第11話 スラム街の皇族
翌日、一通の手紙が届いた。私宛に、フェリス・バーナードと書かれている。昨日出した手紙にすぐに返事を書くあたり流石顔の広いフェリスだ。フェリスの交友関係の広さはこういったところから来るのだろう。
サッとペーパーナイフで封を開ける。書かれていた手紙の内容は昨日出した手紙に書いたものだった。とある噂を広げて欲しい、けれどそれ以上の過大解釈をされないようセーブしていてもらいたい、と。
『お手紙読ませて頂きましたわ。お姉様の頼みとあらば、すぐにでも噂を流しましょう。それ以上、噂が噂を呼ぶような事にならないよう、私がしっかり噂をコントロールしてみせます。』
大体こんな感じの内容だ。ありがたい事にこれで私の計画がひとつ動き出した。私はすぐに出かける支度をして、使用人を連れずにお忍びで街へと向かった。今日はあるものを探しにきていた。
かつて見つけたそれがあった場所は覚えている。しかし今それがあるかどうかは分からない。なければ詰みだ。一番必要な人材が手に入らない。
賑わいのある大通りから一歩横道にそれればそこにあるのは荒れ果てて廃れた平民の現実が見えてくる。大通りに店を構えていたり、そこで買い物をする人々は多いように見えて実際はほんの一部の裕福層に過ぎない。本当の平民とは、身なりは最低限に働くばかりでその日食うのにも困っている者がほとんどだ。
私は入り組むスラムのような住宅地へと進んでいく。ここシェラード公爵領は他領に比べて平民も裕福に暮らしている。しかしそれは他領に比べての事。実際家に住めて働き口があり、最低限の生活を送っている者を平民の中では裕福と言う。
入り組む道を奥へ奥へと進んでいけばそこにあるのは本当のスラム街。酒に溺れる者、盗みを働く者、痩せた子供。そして……既に息絶えてハエの集る人だったもの。
場違いな装いで歩いていれば当然標的になる訳だが、残念な事に私はただのか弱い令嬢ではない。酒に溺れる者には容赦なく静かなる眠りへと落とし、盗みを働こうとした子供を捕まえた。
「くそ、はなせ!!」
「離せと言っても、あなたは私の物を盗もうとしたのだから、それ相応の対価を支払いなさい」
「チッ! オレたちに払えるものなんかあるわけねぇーだろ!」
小汚く汚れ、掴んだ腕は骨が浮いてガリガリに痩せている。知っている、ここの人間に差し出せるものなどない事を。その身ひとつで今日は一口でも食事に有り付こうと必死なのだろう。明日生きているかも分からない世界で生きる子供達なのだから。
「お前、この辺りに住むシエルという子を知らないかしら?」
「名前なんてしるか! ここのこどもはまともな名前はもってないんだ!」
「なら、銀髪に白か空色の目の男の子は知らない?」
「ぎん? もしかしてシロのことか?」
ここはスラム街だ、銀色という言葉を知らなければ、白と思う事もあるだろう。実際、この子供は銀色を知らない。キラキラする白か、ちょっとキラキラして見える灰色がせいぜいなところだろう。
「その子供、どこにいるか分かる?」
「なんでおまえなんかにいわなきゃならねぇんだよ!」
「じゃあ、居場所を教えてくれたら、あなたの望みを叶えられる範囲でひとつだけ叶えてあげる。それならどうかしら?」
なんでも、という言葉に子供の顔が変わる。好き好んでスラムに住む子供は早々いない。いるとしたら、相当な物好きだろう。スラムから出す事はできる。身なりを整え、最低限の礼儀を叩き込み、金を与えて外へ出す。それだけで十分だ。
「母さんを助けて欲しい。それができるなら案内してやる」
「あら、じゃあまず母さんとやらのところへ行きましょうか。案内なさい、出来る限りのことはしてあげる」
子供は私の手を取って走り出す。ガリガリに痩せた体は私を引っ張る力なんてなく、私はただ子供の足取りに着いて行くだけ。迷う事なく進む子供の姿は流石と言えるだろう。
たどり着いたのはほぼほぼ壊れて屋根もなく、かろうじて壁があると言える廃墟のような場所だった。中に入ってみれば、一人の女性が横たわっている。しかしどこか違和感があった。
「おいあんた、母さんを助けてくれよ! ずっと動けなくて、薬がいるからって金を集めてたけど、ぜんぜん足りなくて……!」
「待ちなさい。お前、どのくらい盗みを働いたの? 裕福層から盗んだ事はある?」
質問の意図が分からないという顔で、小さくあると答えた。それについて罰するつもりはない。気付かなかった当人の責任だ。けれど、裕福層の財布に入っている金は少なくとも一番高いであろう薬をひとつ買えるだけの金が入っている。
シェラード公爵領は薬を出来る限りの安く提供しているから、スラムだろうが子供だろうが病気や怪我をすれば無料で医者が診てくれる。薬は金がかかるが、スラムはともかく平民でも買えるくらいだ。
ふと子供を見てみると、キラリと太陽光が瞳に反射していた。私は慌てて子供の顔をこちらに向ける。驚いて見開いた子供の瞳は紫色に輝いていた。
紫の瞳は帝国皇族の象徴。この大陸で現在最も大きく、最も優れた技術力を持つ、この国の隣に位置する帝国。その皇族の象徴である紫の瞳。紫の瞳は大陸中どこを探しても帝国皇族にしか受け継がれない。突然変異の遺伝子がどうとか聞いた事があるが、詳しくは知らない。
私は隠し持って来ていた剣を抜き取り、子供を背に隠した後で子供が母と呼んだ女に思い切り蹴りをお見舞いした。
「な、何やってんだよお前!?」
「静かにしろ。おい、いつまでも病人の振りしてないで、さっさと起きたらどうだこの重罪人が。お前、皇族を攫ったな?」
「……あーあ、なんでバレたのかしら。もっとこの子に稼がせて楽してやろうと思っていたのに……!」
ヒッと息を呑む音が聞こえたのは、きっと気のせいではないだろう。背後に隠れた子供から漏れ出た声だった。知らなかったのだろう、自分が帝国の皇族であり、身体が弱いからと公に出された事が一度もない正当な第一皇子である事を。この女が、母ではなく誘拐犯である事を。
「この女はお前の母じゃない。お前は帝国の皇族で、この女は皇族の誘拐犯だ。お前をこのスラムに連れて来て盗みをさせながら、自分は大層良い思いをしてたんだろう。お前と違って痩せていないし、服以外は随分と小綺麗じゃないか」
違う、違う、そんなはずないという子供の目に涙が浮かぶ。コロリと落ちた涙が小さな石となった。帝国貴族の一部にのみ発現する異能だろう。コロリと落ちた石は綺麗な宝石となっていた。これを売るだけでどれ程稼いだのだろうか。
「まって、まってよ!! ちがうよね、母さんはオレの母さんだろ!?」
「…………バカな子供だね、顔も似てないのにずっと私を母だと信じていたなんて。その女の言う通りだよ、お前は私の子供なんかじゃない!! お前は金を貰うために育ててやったんだ!!」
信じていたものが崩れて行く様は、酷く孤独で残酷だ。世界は色褪せ、全てが疑わしく見えて仕方ない。崩れ落ちた子供の顔は絶望という他なかった。
これは下手を打てば外交問題だ。見つけた以上、この女を生かしておく訳にはいかない。捕らえたところで、皇族の誘拐ならば処刑は免れない。
「これ以上言う事はないでしょう。大人しくしていなさい、せめて楽に殺してやる」
「まっ…………!!」
子供の制止の声が届く前に、私は逃げようとした女の首を断ち切った。後でお父様に知らせておかなければならない。この女の遺体は回収して、そのうち帝国へと引き渡されるだろう。
「お前、こんな奴を親だと思っていたの。バカな子ね」
「ゆる、さない。おまえ、オレの……母さんを!」
「違う。こいつはお前の母じゃない、現実を見ろ、目を逸らすな。お前はここにいるような人間じゃない」
「じゃあ、じゃあオレが今までやってきた事ってなんだったんだよ! いろんな奴から盗んで、殴られた事もあるんだ、スラムの奴からパンを奪って次の日そいつが死んでた事もあった。全部母さんのためだって、そのために今まで頑張ってきたのに……これじゃ、全部ムダじゃないか」
人のためと言いながら、自分の責任と罪から目を逸らし続けてきたんだろう。今までただのスラムの子供だったんだ、そうでなければ生きていけなかったのかもしれない。それでも、これからはそうもいかない。
その責任も、その罪も、行動も全て自分の選択だ。ひとりで逃げる事なんていくらでもできたはずなのだから。
「あなたの本当の親がいる。きっと探しているだろうけど、あなたがこの現実を受け入れられずに目を逸らし続けていたいなら、会わない方が幸せよ。選びなさい、本当の親に会いに行くか、このままスラムで暮らし続けるか……それとも、今ここで私に斬られるか」
覚悟のない者が帝国皇族として生きるなんてできっこない。ましてや彼は第一皇子。そのまま成長すれば、いずれ皇帝になるだろう。この程度の責任が負えず、現実を見ようとしないなら、今ここで皇子ではなくただのスラムの子供になる方が楽に決まっている。
「オレの親ってのは、どんな奴なんだ」
「この国の隣にある帝国の皇帝よ。この大陸で最も大きく、最も強く、最も発展した国。あなたはそこの第一皇子で、誘拐されてなければきっと今頃次期皇帝として育てられていたはずよ」
「オレの親は、オレを探してるのか」
「当たり前でしょう? 大切な我が子を誘拐されて、探さないわけない。あなたを人質に国が脅かされるような事があれば別だったのでしょうけど、今回はそうじゃなさそうだもの、きっと今も探しているわ」
前回、一度だけ会った事がある帝国皇族には、彼の姿はなかった。きっと、前回はずっとこのスラムで、誘拐犯を母と信じたまま生きていたのだろう。これは、前回と大きな変化が起こるだろう。
「…………会えるか、オレの、本当の親に」
「あなたにその気があるなら。あなたが今までの罪を背負って、現実と向き合う強さがあるのなら、私はあなたを親に会わせてあげる、“皇族として”ね」
「分かった。オレを、連れて行ってくれ!」
その目は確かに、皇族に相応しい意思の強い輝きを孕んでいた。




