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五つの人格を宿す俺は、秘密組織に狙われている  作者: 白井黒也
第一章『閉ざされた記憶』
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第12話「暴と知」

お嬢の華奢な身体が、どす黒い赤のような光に包まれる。

深紅の髪が揺らぎ、更に鮮烈な赤へ染まっていく。


ドレス調だった衣装も、一瞬で戦闘向きの軽装へ変化する。

さっきまで漂っていた優雅な空気は、もうどこにもない。

代わりにそこへ現れたのは――むき出しの闘争本能だった。


戦闘狂は、迫ってくるシールド部隊を見て、獰猛に口元を吊り上げる。


『近ぇじゃねぇか』


工作員がスタンロッドを振り下ろしてくる。

だが、戦闘狂は避けずにむしろ一歩踏み込んだ。


バギィッ!!


振り抜かれた拳がシールドへ叩き込まれ、鈍い破壊音が倉庫内に轟いた。


「がぁっ!?」


重装備の工作員が、シールドごと吹き飛ばされる。


人間を殴った音じゃない。

まるで鉄板を潰したような音だった。

吹き飛んだ工作員の身体がコンテナへ激突し、派手な金属音を響かせる。


「戦闘人格!!」


「止めろ!!」


工作員たちが一斉に銃口を向けた。

戦闘狂は低い姿勢のまま床を蹴り、一気に加速する。


速い。

人間の動きじゃない。

俺は内側から見ていても、その動きを目で追うのがやっとだった。

次の瞬間には、もう工作員の懐へ入り込んでいる。


「っ――!?」


工作員が反応するより先に、戦闘狂の拳が腹部へ突き刺さった。

ゴギッ――と嫌な音が響く。

工作員の身体がくの字に折れ曲がり、そのまま後方へ吹き飛んだ。


『遅ぇんだよ!!』


叫びながら、戦闘狂は振り向きざま別の工作員の腕を掴む。

そのまま強引に引き寄せると、至近距離から肘打ちを叩き込んだ。


ヘルメットごと頭部が激しく揺れる。

工作員は糸の切れた人形みたいに崩れ落ちた。


戦闘狂は、ただ暴れているわけじゃない。


相手の重心、武器の向き、死角。

全部を本能のまま把握している。

だから止まらない。


「包囲しろ!!距離を取れ!!」


指揮官が怒鳴る。

けれど、その頃にはもう戦闘狂は次の獲物へ向かっていた。

床に転がっていた大型シールドを片手で掴み上げる。

普通なら両手でも扱いづらい重量のはずなのに、戦闘狂はまるで玩具みたいに軽々と持ち上げていた。


『おっ、これ使えんじゃねぇか』


ブンッ!!


空気を裂く音と共に、シールドが凄まじい勢いで投げ放たれる。

回転しながら飛んだシールドは、そのまま上部通路へ直撃した。


「っ!?」


工作員たちが吹き飛ばされる。

悲鳴と共に足場が崩れ、銃声が乱れた。


煙の中で戦闘狂は、獣みたいに笑っていた。


『まだだろ?もっと来いよ』


その声に応えるように、工作員たちが再び動き出す。

だが、さっきまでとは明らかに違った。

真正面から近づいてこない。


距離を取っている。

警戒しているんだ。


戦闘狂はまだ近くにいた工作員の腕を掴み、そのまま強引に床へ叩きつける。

防弾装備越しでも威力を殺し切れない。


「ぐぁっ……!」


苦鳴を漏らした工作員へ、戦闘狂は追撃の蹴りを叩き込もうとした。


バシュッ!!


鋭い射出音が煙の向こうから響く。


『っ?』


戦闘狂の腕へ黒いワイヤーが絡みついた。

続けざまに脚と胴に、高強度ワイヤーが撃ち込まれていく。


「拘束成功!!」


工作員の怒声。

直後、ワイヤーが一斉に引き絞られた。


ギギギギッ!!


金属が軋むような音が響く。

戦闘狂の身体が、強引に動きを止められる。


『……チッ』


「距離を取れ!近接戦をするな!!拘束を維持しろ!被験体を破損させるな!!」


指揮官の言葉に、俺は思わず顔をしかめる。


……やっぱり。

こいつらにとって、俺たちは“人間”じゃない。

捕獲対象。研究材料。その程度の認識なんだ。


バチバチバチッ!!


青白い光が一斉に走った。

放たれたのは実弾じゃない。高出力のスタン弾。

電撃を纏った弾丸が、戦闘狂の身体へ次々と叩き込まれる。


筋肉が痙攣し、電流が身体を焼く。

さすがに無視できる威力じゃない。


『ハハッ……効くじゃねぇか!!』


ブチブチブチッ!!


嫌な音が倉庫内へ響き、拘束ワイヤーが無理矢理引き裂かれた。


「なっ!?」


工作員たちが目を見開く。

だが、完全には振り切れない。

新たなワイヤーが次々と射出され、再び戦闘狂の動きを縛っていく。

戦闘狂は苛立ったように舌打ちする。


『チッ……小細工ばっか増えやがって』


拘束を引き千切りながら前へ出ようとする。


パンッ!!


閃光弾が炸裂した。

視界が白く弾ける。

さすがの戦闘狂も、一瞬だけ動きが止まった。

そこへ更にワイヤーが撃ち込まれる。


『……あ゛ぁ、クソッ!!』


完全に勢いを殺され始めている。

俺は内側から、それを見ていた。


戦闘狂は強い。

正面からなら、この場の誰よりも。

けれど――こいつは勢いを止められると面倒になる。


頭の奥で、戦闘狂が低く唸った。


『……賢者ァ』


その瞬間だった。

荒れ狂っていた意識が、急激に静まり返る。

燃えるような真紅だった髪が、ゆっくりと冷たい蒼へ変わっていく。

荒々しく前傾していた姿勢も、静かに伸びた。


空気が変わる。

さっきまで倉庫内を満たしていた暴力的な熱気が、一瞬で冷えた。


賢者は、拘束ワイヤーに繋がれたまま静かに周囲を見渡す。

飛んでくる射線。工作員の配置。煙幕の流れ。

全部を一瞬で把握していた。


『拘束装備……電磁制御型ですか』


淡々とした声。

そこには焦りも怒りもない。

ただ、冷静な分析だけがあった。


賢者は拘束ワイヤーへ視線を落とす。

まるで機械でも観察するみたいに、一瞬で構造を把握していく。

煙の向こうでは、工作員たちが再び包囲を固めようとしていた。


『風路、展開』


短い詠唱と共に賢者を中心に、突風が吹き荒れた。


ゴォッ!!


唸る風が倉庫内を駆け抜ける。

充満していた煙幕が、一気に吹き飛ばされた。


「っ!?」


隠れていた工作員たちの姿が露わになる。

同時に、賢者は静かに指を鳴らした。


『熱量付与』


次なる詠唱で拘束ワイヤーが赤熱した。

ギギギギッ!!と嫌な音を立てながら、高強度ワイヤーが焼き切れていく。


「なっ!?」


工作員たちが目を見開く。


「スタン弾、続けろ!!」


青白い電流を帯びた弾丸が、再び賢者へ放たれる。

だが、賢者は避けない。


『電磁偏向』


淡い蒼色の光が周囲へ広がり、飛来していたスタン弾の軌道が僅かに逸れる。


バチバチッ!!


電撃を撒き散らしながら、スタン弾はコンテナや床へ着弾した。


「軌道がズレた!?」


「術式干渉か!?」


工作員たちの声に、初めて焦りが混じる。


賢者は、決して力任せに突破しない。

状況、装備、戦術。全部を理解した上で、最も効率的な答えを選ぶ。

だから厄介なんだ。


賢者は静かに視線を上げる。

その瞳は、もう工作員たちを見ていなかった。

見ているのは――さらに奥。

煙幕が晴れたことで露わになった、指揮官の位置だった。


『指揮系統……確認』


その言葉に、指揮官が息を呑む。


『雷撃術式』


賢者の指先へ、蒼白い雷光が収束した。


轟音すらない。

蒼白い雷光が一直線に走り、上部通路で火花が弾けた。


「がぁぁっ!?」


指揮官の身体が激しく痙攣する。

通信機が爆ぜ、火花を散らした。

そのまま指揮官の身体は手すりへ叩きつけられ、上部通路から転落する。

倉庫内の空気が、一瞬止まる。


「指揮官がやられた!!」

「通信不能!!」

「くそっ……撤退だ!!」


工作員たちの声に、明らかな動揺が走った。


統率が崩れ、包囲が乱れる。

さっきまで完璧だった陣形が、一気に瓦解していく。

賢者は、撤退を始めた工作員たちを静かに見つめていた。


追撃する様子はない。

ただ、崩れていく陣形と遠ざかっていく足音を冷静に確認している。

やがて、賢者は小さく息を吐いた。


『……どうやら、凌ぎ切ったようですね』


その落ち着いた声だけが、静まり返った倉庫内へ静かに響く。


焼け焦げた床。

砕けたコンテナ。

転がる拘束ワイヤー。

さっきまでの激戦の痕跡だけが、そこに残っている。


俺は内側から、その光景をぼんやり見つめていた。

……終わったんだ。少なくとも、今は。


『……ククッ、ボクの出番はなしか』


頭の奥で、悪の権化のくぐもった笑い声が反響した。

戦闘狂『もう終わりかよ。もっと暴れたかったぜ!』


賢者『貴方が暴れ過ぎた結果、私が後始末をする羽目になったのですが』


悪の権化『いいじゃないか。ボクなんて出番なかったんだよ?』


翔「そのうちあるだろ。戦いとは限らねぇけどな」


悪の権化『ホントだね?嘘だったら好き勝手やっちゃうよ?』


翔「意地でもやらせねぇよ」


翔「次回、第13話『stray cat』――こいつが、レイヴン……」

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