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五つの人格を宿す俺は、秘密組織に狙われている  作者: 白井黒也
第一章『閉ざされた記憶』
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第13話「stray cat」

静寂が、廃倉庫の中を満たしていた。

さっきまで響いていた銃声も、鉄骨を揺らす衝撃音も、今はもうない。

床に転がるNAB工作員たちを見下ろしながら、俺は荒く息を吐いた。


「はぁ……っ、はぁ……」


全身が重い。

戦闘の疲労だけじゃない。

人格を切り替え続けた反動が、じわじわと脳を軋ませていた。


『もう大丈夫かなぁ……』


頭の奥で、僕の弱々しい声が響く。


『なんだよもう終わりか?せっかく盛り上がって来たってのによぉ』


今度は戦闘狂の不満げで、それでいてどこか愉快そうな声音に、思わず眉をしかめる。


『気を緩めてはなりませんよ。第二陣が控えてる可能性もあります』


冷静に割って入ってきたのは“賢者”だった。

その一言に、俺は周囲へ視線を巡らせる。

すると、積み上げられたコンテナの影から、澪がゆっくりと姿を現した。


「澪、怪我はないか?」


「ええ、平気よ」


短く答えた澪の服には埃や裂け目が目立っていたが、大きな外傷は見当たらない。

その姿を見て、胸の奥に張り詰めていたものがわずかに緩む。


……よかった。


だが、澪は周囲を警戒するように視線を巡らせながら、眉をひそめた。


「でも、レイヴンがいる様子は――」


その時だった。


ギィ……。


廃倉庫の入口にある鉄扉が、重々しい音を立てて開き、外から冷たい夜風が吹き込んでくる。

その奥から、一人の男がゆっくりと姿を現した。


黒のロングコートに無造作に伸びた黒髪。

片目にかかる前髪の隙間から覗く灰色の瞳は、妙に鋭い。

片手をポケットに突っ込んだまま歩いてくる姿は、まるで緊張感がない。


だが、この場に漂う血と硝煙の匂いを前にしても、その男は一切動じていなかった。


「悪いな。NABの監視を撒くのに手間取ってね」


軽い口調だったが、その目だけは周囲を鋭く観察している。


「そう。こっちは襲撃に遭ったのだけれど?」


澪の言葉に、空気が僅かに張り詰めた。

レイヴンと思われる男は肩をすくめ、小さく笑う。


「おいおい、まさか俺が手引きしたって思ってるのか?」


澪の鋭い視線を受けながら、レイヴンは肩をすくめた。


「状況的にそう思われても当然だと思うけど?」


澪は一歩も引かない。

張り詰めた空気の中、レイヴンは困ったように頭を掻いた。


「やれやれ、そんな目で見ないでほしいな」


そう言うと、彼は床に倒れているNAB工作員の一人へ歩み寄る。

男はまだ息があった。


「っ……ぐ……」


かすかに呻き声を漏らしながら、こちらを睨み上げている。


次の瞬間だった。

レイヴンはコートの内側から拳銃を抜き――。


パンッ。


乾いた銃声が、廃倉庫に響いた。

工作員の身体が痙攣し、そのまま動かなくなる。

あまりにも躊躇のない動きだった。


「これで信用してくれるかい?」


「……あんた」


思わず言葉が詰まる。

レイヴンは銃口から細く煙を立たせたまま、こちらへ振り返った。


「詰めが甘いよ?俺達の足取りを知られたらどうするんだい?」


レイヴンは拳銃をコートの内側へ戻し、小さく息を吐いた。

まるで、今の行為が日常の一部でしかないかのように。

澪の視線がさらに鋭くなる。


「聞きたいことがあるわ」


「あまり長居はしたくないんだけどね。場所を移してからじゃダメかい?」


レイヴンは軽い調子で返す。

その瞳は廃倉庫の入口や窓を油断なく警戒していた。

しかし、澪は一歩も引かない。


「どうしてここがバレたの?」


空気が、わずかに張り詰める。

レイヴンは数秒黙り込んだ後、肩をすくめた。


「……それを調べるのが、今後の課題だろうね」


レイヴンは倉庫の外へ視線を向けた。

遠くから微かにサイレンの音が聞こえた気がした。

レイヴンは小さく舌打ちすると、面倒そうに肩をすくめる。


「さ、早いとこここを離れよう。俺の車に乗ってくれ」


その言葉に、澪の表情がさらに険しくなる。


「大丈夫なんでしょうね」


「連中ならちゃんと出し抜いたよ。心配には及ばない」


まるで雑談でもしているかのような口ぶりだった。

だが、その目には油断の色はない。


「それとも、まだ俺を疑うかい?」


レイヴンの問いに澪は答えない。

静かな沈黙が落ちた。

張り詰めた空気の中、俺はゆっくり息を吐く。

正直、俺だって信用しているわけじゃない。


この男は危険だ。

さっきだって、息のあった工作員を何の躊躇いもなく撃ち抜いた。

だけど、俺達にはもう行く場所なんて残されていなかった。


「……いや、連れてってくれ」


「……翔」


澪が小さく俺の名前を呼ぶ。

その声には、止めたい気持ちと迷いが混じっていた。

俺はレイヴンから視線を逸らさないまま、静かに続ける。


「どのみち、アンタについていくしかないんだ。俺達は」


一瞬だけ、レイヴンの目が細められた。

そして、口元に薄い笑みを浮かべる。


「物わかりのいい少年で助かるよ」


◇ ◇ ◇


レイヴンの車は、夕暮れの街を静かに走っていた。

窓の外では、赤く染まり始めた空がゆっくりと夜へ沈んでいく。


運転席のレイヴンは片手でハンドルを握りながら、慣れた様子でバックミラーを確認している。


時折、路地へ入り、また大通りへ戻る。

無駄に見える動きだったが、尾行を警戒しているのは素人の俺でも分かった。


「……ずいぶん慣れてるんだな」


「まあね。逃げるのは得意なんだ」


軽い口調は変わらないが、その視線は一瞬たりとも油断していない。

助手席の澪は、ずっと黙ったままだった。

窓の外を見つめるその横顔は硬い。


レイヴンを信用していない。

それが、沈黙だけで伝わってきた。


「そんな怖い顔しないでくれよ。ちゃんと安全な場所へ案内するさ」


レイヴンが冗談めかして言うも、澪は返事をしない。

車内に重苦しい沈黙が落ちた。


レイヴンの車が止まったのは、繁華街から少し外れた裏路地だった。

夕暮れはすでに終わりかけ、街には夜のネオンが滲み始めている。


その一角に、小さなバーがあった。

古びたネオン看板。掠れた文字で書かれた店名。


『stray cat』


営業しているのか怪しいほど静かな店だった。


「……ここ?」


「ああ、表向きは普通のバーさ」


店内へ足を踏み入れた瞬間、微かに煙草の匂いが鼻を掠めた。

薄暗い照明の下では、古いジャズが静かに流れている。

カウンターの奥には無数の酒瓶が並び、年季の入った木製テーブルには細かな傷が刻まれていた。


客の姿はほとんどない。

グラスを磨くバーテンダーの姿だけが、この空間に辛うじて“営業中”という空気を残している。


けれど、どこか普通の店とは違った。

まるで、この場所だけが街の喧騒から切り離されているようだった。


レイヴンは店の奥へ向かう前に、カウンターの前で足を止めた。

棚に並んだグラスを手に取ると、慣れた手つきで軽く回す。


「一杯どうだい?俺の奢りだ」


「ふざけないで」


「つれないねぇ」


眉をひそめる澪にレイヴンは苦笑しながら、今度は俺へ視線を向ける。


「坊やは、まだ飲めないか」


「……生憎な」


俺が短く返すと、レイヴンは小さく笑うが、その目だけは店内の様子を油断なく観察している。

やっぱり、この男はどこまで本気なのか分からない。


そして彼は、カウンターの奥へ歩き出す。

薄暗い照明の中、古びた木製棚の横へ立つと、壁際にある小さな扉へ手を掛けた。

ギィ、と重たい音を立てて扉が開いた瞬間、奥から冷たい機械音が微かに漏れ出した。

翔「レイヴン……得体の知れない男だな」


澪「裏社会に生きる者なんてそんなものよ」


僕『なんだか怖い人だったなぁ……』


賢者『どこまで我々の情報を握っているのか、興味深いですね』


お嬢『少なくとも、ただの情報屋ではありませんわね。底が見えませんもの』


戦闘狂『ハッ!俺らより俺らを知ってるとは思えねぇけどな!』


悪の権化『ククッ……翔、深淵に近づけるといいねぇ』


翔「次回、『キメラの記憶』――お前ら、どこまで覚えてんだよ」

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