以上何も言わなかった。その態度が、サクラにはどこか安心感を与えていた。
(……私と同じなんて、勝手に思ってるだけかもしれないけど)
それでも、この距離感が悪くないと思うサクラがいた。
「なあ、サクラ。ずっと気になってたんだが、さっきから何でついてくんだよ?」
ふとした疑問をぶつけると、サクラは一瞬だけ立ち止まり、少し首をかしげた。
「だめ?」
小首を傾げて無邪気に返してくるその姿に、マヒロは思わず言葉を詰まらせた。
「いや、別に……」
眉間にシワを寄せながら、どこか居心地悪そうに視線をそらすマヒロ。それを見たサクラは、少し悪戯っぽい笑みを浮かべて追い打ちをかける。
「……やっぱり、だめなの?」
少し寂しげな口調に変わると、マヒロはさらに困った顔をした。
「……好きにすればいいだろ」
そう言って歩き出したマヒロの背中を見つめながら、サクラは吹き出すように笑った。
「ふふっ、淡海君、そういうとこほんと可愛いよね」
「誰が可愛いだ、バカ」
ツンとした声で応えるマヒロだが、その歩く速度は少しだけゆっくりになっていた。
二人は渡り廊下を歩き続ける。時折吹き抜ける風が、サクラの髪を揺らした。
みなさん、こんにちは!いつも読んでいただきありがとうございます!
こうして皆さんに物語をお届けできるのは、本当に幸せなことだと感じています。感謝の気持ちでいっぱいです!
この物語は定期的に更新を目指しており、皆さんと一緒に成長していきたいと考えています。少しでも続きが気になるような展開をお届けできたら嬉しいです!
ちなみに、途中で「あれ?前に読んだ内容がちょっと変わってる?」と感じることがあるかもしれません。それは物語の本筋を変えない範囲で、文章や展開をブラッシュアップしているからです。より楽しんでいただけるよう、細かい部分をちょこちょこ改稿するのが作者の趣味なんです(笑)。
そして最後に……
いいねやコメント、本当に励みになります!
いただけると「次の更新もがんばるぞー!」ってやる気がグンとアップします。どんな感想でもいいので、気軽にひとことでも残してもらえると嬉しいです!
それでは、今日も物語の世界へどうぞ!
お楽しみいただけますように!




