姉の教え其の三、人の話は最後まで聞くべし!(北鳳凰学園騒乱編2)
北凰学園保健室。
時刻は十二時過ぎ。 保健の教員もお昼時のためか席を外している時間帯だ。
そのせいかこの時間、保健室は生徒達の格好の休憩所とかしていた。
ふかふかのベッドとは言えないが、布団一式の揃った場所など、ここ以外ありえないのだから。
だが、そんな保健室にも、仮病以外の生徒が稀に休んでいたりする。
姉に風呂場で絞め落とされ、びしょ濡れのまま気絶した挙句、風邪と高熱でうなされる哀れな生徒が。
「うぅ、今何時だろう……?」
授業中、意識が朦朧とする中、担任の先生からレッドカードで一発退場をくらい、保健室へと強制的に運ばれた司郎は、風邪薬を飲まされそのままベッドで休んでいた。
ベッドから上半身だけを起こし、腕時計に目をやる司郎。 すると突然ベッドの周りに掛かっていたカーテンが、スライドしながら勢いよく開かれた。
「おっす、気がついたみたいだな。 ほれ」
現れたのは全校集会の時、司郎の側にいた、友人の直道だ。 手に持っていたジュースを司郎にひょい、と投げてよこした。
「あ、ありがとう直道君」
司郎は受け取ったジュースの蓋を開け口元へ運ぶと、カラカラだった喉を、ゆっくりと潤してゆく。
「ふう、生き返るよ」
ニッコリと微笑む司郎。
高校生というよりは子供のような屈託のない笑顔。
こういう素直なところが、直道が司郎を気に入っているところだったりする。
元気な司郎の笑顔を見て少し安心したのか、直道も安堵の笑みを浮かべた。
「朝学校に来た時からやばそうだったもんな、顔赤くしてブルブル震えてるの見てマジびびったよ」
「あはは……思ってたより自分でも無理してたみたい」
「し過ぎだばーか。 それに俺はまだいいけどさ、胡桃のやつなんて、」
「司郎!?」
ドンっと鈍い音と共に、直道の横っ面に強烈な張り手をかましながら胡桃が現れた。
「直道君!?」
吹っ飛んだ直道に駆け寄ろうと、司郎はベッドから起き上がろうとする。 だがそれを胡桃が無理やり制すと、
「こらっ! ちゃんと安静にしなって! 具合はどう?」
必死に司郎を気遣う胡桃の横で、直道が苦しそうに呻いている。
「ああうん、僕は大丈夫だけど直道君が……」
心配そうな顔で司郎は直道に目をやる。
「そんな事より司郎はどうなのよ? 本当にもう大丈夫なの!?」
「そんな事ってなんだおい!」
赤く腫れた頬をさすりながら、直道が起き上がり胡桃に指をさして意義あり。
「ふん。 司郎は直道と違って体が弱いんだから、心配して当然でしょ!」
「ほう、司郎が倒れた時、『司郎が死んじゃうー!』 とか言いながら、どさくさに紛れて抱きついてたのはどこの誰でしたっけ?」
言い終わるや否や、直道の鼻っ面に、胡桃の裏拳がめり込む。
ゲフッと呻きながら、直道はまたもや転倒。
その様子をビビりながら見守る事しかできない司郎だった。
「お、おまっ! 裏拳かますか普通!?」
直道は赤くなった鼻をさすりながら胡桃を睨みつける。
泣きっ面に蜂とはこの事か。
「うるさいうるさい! 直道が訳の分かんない事言うからよ!!」
「事実だろ……」
ぼそりと直道が吐き捨てるように呟くと、胡桃がすかさず拳を握る。
これでは拉致があかないと、司郎が勇気を出して二人の間に割って入った。
このままでは直道に生傷が増える一方だ。
「あ、あの、胡桃ちゃん、心配かけてごめんね? ありがとう、おかげで僕もう大丈夫だから、ね?」
ころころとした子犬のような屈託のない笑みを浮かべ、司郎がやんわりと胡桃に言い聞かせた。
これが効果てきめん。 眉を吊り上げていたはずの胡桃の顔が、力が抜けていくかのようにふにゃふにゃと緩み、首まで真っ赤にして、もじもじとしだした。
「い、いいいや、別に私はそんなに心配してたわけじゃないし、元気ならその、いいんだけど……」
事態は収まったものの直道は不満顔。
なんだこの差はと言いたげだ。
「それより司郎、お前保健室に運ばれて知らないだろうけど、今大変な事が起きてるんだぜ?」
気を取り直し、直道がニヤニヤしながら司郎に向き直る。
どうもこれをさっきから伝えたかったようだ。
「大変……な事?」
「そっ、昨日の朝礼、覚えてるだろ? あの後大変だったらしいぞ。 さっき新聞部の奴に聞いたんだけどさ、」
司郎がすがるような眼差しを送る。 胡桃は、苦笑いでその視線を流した。
あの澪がこの学校の実権を握るのだ。
生徒会長というだけでも、今でも十分手に余るものがあるのに、それ以上となると想像もつかない。
澪の事が嫌いな訳ではない、 むしろ大好きな姉だと慕っている。 だがしかし、学校くらいは平和に安息な日々を過ごしたい。
平和主義者の司郎にとって澪の起こす突発的行動は、予測不能の自然災害にも等しいのだった。
そう、そして正に今がその嵐の前の静けさ、といったところか。
「発表された後、澪さんは放課後、各部活の部長達を呼び集めただろ?」
「う、うん」
北凰学園は、都内でもかなりのスポーツ特体生を誘致している学校だ。
部活の数も半端ないが、選手の数も半端ない。
有能な選手はスポンサーを呼び、学園の名を世に広めてくれる。
この学園が世界中から注目され潤うのも、生徒達、選手あっての事なのだ。
「俺が仕入れた情報じゃ、どうも予算縮小について揉めてるらしいぜ」
「よ、予算縮小? ちょっ、それってやばくない!?」
胡桃が、信じられないといった様子で声を荒げた。
胡桃が驚くのも無理はない。
この学校には他校にはない、とある暗黙のルールが存在していた。
どの学校でも、部活動にかかせないのが、年間を通して費やされる部費だ。
普通なら生徒会指導の元、担当の教職員と交えて捻出するのだが、北凰ではその全てが御坂市教育委員会に委ねられていた。
理由は、捻出される金額が他校に比べ、圧倒的に多いからだ。
学園から輩出される生徒は国内に止まらない、世界各地で活躍する選手となる。
有望な生徒には若いうちからオファーが掛かり、スポンサーや大手の企業が絡んでくる、とても一般生徒や一教職員が扱える額ではない。
が、その巨額の資金が、御坂市教育委員会に腐敗を蔓延させる形となっていた。
この一つの原因が、北凰学園空手部にある。
今や世界中の総合格闘技で活躍する選手達を、世に送り出すまでになった、北鳳学園空手部、その主将件、部長の 金剛 八城の父親こそが、御坂市教育委員会会長を勤めているのだ。
つまり北凰学園の部活動の運営は、全てこの北凰空手部が実質取り締まっていると言っても過言ではない。
無論、表向きには毎年教育委員会のによる捻出となってはいる。
「つまり姉さんはその流れを崩そうと……でもそれって良い事じゃ?」
考えながら司郎は思った。
いつもなら面白半分で何かやらかそうとするのだが、今回は至極真面目。
今回の件に関しては、反対するどころか協力してもいいくらいだ。
「それがな、もう一つの情報が問題なんだ、」
直道が困った様子でそう言いかけた時、突然室内に備えられていたスピーカーがけたたましいハウリング音を立てた。
「な、何?」
驚きながらどさくさに紛れて司郎に抱きつく胡桃。
≪あーあー、うん、コホン。 本日も快声なり本日も快声なり≫
のん気な台詞と共に、スピーカーから聞こえてくる女生徒の声。
校内の彼方此方からざわめく生徒達の声が響き渡る。
≪なっ? か、会長!? ちゃ、ちゃんと先生の許可はとってあるんですか? ここは我々放送部が≫
≪うるさい。 忍、取り押さえろ≫
≪イエッサー!≫
≪いやーっ!!助けてー犯さっ、もが!? ふがふぐぐ……≫
≪会長ー、志穂は何すればいいですか?≫
≪志穂達は放送室に誰も入ってこないように見張っておけ≫
≪はーい! え、何冬っち? うんうん……誰も中に入れないよう扉に罠を仕掛けておいた? さすが冬っち!≫
全校内騒然。
テロリストかと思いきや生徒会一同が放送室内に立て篭りだ。
ただし、全校生徒があの会長なら仕方がないと思ったのは言うまでもない。
「この声……間違いなく澪さんだよな……」
「う、うん。 間違いなく姉さんだよ」
喉をゴクリと鳴らし、唖然としながら保健室のスピーカーを見つめる三人。
≪ええ昨日、北凰学園全部活動の格代表との会合の結果を伝えたいと思う。 まあ本当は内緒にするよう先生方から念を押されたんだが、私がそんなぬるい約束守る訳がない!≫
自信満々に約束を破る姉。
おそらくマイクを握りしめ、拳を握りながら語っているのだろう。
司郎には姉の姿が安易に想像できた。
ちなみに先生方一同は
「この、裏切りものー!!」
「夏休みの課題覚悟しておけよ宮本―!!」
といった具合だ。
≪話がそれた。 コホン……今後、部活動の部費は我が生徒会が全て管理する。 弱者も強者もない。 全て平等に賄う!≫
と言い終えたとこでゴスッと鈍い音。
これもまた司郎は安易に想像できた。 白熱した余りに、目の前の机を拳で叩いたのだろう。
放送が止んだ。 唐突に押し寄せる静寂。
全校生徒達が、首を傾げながら待つ事一分。
≪どうした澪? もしかして叩いたとこ痛かったのか?≫
と、明朗な忍の声。
≪う、うううるさい! 話を続ける!! だがだ、我々も鬼ではない≫
放送部員に対しての諸行、もはや鬼以外の何と言えようか。
≪もし、前年度のように予算を回したいというのなら、私を倒してみろ! そうすれば、その願い聞き届けてやる。 無論、私もただでやられるつもりは毛頭ない! 生徒会の力、とくと味わってもらうからそのつもりでいろ!!≫
学園全体が異様な静けさに包まれた。
≪あっ、言い忘れた。 私に返り討ちにあったものは、屈辱的な罰ゲームだ……ククク。 以上だ!≫
更に静寂。
そして一分後。
全教室から大絶叫。
その雄叫びにも似た歓声は、学園内を囲む森林を突き抜け、森林を挟んだ住宅街にも及んだ。
何事かと、窓から顔をだす近隣住民の方々。
拍手喝采、阿鼻叫喚。 騒然とする北凰学園。
そんな騒々しい場所に、外見だけは可憐な美少女が一人、足を踏み入れた。
「な、何この騒ぎ?」
学園全体から響き渡るお祭り騒ぎに、美桜は思わず後退り、だがここで引くわけにはいかない。
「今日こそ確かめなくっちゃ、あの子がスーパーミカンなのかどうか……」
自分に言い聞かせるように、美桜は大きく頷くと、再び学園内へと歩き出した。




