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第20話「福音の門」

【登場人物紹介】

天羽あもう しょう

普通だったはずの日常を追われることになった主人公。

多重人格という異能を宿す。


如月きさらぎ みお

翔の同居人。

翔の過去とNABについて何かを知る謎多き女性。


翔を守るために存在する、気弱で優しい守護人格。


お嬢

優雅さと苛烈さを併せ持つ、お嬢様気質の人格。ロマン重視。


賢者

冷静沈着で理知的な人格。分析や判断を担う。


戦闘狂

戦いそのものを好む、荒々しく危険な人格。


悪の権化

翔の中に潜む、最も謎深く不気味な人格。

低いエンジン音だけが、装甲車の内部へ重く響いていた。


窓はなく、外の景色を確認できるような隙間すら存在しない。

視界に映るのは鈍く軋む鉄壁と、薄暗い非常灯だけだった。


装甲車特有の振動が、足元からじわじわと伝わってくる。

どこを走っているのかも分からない。


向かい側には、黒い強化装甲に身を包んだ武装工作員達。

全面フェイスガード越しに視線は読めないが、その銃口だけは常にこちらへ向けられていた。


そしてその中央には、まるで“楔”みたいに、澪が座らされている。


「……」


澪は何も言わない。

けれど、その僅かに強張った横顔だけで十分だった。


下手に動けば、どうなるか。

それを理解するには十分すぎた。


拳を握る。

けれど、戦闘狂は出てこない。


頭の奥は、妙なほど静かだった。


『……』


いつもなら何かしら騒がしい人格達も、今は沈黙している。


僕の怯えた気配。

賢者の警戒。

お嬢の張り詰めた空気。


全部感じるのに、誰も口を開かない。


――君の母親だよ。


御堂の声が、嫌に鮮明に残っている。

考えようとすると、胸の奥がざわついた。


思い出したくない…けれど知りたい。

その感情が、ずっと頭の中でぶつかり続けている。


『ククッ……静かだねぇ』


不意に、悪の権化の小さな笑い声だけが響いた。


「……お前は黙ってろ」


掠れた声で返す。

だが悪は愉しそうに笑うだけだった。


『だってさ、ようやく“入口”なんだよ?君がずっと見ないようにしてたもの。その全部へ繋がってる』


やめろ。

そう言いかけた時だった。


――ガコンッ。


重たい振動と共に、装甲車が停止する。

車内の空気が、一瞬で張り詰めた。

武装工作員達が無駄のない動きで立ち上がる。


直後、後部ハッチがゆっくり開いた。

冷たい夜風が、装甲車の内部へ流れ込んでくる。

反射的に目を細めながら外へ視線を向けた瞬間、俺は小さく眉をひそめた。


……山の中だった。


周囲は深い森。

空には雲が広がり、月明かりすら薄い。

その暗闇の中に、投光器で無理やり照らし出された一角だけが浮かび上がっている。


フェンス。監視塔。仮設アンテナ。唸り続ける発電機。

そして中央に置かれていたのは、灰色のプレハブ型施設だった。


「……随分、簡素なんだな」


思わず漏らすと、武装工作員の一人が冷たく返した。


「無駄口を叩くな」


「……」


取り付く島もない。

まるでこちらを“人間”じゃなく、危険物でも扱うみたいな態度だった。


銃口で促され、俺はゆっくり装甲車から降りる。

直後、澪も別の工作員に囲まれながら車外へ出された。


武装工作員達が、即座に俺達を取り囲む。

その中心で、プレハブ施設の入口がゆっくりと開いた。


「お待ちしていました」


聞き覚えのある穏やかな声。


御堂透だった。

白衣姿のまま、まるで夜の研究室からそのまま出てきたみたいな落ち着いた表情で、俺達を見つめている。

その背後では、プレハブ内部の白い照明が静かに揺れていた。


「安心してください。ここには強硬派の監視は及びません」


御堂はそう言いながら、銀縁の眼鏡を押し上げた。

投光器の白い光がレンズ表面を一瞬だけ反射し、その目の奥に宿る感情を見えなくする。


「彼らを中へ」


短い指示だった。

だが、その一言だけで武装工作員達は即座に動き出す。

俺と澪を囲むように位置取りを変えながら、プレハブ施設の入口へ促してくる。


「……行くぞ」


低く抑えられた声。

拒否を許さない響きだった。


俺は小さく息を吐き、隣の澪へ視線を向ける。

澪もまた、何も言わず静かに頷いた。


逃げ場なんて、最初から存在しない。

それでも俺達は、武装工作員達に囲まれたまま、プレハブ施設の内部へ足を踏み入れた。

中へ入った瞬間、鼻を掠めたのは機械油とインスタントコーヒーの混じった匂いだった。


内部は思った以上に簡素だ。


薄い鉄板の壁。剥き出しの配線。仮設照明の白い光。

隅では発電機の低い駆動音が、絶え間なく唸り続けている。


簡易デスクの上にはノートPCや通信端末が雑多に並び、壁際には折り畳み式の簡易ベッドまで置かれていた。

正式な基地というより、“急造された監視所”そのものだ。


強硬派の目を避けるための隠れ拠点――そんな言葉が妙にしっくりくる。

背後で重たい扉が閉まり、鈍い金属音が室内へ響いた。

その音だけで、外界との繋がりが断たれたような錯覚を覚える。


「さて」


遅れて入ってきた御堂が、小さく息を吐く。

白衣の裾を揺らしながら部屋の中央へ進むと、そこに置かれていた簡易椅子へ自然な動作で腰を下ろした。


まるで自室にでもいるみたいだった。

そのままテーブルに置かれていた紙コップを手に取り、一口。


「……やはりコーヒーは甘いに限る」


「……」


思わず眉をひそめる。

こっちは武装監視されたまま立たされているというのに、この男だけは落ち着き払っていた。


緊張感がないわけじゃない。

むしろ逆だ。


状況を完全に掌握しているからこそ、余裕がある。

それが余計に薄気味悪かった。


御堂はそんなこちらの空気など気にも留めず、紙コップを軽く揺らした。


「君達も飲むかい?」


「遠慮しておくわ」


澪が即答する。

警戒を一切緩めない声音だった。

御堂は小さく肩をすくめ、どこか楽しそうに目を細める。


「そうかね。糖分摂取は思考を働かせるにはうってつけなんだが」


「……雑談する為にここへ連れて来たわけじゃないでしょ?」


なおも澪の声は冷たい。

その場の空気を切り裂くみたいな鋭さがあった。

だが御堂は気分を害した様子もなく、むしろ愉快そうに小さく笑う。


「つれないね……まあいいさ。本題に入ろうか」


紙コップを机へ置く。

軽い音が、静まり返った室内へ小さく響いた。

御堂はゆっくりと俺達を見回し、それから落ち着いた声で告げる。


「君達には、これから“ある教団”へ潜入してもらう」


「……教団?」


「安心したまえ。潜入といっても、正規のルートでの入信だよ」


そう言って、御堂は薄く笑う。


「安心できる要素がどこにあるんだよ」


思わず吐き捨てるが、御堂は気にした様子は見られない。


「彼らは近年、急速に勢力を拡大している宗教団体だ」


御堂は紙コップを軽く回しながら、まるで世間話でもするみたいな口調で続ける。


「正式名称は――“福音の門”」


その名前を聞いた瞬間、頭の奥で小さく空気が揺れた気がした。


『……』


人格達は依然として静かだ。

けれど完全に無反応というわけじゃない。

特に僕とお嬢の感情が、僅かにざわついたのを感じる。


「聞いたことはあるわ。異能者保護施設や支援活動を行ってる団体……だったはずよ」


澪が小さく眉をひそめる。


「うむ、その認識は概ね正しい。彼らは社会から排斥された異能者や多重人格者を受け入れている」


そこで一度言葉を切る。

発電機の低い駆動音だけが、静かなプレハブ内部へ重く響いていた。


「居場所を失った者へ救済を与える――それが“福音の門”の理念だ」


御堂の声音は穏やかだった。

だが、その穏やかさが逆に底知れなかった。


「異能は呪いではない。人格の分離は異常ではない。人は誰しも複数の側面を持っている――彼らはそう説いている」


「……」


思わず黙り込む。

その言葉だけ聞けば、間違っているようには聞こえなかった。


多重人格を“異常”として扱う社会。

危険物みたいに管理しようとするNAB。

少なくとも、“受け入れる”という思想だけなら、救われる人間は確かにいるんだろう。


「でも、それだけじゃないんでしょ?」


澪が鋭く切り込む。

御堂は、その言葉を待っていたみたいに小さく目を細めた。


「察しが良いね。問題は、彼らが“受け入れる”だけでは終わらないことだ」


「……どういう意味だ」


俺が低く問い返すと、御堂は静かな口調のまま続ける。


「福音の門は、異能や人格異常を“進化”として捉えている」


御堂は組んでいた脚をゆっくり組み替えながら続けた。


「人格分離。精神変質。異能暴走――彼らはその全てを“覚醒への過程”として肯定する」


「……っ」


嫌な感覚が広がる。

人格を否定しない。“異常”として切り捨てない。

そこまでは、まだ理解できた。

だが、“壊れること”すら受け入れるというのは、話が違う。


「つまり、まともじゃないってことか」


思わず吐き捨てるように言うと、御堂は静かに首を横へ振った。


「違うよ、翔君。彼らは本気で“救済”を掲げている」


御堂は椅子へ深く腰掛け直しながら、小さく息を吐く。


「社会から追われた異能者や多重人格者――そういった人間を実際に保護し、受け入れているんだ」


「だから厄介なのよ。表向きは本当に慈善団体だから」


澪が低く呟く。

武装工作員達へ警戒を向けたまま、その視線だけが御堂へ鋭く向けられていた。


「その通り。施設運営、孤児保護、異能者支援。活動内容だけ見れば、むしろ社会貢献団体に近い」


そこで一度言葉を切る。

御堂は冷めかけたコーヒーを再び口へ運び、静かに飲み下した。

その妙な落ち着きが、逆に不気味だった。


「だが、その内部には危険思想を抱えた派閥が存在する。彼らは“人格の解放”を掲げているのだよ」


御堂の目が、わずかに細くなる。


「人格の……解放?」


「人は仮面を被って生きている。感情を押し殺し、本来の自分を閉じ込めている――彼らはそう考えている」


澪の疑問に対し、御堂はゆっくりと視線をこちらへ向けて答える。

プレハブの照明が、わずかに明滅する。

その白い光が御堂の横顔へ陰影を落とし、どこか人間味を薄く見せていた。


「だからこそ、“人格の分離”を異常ではなく、“真なる自己の発露”として捉えているんだ」


「……」


その言葉が、妙に頭へ残った。

真なる自己。

それはまるで――人格達を“間違いじゃない”と言われているみたいだった。


「そして、その思想の中心にいるのが――君の母親だ」


その言葉だけで、胸の奥がざわついた。

頭の奥で、何かが軋む。

人格達も静かだった。


御堂はそんなこちらを見つめたまま、穏やかな声で続ける。


「福音の門現大司教、“御門詩織”。それが、君の母親の名前だ」

翔「ここが……福音の門」


僕『大きい教会みたいだね…』


お嬢『なかなか趣がありますわね』


賢者『ですが警戒を。ただの施設ではありませんよ』


戦闘狂『強ええ奴はいんのか?』


悪の権化『ククッ…いるかもねぇ』


澪「翔、気を抜かないで」


翔「次回、『静かな聖域』――ここに、俺の母親がいるのか」

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