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第46話「絶望の果て」

「第一人格」


一条の唇が静かに動いた。


ドンッ!!


鈍く重たい衝撃音が中央制御区画へ轟く。


『――ッ!?』


何が起きたのか理解できなかった。

俺の視界に映ったのは、悪の権化の胸から鮮血が舞い散る光景だけだった。

胸部には拳ほどの大きさの穴が穿たれ、その衝撃で悪の権化の身体は大きく宙へ弾き飛ばされる。


『……ガハッ!』


悪の権化は胸を押さえながら苦しそうに咳き込み、血を吐く。

震える足で立ち上がるものの、その表情からは先ほどまでの余裕は消えていた。


『なんだい……今のは!』


一条はそんな悪を静かに見下ろす。


「油断したな、BLACK。言ったはずだ。私も、多重人格者だと」


悪の瞳が僅かに見開かれる。

一条は眼鏡の位置を指で整え、淡々と続けた。


「私は、お前達から得た全てのデータを基に、自らを被検体とした。そして、多重人格と異能を最も効率よく運用できる形へ完成させた」


悪は胸元を押さえながら、一条を睨みつける。

胸を貫かれた傷口からは絶え間なく血が流れ落ち、呼吸をするたび鋭い痛みが全身を駆け巡っていた。


『……ボクに、こんな傷を負わせるなんて……』


一条は悪の言葉を最後まで聞こうとはしなかった。


「第一人格」


その一言と共に、一条の纏う空気が一変する。

研究者としての静けさは消え失せ、目の前に立つ男からは鋭い殺気だけが溢れ出していく。


『お喋りは終わりか?なら――死ね』


一条……否、第一人格が右手を静かに前へかざした。

次の瞬間、扇状に拡散した衝撃波が解き放たれる。


空気そのものが裂けるような轟音。

壁を砕き、床を抉りながら、無数の衝撃波が一斉にこちらへ迫ってくる。


『チッ……交代するよ!』


『任せて!』


悪から僕へと身体の主導権が渡る。

意識が切り替わると同時に、迫り来る無数の衝撃波が視界一面に広がっていた。


間に合う。

そう確信した僕は、両腕を勢いよく前へ突き出す。


『守ってみせる!』


刹那、透明な障壁が目前へ展開された。


ドゴォォォォン!!


扇状に放たれた衝撃波が次々とバリアへ激突する。

空気が室内を揺らし、床を砕いた衝撃が足元から全身へ伝わってきた。


それでもバリアは砕けない。

衝撃波を受け止めながら、僕は歯を食いしばって耐え続ける。


第一人格はその様子を見つめ、小さく口角を上げた。


『ほう……』


一拍置き、右手をゆっくりと前へ掲げる。


『なら、これならどうだ?』


一条の前方の空間が微かに揺らいだ。

周囲の空気が一点へ吸い寄せられるように収束し、目には見えない莫大な圧力が凝縮されていく。


嫌な予感が背筋を駆け抜けた。


ドンッ!!


収束した衝撃波は一筋の槍のように一直線に放たれ、バリアへ突き刺さる。


『えっ……!?』


一瞬だけ拮抗した。

防げる――そう思った。

しかし、その一点へ集中した圧力はバリアを砕き、まるで紙を貫くかのように突破した。


『うぐっ……!』


衝撃波はそのまま僕の胸を貫き、鮮血が宙へ舞った。


『うそ……』


胸を貫かれた激痛に耐え切れず、僕はその場へ膝をつく。

傷口からは止めどなく血が溢れ、床へ赤い雫がぽたぽたと落ちていく。


『いたいよ……』


苦しげに漏れたその一言に、胸が締め付けられる。


「僕!くそっ!お嬢!」


思わず叫び、お嬢へ身体の主導権を渡す。


『やってくれましたわね!』


お嬢の右手へ収束した光が、一挺の大型リボルバーS&W M29を形作る。

そして迷うことなく第一人格へ銃口を向けた。


『その首、撃ち抜いて差し上げますわ!』


ドォンッ!!


放たれた銃弾は一直線に第一人格へ迫る。


第一人格は右手を前へかざした

拡散した衝撃波が弾丸を迎え撃つ。


しかし、弾丸は衝撃波を突き破り、そのまま第一人格の頬を掠めた。

第一人格は自らの頬へ触れ、指先に付着した血を静かに見つめる。


「……ほう。第二人格」


その一言と共に、一条の雰囲気が一変する。

鋭い刃物のような殺気が空間を満たす。

第二人格は口元を僅かに吊り上げた。


『悪くねぇな。だったら、速度で潰す!』


ただ右腕を軽く横へ払う。


シュンッ――。


腕の軌道に合わせるように、空間を裂く斬撃が一直線に放たれる。

お嬢はすぐさま引き金を引く。


ガァァン!!


銃弾と斬撃が真正面から激突した。

眩い火花が散り、互いの威力を打ち消し合う。


『やりますわね……!』


しかし、お嬢は止まらない。


ドォンッ!!


シュンッ!!


引き金を引くたび銃声が轟き、第二人格が腕を振るうたび斬撃が空間を駆け抜ける。


互いに一歩も譲らない。

お嬢は正確無比な射撃で斬撃を撃ち抜き、第二人格は寸分の狂いもなく斬撃を放ち続ける。

まさに拮抗した撃ち合いだった。


そして――。


カチッ。


乾いた音だけが静かに響く。

その一瞬、お嬢の表情が僅かに曇る。


『くっ……!』


お嬢は横へ大きく駆け出す。

左手へ淡い光が収束すると、六発の弾丸が収まったスピードローダーが瞬く間に形作られた。

迷いのない手付きで空薬莢を排出し、スピードローダーを押し込む。


わずか一瞬。

それだけでリロードは完了する。

だが、その僅かな時間さえ、第二人格は見逃さなかった。


『終わりだ』


第二人格は追撃することなく、その場で両手を合わせると、大きく腕を振り抜いた。


ゴォォォォォッ!!


幾重もの斬撃が重なり合った巨大な一閃が、床を抉りながらお嬢へ襲い掛かる。


『まだですわ!』


お嬢は後方へ大きく跳び退きながら、リロードを終えたS&W M29を構える。

照準を合わせる暇さえ惜しみ、引き金を引いた。


ドォンッ!!


放たれた銃弾は斬撃へ命中する。

しかし、今までのように相殺されることはなかった。

銃弾は斬撃の一部を僅かに削っただけで、その勢いを止めることはできない。


『防ぎきれませんの……!?』


斬撃がお嬢の身体を容赦なく切り裂いた。

鮮血が宙へ舞い、お嬢の身体は勢いよく吹き飛ばされ、床へ崩れ落ちる。


『うぐっ……ここまで、ですの?』


「お嬢!」


胸が締め付けられる。

仲間達が次々と傷ついていく光景を、ただ見ていることしかできない。


「チッ……戦闘狂!」


『任せろォ!!』


今度は身体の主導権を戦闘狂へ移す。

床を蹴り砕く勢いで飛び出し、そのまま一直線に第二人格へ突っ込んだ。


『シャアァァッ!!』


第二人格は静かに両腕を振るう。


シュンッ!!


シュンッ!!


シュンッ!!


空間を裂く無数の斬撃が連続で放たれる。

しかし、戦闘狂は止まらない。

身体を捻り、跳び、滑り込み、紙一重で斬撃を避けながら一気に距離を詰めていく。


『ハハッ!そうこなくっちゃなァ!!』


あと一歩で拳が届く間合い。

戦闘狂は渾身の右拳を振り抜く。


「第三人格」


一条の声が響いた。

第二人格の鋭い殺気が消え、代わりに全身から重厚な圧力が溢れ出す。


一条の右腕へ岩石が次々と集まり、瞬く間に巨大な岩の拳を形成した。


ドゴォォォォン!!


戦闘狂の拳と岩の拳が真正面から激突する。

衝撃が爆発するように広がり、室内全体が大きく揺れた。


『硬ぇなァ!』


戦闘狂は笑みを浮かべたまま左拳を叩き込む。


第三人格も左腕を突き出した。

その腕にも岩石が這い上がり、瞬く間に岩の拳が形成される。


ドゴンッ!!


ガンッ!!


バキィッ!!


互いの拳が幾度となくぶつかり合う。

拳と拳。

岩と肉体。

衝突のたびに床が砕け、壁へ亀裂が走る。


『いいじゃねぇかァ!!これだ……これが戦いってもんだろォ!!』


戦闘狂は歓喜の声を上げながら拳を振るい続ける。

第三人格は無言のまま、その猛攻を受け止め、正確無比な拳を返し続けた。


だが、戦いは徐々に変化していく。

一条の肩、胸、腹部へと岩石が広がり始めた。

岩は鎧のように全身を覆い、その身体はまるで一体の岩石像へと変貌していく。


『チッ……!』


戦闘狂の拳が何度命中しても、鈍い音を響かせるだけだった。

ひび割れ一つ入らない。


第三人格はゆっくりと右腕を持ち上げる。

岩はさらに肥大化し、拳だった先端は鋭利な岩槍のような形へと変化していく。

それでも戦闘狂は笑った。


『ハハッ……最高じゃねぇか!!』


雄叫びと共に最後の一撃を叩き込もうと踏み込む。


ズドッ――。


『うぐおっ!!』


鋭利な岩の拳が戦闘狂の胸を深々と貫いた。

第三人格はそのまま腕を振り抜く。

戦闘狂の身体は宙へ大きく投げ出され、床へ何度も叩きつけられながら転がっていく。


ようやく勢いが止まった頃には、胸からは大量の血が流れ、呼吸も荒く乱れていた。


『へへっ……やる……じゃねぇか……』


戦闘狂は苦しげに笑いながらも、そのまま倒れ込んだ。


「戦闘狂も……!?賢者!頼む!」


焦りが俺の胸を締め付ける。


『承知しました』


静かな返答と共に、身体の主導権は賢者へ移る。


賢者は一歩も前へ出ない。

敵との距離を保ったまま、ゆっくりと右手を前へ掲げた。


『――雷撃』


詠唱と同時に、蒼白い雷光が掌へ収束する。

次の瞬間、雷撃が一直線に第三人格へ迸った。


バチィィィィン!!


激しい雷鳴が響き渡る。

一条は咄嗟に両腕を交差させ、さらに岩石を全身へ纏わせながら雷撃を正面から受け止めた。


閃光が視界を白く染め、岩肌を激しく焼き焦がしていく。

だが、その場から一歩も動かない。

そして、閃光が収まると同時に、一条の静かな声が響いた。


「第四人格」


一条が静かにそう告げると、姿が音もなく掻き消えた。


『……なっ!?』


賢者が目を見開く。

その背後から、冷たい声が聞こえた。


「遅い」


ザシュッ!!


鋭い刃が肩口を切り裂く。


『ぐっ……!』


反射的に振り向く。

しかし、そこにはもう誰もいない。


ザシュッ!!


脇腹へ鋭い痛みが走る。


『くっ……!』


再び姿は消える。


前。


後ろ。


頭上。


まるで空間そのものを跳び回るように現れては消え、その度にナイフだけが賢者の身体を容赦なく切り裂いていく。


『速すぎ……ます……!』


賢者は傷だらけになりながらも右手を掲げる。

どこに現れようと、広範囲魔法なら迎撃できる。

そう判断したのだろう。


『風壁――』


詠唱を紡ごうとした、その瞬間。


「終わりだ」


声は真後ろから響いた。

振り返る暇すらない。


ズドッ――。


冷たい刃が賢者の胸を深々と貫いた。


『くっ……』


賢者は胸を押さえたまま、その場へゆっくりと膝をつく。

身体から力が抜けるように前へ倒れ込み、身体の主導権が俺へと戻される。


「みんな!」


頭の中へ呼び掛ける。

しかし――返事はない。

いつもなら、誰かがすぐに返してくれる。


励ましてくれる声も、茶化してくる声も、今は何も聞こえなかった。

頭の中は、ただ静まり返っている。


「そんな……」


思わず一歩後ずさる。

皆が負けたなんて、信じたくなかった。

一条は表情一つ変えることなく、俺を見つめ続ける。


「どうかね。これが私と君との差だ」


「くそっ……!」


拳を握り締める。

俺は……あいつらがいなければ、何もできないのか。


「第一人格」


一条が呟くと第一人格へと切り替わった。

右手がゆっくりと俺へ向けられる。


「終わりだ」


ドゴォォォォン!!


幾重もの衝撃波が重なり合い、怒涛の勢いで俺へ襲い掛かる。


「がはっ!」


回避する暇などなかった。

衝撃波は真正面から俺を飲み込み、そのまま身体を大きく吹き飛ばす。

背中から壁へ激突した瞬間、凄まじい衝撃が全身を駆け巡った。


肺の空気が一気に押し出され、呼吸すらままならない。

壁を滑り落ち、その場へ膝をつく。

視界が揺れ、意識が霞み、全身から力が抜けていく。


このままじゃ――。


俺の意識は、深い闇へ沈んでいった。

僕『……翔、まだ終わりじゃないよ』


お嬢『わたくし達の想い、受け継ぎなさい』


賢者『最後に戦うのは、貴方自身です』


戦闘狂『立てェ!ここで終わるような男じゃねぇだろ!』


悪の権化『ククッ……君の"全部"を受け入れる覚悟、できた?』


翔「……ああ。今度は俺が、お前達の想いを背負って戦う」


翔「次回、『継承と覚悟』――俺達は、一つになる」

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