姉の教え其の三、人の話は最後まで聞くべし!(北鳳凰学園騒乱編3)
北凰学園第二校舎裏。
普段はあまり通る者も少ないが、たまに第一校舎への近道として使用する生徒がいる。
しかしいつの時代も、人気の少ない場所というものは、ある一定の生徒達の溜まり場と化すのがセオリーだ。 よってここに立ち寄る生徒は比較的少ない。
だが、
「久々に来たけど、相変わらず無駄に広いわねこの学校……」
などと、美桜は呑気に呟きながら学園内を散策中。
もちろ学園事情など皆無な美桜が、そんな事知るはずもなく。
「久々過ぎてどこから行ったらいいのか……ん? 誰かいる?」
美桜は物陰をキョロキョロと見渡し、スッと隠れてしまった。
教室に着くまではなるべく誰とも会いたくない。
面倒くさい状況になるのは分かりきっているからだ。
「――マジでやんのかよ?」
若い、男の声。
「当たり前だろ。 このまま舐められてたまるかってんだ」
更に違う男の声。 その他にもざわつく声が上がり、少なくとも声の数は三人~四人。
「でも八城さんの指示なしに動くのはまずくねえか?」
「バカ、俺達だけでやるから意味あるんだろ。 いつまでも下っ端扱いされてたまるかよ。 俺達だけで生徒会ぶっ潰してやる」
(なんか私、かなりタイミング悪いとこに来ちゃったかも?)
かもではなく、完全に地雷地帯だ。
美桜は内心焦りだしたのか、額にうっすらと冷たい汗が伝っていた。
どうもこの展開はまずい。
「でもやれんのか? 生徒会長って、腕の方もかなりたつらしいぜ?」
「だからその弟を攫うんだろうが。 あいつを人質にすりゃあ、あの女だって手出しできねえだろ。 校内でも有名なブラコンらしいからな」
美桜の所から顔は見えないが、おそらくドラマに出てくるような、人相の悪い奴に違いない。
などと思ったのか、美桜は一人納得したかのような顔で、この場から立ち去る機を伺っていた。
(ああもう! 私はあの人に会うんだから邪魔しないで~!)
心の中で美桜は叫ぶ。 だが、
「おい、誰だてめえ!?」
いつの間に現れたのか、美桜からやや離れた背後に男子生徒が一名。
正にドラマに出てくるような悪人面で、美桜を睨みつけている。
「こういう展開ってやっぱりばれるんだよね……あはは、道に迷っちゃってついこんなとこに……って理由はダメかな?」
頭を掻き掻き、美桜は諦めモードで苦笑い。
「んな言い訳通用するかよ! てめえいった……い……あ、あ、あああ!?」
騒ぎに気づき、男の仲間達がわらわらと寄ってくる。
「おいどうした? 誰だそい……あ、ああ、朝霧 美桜!?」
男達の声が上擦っているのが分かる。
明らかに動揺しているようだ。
「つうかおい、今の話し聞かれたんじゃねえか?」
「あっ! だよな」
「じゃあ……」
と、男子生徒達はここで生唾ゴックン。
手もなぜかわきわきといやらしい手付き。
「ちょっとばかし黙っててもらうしかないよな~!」
見事なハモりで叫びながら、いやらしい顔で美桜を囲む男達。
美桜は泣きそうな顔で首を横に振ると、
「ちょっ! 嘘でしょ!? なんで今日はこんなのばっかなわけー!!」
「待てよ」
桃色顔で美桜に迫っていた男達の動きが止まった。
その場に居た全員が声のする方に、一斉に振り向く。
「な、なんだよ五代。 まさか一人だけかっこつけようとか思ってんじゃねえだろうな?」
男達の一人が五代と呼んだ男につっかかってゆく。
が、つっかかる男と五代の体格差はあきらか。 男に比べ、五代の身長は優に百八十はある。 肩幅も大きく、何かの有段者である事には間違いない。
そんな五代の襟元を、男が乱暴に掴んだその時だ。
「うっ」
と、男が小さく呻いた。
さっきの威勢は完全に消えてしまっている。
周りの男達も皆押し黙ってしまった。 その場にいた全員の視線の先は、五代の拳に集まっていた。
アッパー。 正確にはショートアッパーだ。
顎を砕いていたであろうその拳は、襟元を掴もうとした男の、顎の数センチ先で止まっていた。
威勢のよかった男達が、一同に意気消沈。 格闘技素人の美桜から見ても、この五代という男が強い事は一目瞭然だ。
「別にお楽しみを邪魔しようとか思っちゃいねえよ。 ただ、今はその時じゃねえ、お楽しみは後にとっときな。 まずはあの女が先だ」
そう言うと五代は顔を上げ、校舎の最上階付近を睨みつけた。
第一校舎中央最上階、生徒会室である。
「お……おう、そうだな。 すまん」
そう言うと、男は五代の襟元から手を離した。
「じゃ、じゃあ早速あの女の弟のとこに行こうぜ。 偵察によると、何でも風邪引いて、保健室にいるらしい」
「よし、行こうぜ!」
男達が一斉に騒ぎ始める。 美桜にはまったくもってサッパリな展開。
美桜はスーパーミカンの正体を突き止めるために、わざわざ仕事を後回しにしてまで学園に来たのだ。 知り合いに頼み込み、興信所に調べさせ、スーパーミカンに最も似た人物を特定し後一歩というとこまで迫ったのに。
誰かは知らないが、訳の分からない誘拐騒動に巻き込まれてしまった。
その弟が攫われて、どこぞへと売り飛ばされようが知った事ではない。
美桜はだんだんと腹が立ってきたのか、眉間に皺を寄せている。
(恋には試練が付きものって言うけど、いくらなんでもこんなのって……恋? 私が?)
モデルの仕事を始める前から、美桜はそれなりにモテていた。
中学生の頃から抜群のプロポーションを誇っていたのだ。
周りの男子が放っておくわけがない。
しかし、その頃の美桜の家庭は複雑で色恋どころではなかったのだ。
その後も他方から声が掛かる事はあったが、そういった浮いた話は一度もない。
(良く分かんない……でも、早く会いたいな……)
「……おいっ!」
「え?」
ふと我に返り、美桜は辺りを見渡す。
目の前に五代が一人。
さっきまでいた男達は皆いなくなっていた。
誰かの弟とやらを攫いにでも行ったのだろうかと考えていると。
「おい! 聞いてんのか!!」
急に声を荒げた五代にビクリと体を震わせる美桜。
「え? あ、ごめんなさい」
苦笑いで美桜は誤魔化す。
「ちっ、まあいい……」
そう言うと五代は制服の内ポケットを弄りながら、ゆっくりと美桜に近づく。
美桜の脳裏に嫌な予感が過ぎった。
(ま、まさかまたナイフ!?)
「こ、」
五代がゆっくりと懐から取り出す。
「い、嫌っ」
「これにサインしてくれないか?」
美桜は叫びそうになった声を、なんとか寸前で止めた。
「は……はい?」
美桜は状況がサッパリのみこめない、といった顔で一言。
「いや、前からその、あんたのファンなんだ。 サインくらい良いだろう……」
いかつい顔に似合わない照れた笑みを浮かべ、五代が懐から取り出したメモ帳とペンを手渡してきた。
「あ……さ、サインね? う、うん。 オッケーオッケー!」
(い、意外と良い人かも?)
などと思いながらサインをする美桜。
手慣れた手付きで書き終えると、五代にメモ帳を返す。
「こ、これで許してくれる!?」
持つべきものはファンだ。 と、美桜は目を輝かせながらお願いのポーズ。
「何言ってんだ? お楽しみは後でつったろ。 こっちだ、来い」
五代が美桜の腕を掴み強引に引っ張る。
顔がニヤケているのは気のせいだろうか。
(鬼ー!!)
前言撤回と言わんばかりに、美桜は涙目で五代を睨む。
(ここで叫び声でもあげれば、誰か気づくかも……よし!)
大きく息を吸い、美桜はこれでもかと口を大きく開ける。
だが、
「叫んだり抵抗でもしてみろ? 俺は女でも容赦せんぜ」
五代は急に振り向いたかと思えば、ドスの利いた声でそう言うと美桜を一睨み。
正に蛇に睨まれた蛙。
口を閉じ諦めモードの美桜。
肩をがっくりと落とし、五代のなすがまま引きずられて行く。
(ひょっとして私のファンってこんなのばっかなのかしら……)
などと心の中で呟きながら、今度からファンサービスはもっと大事にしようと、心に誓う美桜だった。




