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第41話「決戦の地へ」

「……正気か!?あそこはNABの本拠地だぞ!?」


レイヴンの声には驚きと困惑が滲んでいた。


そこは、俺を実験台にしたプロジェクト・キメラが進められた場所。

強硬派や観測派が所属する、NAB日本支部。


自ら敵地へ向かうなど、常識で考えれば自殺行為だった。

隣に座る澪も、信じられないものを見るように俺を見つめる。


「翔……本気なの?」


「ああ。このまま逃げたって終わらない」


窓の外へ視線を向ける。

遠ざかる街並みの向こうには、もう父さんが眠るホテルは見えなかった。


「強硬派も、観測派も、プロジェクト・キメラも……全部終わらせる」


胸の奥で燻る想いを、一つずつ言葉へ変えていく。

その決意を聞いたレイヴンは苦笑を浮かべた。


「……随分でかく出たな」


だが、澪は違った。

その表情は見る見るうちに曇っていく。


「……危険すぎるわ!捕まったらどうするの!?死ぬかもしれないのよ!」


「……分かってる」


その先に待つものがどれほど危険かくらい、嫌というほど理解していた。

それでも――。


「でも、もう逃げるだけの人生は終わりにしたい」


その言葉を口にした瞬間だった。

静まり返った意識の奥で、悪の権化の小さな笑い声が響く。


『ククッ……でも、それって結局、ボクに同調してるんじゃないのかい?全部、壊してやろうって』


悪の言葉は、まるで俺の胸の奥底を覗き込んでいるようだった。

しかし、俺は迷うことなく答えた。


「違う。俺が終わらせたいのは、プロジェクト・キメラという狂った計画だ」


父さんの最期が脳裏をよぎる。

氷柱に貫かれながら、それでも俺を逃がそうとした姿。

穏やかに笑って、「生きろ」と託してくれた、あの最後の表情。


「父さんを殺した奴等は許せない」


拳を握り締める。

込み上げる憎しみは、決して消えない。


「でも、憎しみに飲まれて全部壊すつもりはない……俺は、お前とは違う」


短い沈黙の後――。


『ククッ……そういう答えを返すと思ったよ』


悪の声音には失望も怒りもなかった。

まるで、最初から俺がその答えを選ぶことを分かっていたかのようだった。


『まぁいいさ。その綺麗事が、最後まで貫けるか見届けてあげるよ』


悪の笑い声は、満足げな余韻だけを残して意識の奥へ沈んでいった。

俺は小さく息を吐き、澪へ視線を向ける。


「澪……俺を、俺達を信じてくれ」


その言葉に応えるように、人格達が次々と声を重ねる。


『怖いけど、僕は守るよ』


『わたくし達がいますもの、負けませんわよ』


『最後までお供します』


『シャアッ!ぶっ潰してやるぜ!』


四人の想いが胸の奥で重なる。

それは背中を押す言葉ではない。

俺達全員の覚悟だった。


「必ず、生きて帰る」


父さんが最期に託してくれた願い。


――生きろ。


その言葉だけは、何があっても裏切らない。


澪はしばらく黙ったまま俺を見つめていた。

その瞳には、不安も、迷いも、心配も浮かんでいる。

それでも最後には、彼女は息を吐いて頷いた。


「……わかったわ」


短い一言だった。

けれど、その中には俺を信じようとする強い意思が込められていた。


「……ったく。とんでもねぇ坊やだ」


レイヴンは小さく笑いながら肩を竦める。

操縦桿を握り直し、力強く前を見据えた。


「いいぜ。NAB日本支部まで飛ばしてやる」


ローター音が一段と大きく唸りを上げる。

ヘリは大きく旋回すると、進路を変える


その先に待つのは、俺達を苦しめ続けた組織。

そして、全ての始まりにして、全てを終わらせる戦い。


もう迷いはない。


◇ ◇ ◇


ヘリは山々の上空を飛び続けた。


しばらくして――。


「……見えてきたぜ」


レイヴンの声に、俺は前方へ視線を向ける。


ヘリが山々の稜線を越えた、その先。

深い森の中に、巨大な要塞がその姿を現した。


山肌を削って築かれた分厚いコンクリートの外壁。

幾重にも張り巡らされた侵入防止フェンス。

監視塔に据え付けられたサーチライト。

広大なヘリポートと、山肌へ溶け込むように建てられた無数の施設群。


その全てを見下ろし、俺は思わず息を呑んだ。

以前、レイヴンの手引きで潜入したデータ保管区画――アーカイブ。


あの時も、この場所へ足を踏み入れていた。

だが、夜の闇の中を地上から移動していただけでは、その全貌までは分からなかった。


上空から見下ろして初めて理解する。

アーカイブは、この巨大な要塞の一角に過ぎなかったのだ。


その圧倒的な存在感に息を呑んでいると、不意に賢者の落ち着いた声が響く。


『翔。戦いが始まる前に、お伝えしなければならないことがあります』


「……なんだ?」


賢者は一拍置いてから、静かに続けた。


『僕の活動時間が短くなっている可能性があります』


「……どういうことだ?」


思わず声が低くなる。

賢者の言葉の意味を、すぐには飲み込めなかった。


『ホテルでの戦闘を覚えていますか』


「……ああ」


脳裏に、あの戦いの光景が蘇る。

父さんを守ろうとして、僕が表に出た。

しかし――


「あの時、急に俺へ戻ったことか?」


『ええ。あれは偶然ではないと思われます』


賢者の声はいつも通り冷静だった。

けれど、その内容はあまりにも重かった。


「原因は……何なんだ?」


『恐らく、母親である詩織との過去を、貴方が受け入れたことが要因でしょう』


教団で向き合った母さん。

いや、御門詩織。


俺を傷つけ、俺の中に"僕"を生み出すきっかけになった存在。

その記憶を受け入れたことで、僕の活動時間が短くなった。

そう言われて、ようやく胸の奥で何かが繋がった気がした。


「……じゃあ、父さんとの過去を受け入れたことで、お嬢とお前にも同じことが起きるのか?」


『ええ。私はそう推察しています。父親との過去もまた、貴方の心へ深い傷を残しました。人格は、貴方の心を守るために生まれました。しかし今、その傷を貴方自身が受け止め始めています』


「……」


『だからこそ、私達が表へ出られる時間も短くなったのでしょう』


その言葉は、胸に深く沈んだ。

それは、俺が前に進んでいる証なのかもしれない。

けれど同時に、これから始まる戦いで、頼ってきた人格達の力が今まで通り使えないということでもあった。


成長したことを喜ぶべきなのか。

それとも、皆と戦える時間が失われていることを悲しむべきなのか。

その答えは、まだ俺にも分からなかった。


重苦しい空気を切り裂くように、戦闘狂の豪快な笑い声が頭の中へ響く。


『シャアッ!だったら、その分は俺が思う存分暴れてやるぜ!まだまだ俺の出番は終わっちゃいねぇ!』


そのあまりにも戦闘狂らしい言葉に、思わず頬が緩む。


「……ははっ。お前は本当に変わらないな」


『当たり前だ!難しいことは賢者達に任せとけ!俺は目の前の敵をぶっ飛ばすだけだ!』


賢者は小さく溜め息をつく。


『まったく……だから貴方は考えるより先に身体が動くのです』


『うるせぇな!それが俺なんだよ!』


戦闘狂は悪びれる様子もなく笑い飛ばした。

そのやり取りを聞いていると、不思議と胸の重さが少しだけ軽くなる。


『ククッ……賑やかで何よりだねぇ』


そのやりとりを面白そうに聞いていた悪は、一言だけを残すと、再び意識の奥へと引いていった。


人格達は、それぞれ違う。

考え方も、戦い方も、生まれた理由も。

それでも今は、誰一人欠けることなく俺と共にいてくれる。


俺は小さく息を吸い込み、改めて前方へ視線を向けた。

巨大な要塞は、もう目前まで迫っていた。


◇ ◇ ◇


ヘリは山々の尾根を縫うように飛び続けていた。

眼下では、巨大な要塞がその姿を大きくしていく。


ローター音が機内へ絶え間なく響く中、レイヴンは操縦桿を握ったまま、鋭い目つきで前方を見据えていた。

時折、計器へ視線を落とし、施設の配置を確認するように進路を微調整している。


その真剣な横顔を見ていると、俺も自然と息を呑んだ。


「……どこで降りるんだ?」


俺が問い掛けると、レイヴンは前方から視線を逸らさないまま、小さく鼻で笑った。


「ヘリポートは論外だ。それに、前使ったルートももう使えねぇ。

アーカイブに侵入された件で、警備は以前よりずっと厳重になってる」


以前潜入した搬入口や通路は、既に敵も把握している。

同じ手が二度も通用するほど、NABは甘い相手じゃない。


「……じゃあ、どうするんだよ」


俺が尋ねると、レイヴンは僅かに口元を吊り上げた。


「遠回りにはなるが、北西側に保守作業用デッキがある」


「施設の保守点検用に造られた場所だ。監視塔からもちょうど死角になってる」


そこで一度言葉を切り、レイヴンは施設を見据えたまま続けた。


「……ただし、警備がいない保証はねぇ」


一瞬だけ機内へ静寂が落ちる。

その危険性は、誰もが理解していた。

それでも、俺の答えは決まっている。


「それでいい。そこで降ろしてくれ」


迷いなく言い切ると、レイヴンも短く頷いた。


「了解。降ろしたら、俺と澪の嬢ちゃんはすぐ離脱する」


その言葉を聞いた瞬間だった。


「ちょっと待って!私も行くわ!」


澪が身を乗り出すように声を上げた。


その瞳に宿るのは、不安と焦り。

ここまで共に戦い、共に乗り越えてきた。

だからこそ、ここで別れるという選択だけは受け入れられないのだろう。


「ダメだ」


「どうして!?」


「これから先は、本当の戦場になる。これは、俺の戦いだ。これ以上、お前を危険に晒すわけにはいかない」


その言葉に、澪は何かを言い返そうとして唇を噛む。

しかし、その前にレイヴンが口を開いた。


「……嬢ちゃん。坊やの言う通りだ」


いつもの軽い口調ではない。

情報屋としてではなく、一人の大人として告げるような声音だった。


「でも……!」


それでも澪は食い下がる。

俺は小さく息を吸い込み、人差し指で自分のこめかみを軽く叩いた。


「大丈夫。俺は、一人じゃない。こいつらがいる」


その仕草を見た澪は、すぐに俺の言いたいことを察したようだった。

一瞬だけ目を伏せ、小さく息を吐く。


「……わかったわ」


どこか寂しさを滲ませながらも、その表情には確かな信頼があった。


「絶対、生きて帰ってきて」


「ああ」


その約束だけは、何があっても守る。

戦闘狂『シャアッ!ようやく暴れられるぜ!』


僕『ちょ、ちょっと!闇雲に戦うだけじゃダメだよ!』


賢者『ええ。まずは施設の中枢へ向かうことが最優先です』


お嬢『ですが、敵も黙って通してはくれないでしょうね』


悪の権化『ククッ……だったら、邪魔する奴は全部壊しちゃえばいいじゃないか』


翔「……何が待っていようと、もう引き返さない」


翔「次回、『地下への侵入』――ここからが、本当の戦いだ」

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