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五つの人格を宿す俺は、秘密組織に狙われている  作者: 白井黒也
第一章『閉ざされた記憶』
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第16話「潜入作戦」

レイヴンはモニターへ施設構造図を映したまま、赤く点滅する区画を指差した。


「問題はここからだ」


立体映像が切り替わる。

無機質な情報が、次々と空間へ投影されていく。


「アーカイブへ続くルートは複数あるが、どれも監視下だ。正面突破は論外」


「裏口は?」


俺が聞くと、レイヴンは小さく肩をすくめた。


「あるにはある。一筋縄じゃいかねぇぜ」


『でしょうね』


不意に、頭の奥で賢者が静かに呟いた。


その瞬間だった。

視界がわずかに揺れる。


身体の奥を、冷たい何かが静かに駆け抜けていく感覚。

熱を帯びていた思考が急速に沈み込み、代わりに頭の中へ無数の情報が流れ込んできた。

さっきまでただの複雑な図にしか見えなかったものが、一瞬で整理されていく。


同時に、身体にも変化が現れる。

さらり、と視界の端で髪が揺れた。


黒かったはずの髪が、深い青色へと変わっていく。

前髪の隙間から垂れる髪色すら、もう“俺”のものじゃない。


そしてモニターへ映り込んだ自分の瞳が、淡い蒼へ染まっているのが見えた。


澪がわずかに目を細める。

レイヴンは興味深そうに口元を歪めた。


「ほぉ……これが賢者か」


その声を聞きながら、俺――いや、賢者はゆっくりとモニターへ視線を向けた。


『現在表示されている警備ルートを解析します』


感情の熱が薄れている。

頭の中だけが、異様な速度で回転していた。


『監視周期には微細なズレがあります。恐らく旧式システムと新型警備機構が混在しているのでしょう』


賢者は次々と情報を整理していく。


監視カメラ、巡回警備、認証ゲート。

複雑に見えていた施設構造が、瞬く間に解析されていった。


レイヴンが小さく口笛を吹いた。


『死角を利用すれば到達は可能です』


モニター上へ、青いラインが浮かび上がる。

それは複雑な施設構造の中を縫うように伸び、最深部――“アーカイブ”へ繋がっていた。


「へぇ……やるじゃねぇか。問題があるとすれば、生体認証だな」


レイヴンが椅子へ深く腰掛けながら笑う。

その言葉と同時に、モニター上へ赤い警告表示が浮かび上がった。


《BIO AUTHORIZATION REQUIRED》


無機質な赤文字が、やけに不気味に見える。


「認証に失敗した時点で警報。自動警備システムも作動するぜ」


短い沈黙が落ちる。


――その時だった。


『ククッ……ボクならなんとかできるけど?』


その空気を切り裂くように、頭の奥で悪の権化が愉快そうに笑った。

賢者は表情一つ変えないまま静かに問い返す。


『貴方にどうにかできるのですか?』


『さぁ?やってみないとわからないねぇ』


悪がクスクスと笑う。

頭の奥で響くその笑い声に、背筋へ薄い悪寒が走った。

賢者は何も言わず、ただ静かにモニターを見つめたまま、情報を整理するように思考を巡らせている。


「……何とかなりそうなのか?」


レイヴンが怪訝そうにこちらを見る。


『人格の一人が突破できるとのことです』


「どうやって?」


澪が小さく眉を寄せる。


『詳細は不明です。ですが、本人は可能だと判断しているようです』


「おいおい……随分と大雑把な作戦だな」


レイヴンは呆れたように肩をすくめる。

だが、その目には完全に否定する色はなかった。


「ねぇ賢者、その人格って……」


問いかける声には、半ば確信にも似た警戒が滲んでいる。


『悪の権化です』


賢者は特に躊躇うこともなく淡々と答えた。


「……不安しかないわね」


澪は額へ手を当て、小さくため息を吐く。

その反応だけで、どれほど信用されていないのかがよく分かった。


『失礼だなぁ。ボクは善良な人格だというのに』


『それは統計的に誤りです』


頭の奥で愉快そうに笑う悪に、賢者が即座に否定した。


『ククッ……手厳しいねぇ』


悪の声音には妙な余裕があった。

正直、信用していいのかは分からない。

だが、他に有効な案がない以上、この作戦に乗るしかなかった。


賢者はそれ以上何も言わない。

既に必要な情報整理は終えたのだろう。

静かに目を閉じると、頭の奥でこちらへ語り掛けてくる。


『翔、後はお願いします』


その瞬間、身体の奥を満たしていた冷たい感覚が、ゆっくりと引いていく。

高速で回転していた思考が静まり、代わりに感情の熱が戻ってくる。

視界の端で、青色だった髪が再び黒へ戻っていった。


「っ……」


頭が少し重い。

人格交代の直後特有の、妙な浮遊感が残っていた。

澪がそんな俺を見て、小さく目を細める。


「……大丈夫?」


「ああ……」


さっきまでスラスラ理解できてた施設構造図が、もう訳の分からない図形にしか見えない。


「やっぱ賢者ってすげぇわ……」


『当然です』


苦笑と共に本音を漏らした俺に、賢者がいつも通り冷静に返してくる。


その声音には得意げな感じすらない。

本当に、“できて当然”と思っているみたいだった。


「いや、そこは少しくらい照れろよ……」


『非効率です』


思わず小さく笑ってしまう。

さっきまで漂っていた重苦しい空気が、ほんの少しだけ和らいだ気がした。

レイヴンはそんなやり取りを見ながら、どこか面白そうに口元を歪める。


「人格同士で会話してるってのは、やっぱ傍から見ると妙な光景だな」


「自分でもそう思うよ」


肩をすくめながら答える。

でも、少し前まで怖いだけだったこの声達を、今はそこまで嫌だと思っていない自分もいた。


◇ ◇ ◇


翌日の夜。

冷たい風が、高台へ立つ俺達の服を静かに揺らしていた。

眼下に広がるのは、巨大な白い施設群。


無機質な外壁。

夜だというのに消えることのない灯り。

規則正しく巡回する警備車両。


遠目から見ているだけなのに、妙な圧迫感があった。


「あれが……NAB日本支部」


自然と、声が漏れる。

レイヴンのアジトのモニター越しで見た時より、ずっと巨大だった。


まるで、一つの街だ。

研究施設というより、巨大な要塞に近い。


『……嫌な場所』


頭の奥で、僕が小さく呟く。

その声音は、明らかに怯えていた。


白い壁。

冷たい床。

耳鳴りみたいな機械音。


断片的な記憶が、頭の奥をじわりと掠めていく。

思わず無意識に拳へ力が入った。


「……大丈夫?」


隣から、澪が小さく声を掛けてくる。

夜風に揺れる黒髪。


その表情には、心配と緊張が入り混じっている。

ここは、彼女がかつて所属していた場所だ。

俺以上に、思い出したくないものだってあるのかもしれない。


「ああ……平気だよ」


そう答えた声は、自分でも分かるくらい硬かった。

完全な強がりだ。

けれど、今さら引き返す気はない。


レイヴンはそんな俺達を横目に見ながら、小さく煙を吐いた。

煙草の赤い火が、夜の中で小さく揺れる。


「こっから先は、お前らの領分だ」


低い声が、静かな高台へ落ちる。

レイヴンは眼下の施設を見下ろしたまま続けた。


「搬入口側の警備周期は事前に伝えた通り。次の巡回が抜けるまで、あと二分ってところだ」


『搬入口から保守通路へ侵入。その後、地下第三ルートを経由しアーカイブへ向かいます』


頭の奥で、賢者が淡々と補足する。

その冷静な声音を聞いていると、不思議と少しだけ頭が落ち着いた。


レイヴンは小さく口元を歪める。


「言っておくが、全部知れば救われるなんて思うなよ」


その言葉だけ、妙に重かった。

夜風が吹き抜ける。

遠くで警備車両のライトが静かに動いていた。


「知らない方が幸せだった――そんな真実もある」


「……今更だな」


思わず睨むように返す。

だがレイヴンは、特に気にした様子もなく肩をすくめた。


「ま、死ぬなよ。澪の嬢ちゃんまで失ったら寝覚めが悪い」


「縁起でもないこと言わないで」


澪が呆れたように眉を寄せる。

その反応が少し可笑しかったのか、レイヴンは喉の奥で小さく笑った。


「へっ、じゃあな。生きて帰ってこれたら一杯やろうや」


軽く手を振ると、そのまま夜の闇へ背を向ける。

やがて、その姿が高台の暗がりへ消えていった。


残されたのは、俺と澪だけ。

そして眼下には、“アーカイブ”を抱えた巨大施設。


『巡回まで残り九十秒です』


頭の奥で、賢者が静かに告げる。

俺はゆっくりと息を吐いた。


冷たい空気が肺へ入り込む。

怖くないわけじゃない。

けれど――ここまで来たんだ。


「……行くか」

翔「結局、悪の権化の作戦って何なんだ?」


悪の権化『ククッ、焦らない焦らない。ちゃんと役に立つからさ』


澪「その言葉が一番信用できないのよね」


賢者『同感です』


悪の権化『酷くない?』


僕『ぼ、僕も少し怖いかも……』


悪の権化『みんなして冷たいねぇ~』


翔「普段の行いだろ」


賢者「次回、『深層へ』――私が道を切り開きましょう」

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