第73話 比べる相手じゃない。俺が選んでるのは、ずっとお前だ
放課後、私は自分から恒星くんのところへ行った。
今日は、逃げたくなかった。
昨日も今日も、彼ははっきり言ってくれたのだから。
今度は私が、ちゃんと向き合わなければいけない気がした。
校舎裏のベンチ。
そこへ座ると、恒星くんが静かに私を見る。
「……今日は」
私が言う。
「うん」
「ちゃんと、比較してた」
「……」
「してたし」
「うん」
「勝てないかも、って思ってた」
そこまで言うと、恒星くんは少しだけ目を閉じた。
でも、ため息はつかなかった。
怒りもしない。
ただ、ちゃんと聞いてくれる。
「栞」
「何」
「勝つとか負けるとかじゃない」
「……」
「澄香は、俺の世界の人間」
「……」
「でも」
彼は私を見る。
「選んでるのは、ずっとお前だ」
その言葉に、胸の奥がきゅっと締まる。
「……」
「今も」
「……」
「昨日も」
「……」
「たぶん、もっと前から」
私はとうとう視線を落とした。
泣きたいわけじゃない。
でも、目の奥が少しだけ熱い。
「……そんな言い方」
小さくつぶやくと、恒星くんが少しだけ苦笑した。
「好きだから」
「……」
「あと」
彼は続ける。
「比べられるの、ほんとに嫌だった」
「……」
「だって、澄香は“そっち側”っていう意味で分かりやすいかもしれないけど」
「……」
「俺が一緒にいたいのは、そういう条件で決めた相手じゃない」
その言葉の強さが、胸の奥の冷たいところにじわじわ沁みていく。
ああ、と思う。
私はやっぱり、彼のこういうところに何度も救われる。
やさしいだけじゃなくて、譲れないところはちゃんと強い。
「……ごめん」
またそう言うと、恒星くんが少しだけ眉を下げた。
「謝らなくていい」
「……」
「不安になるのは分かる」
「……」
「でも、そこで自分を下げるのはだめ」
私は小さく息を吸った。
「……難しい」
「うん」
「でも」
彼は少しだけ手を伸ばして、私の指先に触れる。
「そのたび止める」
「……」
「何回でも」
その言葉に、私は少しだけ笑った。
「強い」
「今、かなり本気だから」
「……」
「だから、栞も少しずつ慣れて」
私は小さく頷いた。
「……うん」
◇ ◇ ◇
少し沈黙が落ちたあと、恒星くんがふと声をやわらげる。
「次」
「……何」
「俺の家に近い場所、ちゃんと来て」
私は一瞬だけ目を見開いた。
「……え」
「この前のホテルラウンジみたいに」
「……」
「びっくりする形じゃなくて」
「……」
「ちゃんと、俺の方から」
それは、たぶん新しい段階への誘いだった。
怖い。
でも、逃げたくない。
その気持ちは、昨日より今日の方がはっきりしている。
「……行く」
小さく言うと、恒星くんが少しだけ目を細めた。
「うん」
「……」
「ありがとう」
「……まだ怖いです」
「知ってる」
「でも」
私は少しだけ深呼吸をした。
「見ないままで、勝手に怖がるのはやめたい」
その言葉に、恒星くんの表情がゆっくりほどけた。
「それで十分」
「……」
「今の栞、すごく好き」
「……」
「前よりもっと」
私は少しだけ視線を逸らしながらも、ちゃんと笑えた気がした。




