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憧れの御曹司が、なぜか私にだけ甘すぎる。けれど私はまだ、あの日の男の子だと気づけない  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第63話 あなたの未来に、私は入っていますか

 放課後、校舎裏のベンチに座った瞬間から、私はずっと胸の奥が苦しかった。


 苦しいのは、恒星くんがいるからだ。

 好きな人だから。

 聞きたい答えがある相手だから。


 もしどうでもいい人なら、こんなに怖くない。

 でも、どうでもよくないからこそ、未来のことを問うのが怖い。


「栞」

 恒星くんが静かに名前を呼ぶ。

「うん」

「今日は、俺から聞かない」

「……」

「栞が言いたいこと、待つ」

 その言い方がやさしすぎて、私は一瞬だけ泣きそうになった。

 でも、それではだめだと思って、息を整える。


「……昨日」

「うん」

「図書室で、少し話を聞いた」

「……」

「婚約者候補とか」

「……」

「家柄の合う相手とか」

 そこまで言うと、恒星くんの表情がはっきり変わった。

 驚きと、少しの苛立ちと、そして私への心配。


「……そっか」

 低い声で言う。

「それで」

「うん」

「怖くなった」

 私はまっすぐ前を見たまま言った。


「今までだって、家のことは分かってた」

「……」

「でも、そういう話が現実にあるかもしれないって思ったら」

「……」

「急に」

 喉が少し震える。

「私、やっぱり今だけなのかもしれないって」

 言った瞬間、胸の奥がぎゅっと縮んだ。

 口にしてしまうと、痛い。

 でも、言わないままではもっと痛い気がした。


「……栞」

 恒星くんの声が少しだけ低くなる。

「うん」

「それ、本気でそう思った?」

「……」

「少しだけ」

「……」

「だって」

 私はようやく彼を見た。

「私は、あなたの家のことをまだ何も知らない」

「……」

「でも、あなたの未来には、そういうものがちゃんとあるんでしょ」

「……」

「そのとき」

 私は息を吸う。

「私は、入っていますか」

 言った。

 とうとう、言ってしまった。


 あなたの未来に、私は入っていますか。


 それはたぶん、今の私がいちばん聞きたかったことだ。

 いちばん怖くて、いちばん知りたかったこと。


 恒星くんはしばらく何も言わなかった。

 でも、その沈黙は迷っている沈黙じゃない。

 言葉を選ぶための、強い沈黙だった。


「……入ってる」

 やがて、彼が言う。

 いつもより低くて、少しだけ強い声。


「ちゃんと」

「……」

「最初から、そういう意味で好きになった」

 私は息を止めた。


「今だけ一緒にいられたらいい、じゃない」

「……」

「栞が、ちゃんと未来にもいてほしいって思うから」

「……」

「今、こうして隣にいる」

 その言葉はまっすぐで、迷いがなかった。


 でも、私はまだ聞きたかった。

 怖いからこそ、もう少しだけ。


「……家のことは」

 小さく言う。

「うん」

「関係ないって言えるの?」

 恒星くんは一瞬だけ目を伏せた。

「関係ないとは言わない」

「……」

「あると思う」

「……」

「でも」

 彼は私を見る。

「あることと、俺が誰を選ぶかは別」

 その言葉が、重く、深く、胸に落ちる。


 関係ないとは言わない。

 でも、別だと言う。


 それは綺麗事じゃない。

 ちゃんと現実を知っている人の答えだった。


「……」

「栞」

「何」

「俺の未来に、栞は入ってる」

「……」

「今も」

「……」

「この先も」

 私は何も言えなくなった。

 聞きたかった。

 でも、ほんとうにそれをまっすぐ言われると、言葉がなくなる。


   ◇ ◇ ◇


「……強い」

 ようやくそれだけ言うと、恒星くんが少しだけ苦笑した。


「今、かなり本気だから」

「……」

「だから、強くなる」

 その返し方が、あまりにも彼らしい。

 やさしいだけじゃない。

 大事なところでは、ちゃんと強い。


「……ごめんなさい」

 私は小さく言った。

「何が」

「勝手に怖くなって」

「ううん」

 恒星くんはすぐに首を振る。

「怖いのは普通」

「……」

「でも、聞いてくれたのはうれしい」

 その“うれしい”が、今日はいちばんやさしく聞こえた。


 私は少しだけ目を閉じる。

 そして、胸の奥にたまっていた冷たいものが、少しずつ溶けていくのを感じた。

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