第65話 恋が現実にぶつかっても、それでもあなたの隣を選びたい
それから数日、私は少しだけ変わった自分を感じていた。
恒星くんの家のことを知ったから、何もかも平気になったわけじゃない。
きっと、この先もまた怖くなる日が来る。
知らない話を聞いて、不安になることもあるだろう。
でも、前と決定的に違うことがある。
私はもう、“怖いからやめる”側には戻りたくない。
好きだからこそ怖い。
でも、好きだから隣にいたい。
その順番が、ようやく自分の中で定まってきた気がするのだ。
◇ ◇ ◇
その日の放課後。
いつもの帰り道で、私は自分から恒星くんの手を取った。
「……っ」
恒星くんが少しだけ目を見開く。
「栞?」
「……」
「今の」
「……分かってます」
「うん」
「びっくりした顔しないでください」
そう言うと、恒星くんは少しだけ笑った。
でも、その顔はかなりうれしそうだった。
「うれしい」
「またそれ」
「本当にそうだから」
私は少しだけ視線を落としながら、でも手は離さなかった。
「……まだ」
「うん」
「全部に自信があるわけじゃない」
「うん」
「この先どうなるかも、分からない」
「うん」
「でも」
私は深呼吸して、ちゃんと言う。
「分からないから離れるんじゃなくて」
「……」
「分からなくても、隣にいたい」
恒星くんの指先が、少しだけ強くなる。
「……うん」
「……」
「それが聞けるなら、十分だよ」
その返事に、私は少しだけ首を振った。
「十分じゃない」
「え」
「私も、ちゃんと選びたい」
「……」
「守られるだけじゃなくて」
「……」
「私も、恒星くんの隣を選ぶ」
言いながら、自分の中で何かが少しだけ変わるのが分かった。
そうだ。
私は今まで、ずっと“選ばれる側”として不安になっていた。
でも、本当は違う。
恋は、私も選ぶものなのだ。
怖くても。
現実があっても。
それでも、あなたの隣にいたいと、自分から決めること。
「……栞」
恒星くんが言う。
「何」
「今の」
「うん」
「すごく、好き」
「……」
「前よりもっと」
その言い方に、私は少しだけ笑ってしまった。
「最近、更新されすぎです」
「だって本当に更新されるから」
私たちはそのまま、駅まで並んで歩いた。
周りには人がいる。
学校もある。
家もある。
きっとこの先、もっといろんな現実が来る。
でも今は、ちゃんと手をつないでいられる。
そのことが、何より大きかった。
◇ ◇ ◇
駅前の改札で別れる前、恒星くんが小さく言った。
「これから先も」
「うん」
「簡単じゃないことはあると思う」
「……うん」
「でも」
やわらかく笑う。
「栞が今日みたいに、ちゃんと隣を選んでくれるなら」
「……」
「俺も絶対に離さない」
私はその言葉を、今度はちゃんとまっすぐ受け取れた。
「……うん」
「……」
「私も」
「うん?」
「離れたくない」
そう言うと、恒星くんの表情がほんの少しだけ崩れた。
きれいに整った顔が、嬉しそうに、安心したみたいに、ほどける。
その顔を見て、私は思う。
恋が現実にぶつかっても、それでもあなたの隣を選びたい。
たぶん今の私は、やっとそこまで来たのだ。
◇ ◇ ◇
帰りの電車の窓に映る自分は、少しだけ大人びた顔をしていた。
恋は、守られるだけじゃなくて、守りたいと思った瞬間に少し変わる。
その意味が、今日は少しだけ分かった気がする。
好きでいること。
怖がること。
それでも隣を選ぶこと。
その全部を抱えたまま、私はたぶん、前より少しだけ強くなった。




