第12話「暴と知」
お嬢の華奢な身体が、どす黒い赤のような光に包まれる。
深紅の髪が揺らぎ、更に鮮烈な赤へ染まっていく。
ドレス調だった衣装も、一瞬で戦闘向きの軽装へ変化する。
さっきまで漂っていた優雅な空気は、もうどこにもない。
代わりにそこへ現れたのは――むき出しの闘争本能だった。
戦闘狂は、迫ってくるシールド部隊を見て、獰猛に口元を吊り上げる。
『近ぇじゃねぇか』
工作員がスタンロッドを振り下ろしてくる。
だが、戦闘狂は避けずにむしろ一歩踏み込んだ。
バギィッ!!
振り抜かれた拳がシールドへ叩き込まれ、鈍い破壊音が倉庫内に轟いた。
「がぁっ!?」
重装備の工作員が、シールドごと吹き飛ばされる。
人間を殴った音じゃない。
まるで鉄板を潰したような音だった。
吹き飛んだ工作員の身体がコンテナへ激突し、派手な金属音を響かせる。
「戦闘人格!!」
「止めろ!!」
工作員たちが一斉に銃口を向けた。
戦闘狂は低い姿勢のまま床を蹴り、一気に加速する。
速い。
人間の動きじゃない。
俺は内側から見ていても、その動きを目で追うのがやっとだった。
次の瞬間には、もう工作員の懐へ入り込んでいる。
「っ――!?」
工作員が反応するより先に、戦闘狂の拳が腹部へ突き刺さった。
ゴギッ――と嫌な音が響く。
工作員の身体がくの字に折れ曲がり、そのまま後方へ吹き飛んだ。
『遅ぇんだよ!!』
叫びながら、戦闘狂は振り向きざま別の工作員の腕を掴む。
そのまま強引に引き寄せると、至近距離から肘打ちを叩き込んだ。
ヘルメットごと頭部が激しく揺れる。
工作員は糸の切れた人形みたいに崩れ落ちた。
戦闘狂は、ただ暴れているわけじゃない。
相手の重心、武器の向き、死角。
全部を本能のまま把握している。
だから止まらない。
「包囲しろ!!距離を取れ!!」
指揮官が怒鳴る。
けれど、その頃にはもう戦闘狂は次の獲物へ向かっていた。
床に転がっていた大型シールドを片手で掴み上げる。
普通なら両手でも扱いづらい重量のはずなのに、戦闘狂はまるで玩具みたいに軽々と持ち上げていた。
『おっ、これ使えんじゃねぇか』
ブンッ!!
空気を裂く音と共に、シールドが凄まじい勢いで投げ放たれる。
回転しながら飛んだシールドは、そのまま上部通路へ直撃した。
「っ!?」
工作員たちが吹き飛ばされる。
悲鳴と共に足場が崩れ、銃声が乱れた。
煙の中で戦闘狂は、獣みたいに笑っていた。
『まだだろ?もっと来いよ』
その声に応えるように、工作員たちが再び動き出す。
だが、さっきまでとは明らかに違った。
真正面から近づいてこない。
距離を取っている。
警戒しているんだ。
戦闘狂はまだ近くにいた工作員の腕を掴み、そのまま強引に床へ叩きつける。
防弾装備越しでも威力を殺し切れない。
「ぐぁっ……!」
苦鳴を漏らした工作員へ、戦闘狂は追撃の蹴りを叩き込もうとした。
バシュッ!!
鋭い射出音が煙の向こうから響く。
『っ?』
戦闘狂の腕へ黒いワイヤーが絡みついた。
続けざまに脚と胴に、高強度ワイヤーが撃ち込まれていく。
「拘束成功!!」
工作員の怒声。
直後、ワイヤーが一斉に引き絞られた。
ギギギギッ!!
金属が軋むような音が響く。
戦闘狂の身体が、強引に動きを止められる。
『……チッ』
「距離を取れ!近接戦をするな!!拘束を維持しろ!被験体を破損させるな!!」
指揮官の言葉に、俺は思わず顔をしかめる。
……やっぱり。
こいつらにとって、俺たちは“人間”じゃない。
捕獲対象。研究材料。その程度の認識なんだ。
バチバチバチッ!!
青白い光が一斉に走った。
放たれたのは実弾じゃない。高出力のスタン弾。
電撃を纏った弾丸が、戦闘狂の身体へ次々と叩き込まれる。
筋肉が痙攣し、電流が身体を焼く。
さすがに無視できる威力じゃない。
『ハハッ……効くじゃねぇか!!』
ブチブチブチッ!!
嫌な音が倉庫内へ響き、拘束ワイヤーが無理矢理引き裂かれた。
「なっ!?」
工作員たちが目を見開く。
だが、完全には振り切れない。
新たなワイヤーが次々と射出され、再び戦闘狂の動きを縛っていく。
戦闘狂は苛立ったように舌打ちする。
『チッ……小細工ばっか増えやがって』
拘束を引き千切りながら前へ出ようとする。
パンッ!!
閃光弾が炸裂した。
視界が白く弾ける。
さすがの戦闘狂も、一瞬だけ動きが止まった。
そこへ更にワイヤーが撃ち込まれる。
『……あ゛ぁ、クソッ!!』
完全に勢いを殺され始めている。
俺は内側から、それを見ていた。
戦闘狂は強い。
正面からなら、この場の誰よりも。
けれど――こいつは勢いを止められると面倒になる。
頭の奥で、戦闘狂が低く唸った。
『……賢者ァ』
その瞬間だった。
荒れ狂っていた意識が、急激に静まり返る。
燃えるような真紅だった髪が、ゆっくりと冷たい蒼へ変わっていく。
荒々しく前傾していた姿勢も、静かに伸びた。
空気が変わる。
さっきまで倉庫内を満たしていた暴力的な熱気が、一瞬で冷えた。
賢者は、拘束ワイヤーに繋がれたまま静かに周囲を見渡す。
飛んでくる射線。工作員の配置。煙幕の流れ。
全部を一瞬で把握していた。
『拘束装備……電磁制御型ですか』
淡々とした声。
そこには焦りも怒りもない。
ただ、冷静な分析だけがあった。
賢者は拘束ワイヤーへ視線を落とす。
まるで機械でも観察するみたいに、一瞬で構造を把握していく。
煙の向こうでは、工作員たちが再び包囲を固めようとしていた。
『風路、展開』
短い詠唱と共に賢者を中心に、突風が吹き荒れた。
ゴォッ!!
唸る風が倉庫内を駆け抜ける。
充満していた煙幕が、一気に吹き飛ばされた。
「っ!?」
隠れていた工作員たちの姿が露わになる。
同時に、賢者は静かに指を鳴らした。
『熱量付与』
次なる詠唱で拘束ワイヤーが赤熱した。
ギギギギッ!!と嫌な音を立てながら、高強度ワイヤーが焼き切れていく。
「なっ!?」
工作員たちが目を見開く。
「スタン弾、続けろ!!」
青白い電流を帯びた弾丸が、再び賢者へ放たれる。
だが、賢者は避けない。
『電磁偏向』
淡い蒼色の光が周囲へ広がり、飛来していたスタン弾の軌道が僅かに逸れる。
バチバチッ!!
電撃を撒き散らしながら、スタン弾はコンテナや床へ着弾した。
「軌道がズレた!?」
「術式干渉か!?」
工作員たちの声に、初めて焦りが混じる。
賢者は、決して力任せに突破しない。
状況、装備、戦術。全部を理解した上で、最も効率的な答えを選ぶ。
だから厄介なんだ。
賢者は静かに視線を上げる。
その瞳は、もう工作員たちを見ていなかった。
見ているのは――さらに奥。
煙幕が晴れたことで露わになった、指揮官の位置だった。
『指揮系統……確認』
その言葉に、指揮官が息を呑む。
『雷撃術式』
賢者の指先へ、蒼白い雷光が収束した。
轟音すらない。
蒼白い雷光が一直線に走り、上部通路で火花が弾けた。
「がぁぁっ!?」
指揮官の身体が激しく痙攣する。
通信機が爆ぜ、火花を散らした。
そのまま指揮官の身体は手すりへ叩きつけられ、上部通路から転落する。
倉庫内の空気が、一瞬止まる。
「指揮官がやられた!!」
「通信不能!!」
「くそっ……撤退だ!!」
工作員たちの声に、明らかな動揺が走った。
統率が崩れ、包囲が乱れる。
さっきまで完璧だった陣形が、一気に瓦解していく。
賢者は、撤退を始めた工作員たちを静かに見つめていた。
追撃する様子はない。
ただ、崩れていく陣形と遠ざかっていく足音を冷静に確認している。
やがて、賢者は小さく息を吐いた。
『……どうやら、凌ぎ切ったようですね』
その落ち着いた声だけが、静まり返った倉庫内へ静かに響く。
焼け焦げた床。
砕けたコンテナ。
転がる拘束ワイヤー。
さっきまでの激戦の痕跡だけが、そこに残っている。
俺は内側から、その光景をぼんやり見つめていた。
……終わったんだ。少なくとも、今は。
『……ククッ、ボクの出番はなしか』
頭の奥で、悪の権化のくぐもった笑い声が反響した。
戦闘狂『もう終わりかよ。もっと暴れたかったぜ!』
賢者『貴方が暴れ過ぎた結果、私が後始末をする羽目になったのですが』
悪の権化『いいじゃないか。ボクなんて出番なかったんだよ?』
翔「そのうちあるだろ。戦いとは限らねぇけどな」
悪の権化『ホントだね?嘘だったら好き勝手やっちゃうよ?』
翔「意地でもやらせねぇよ」
翔「次回、第13話『stray cat』――こいつが、レイヴン……」




