鼓動
扉が完全に開き四人は部屋の中へと立ち入る。一見ただ暗いだけの部屋に思えるが、よく見ると部屋の奥で何かが蠢いている。
ゆっくりとそれに近付いていき、ある程度近付いた所で四人は足を止めた。
イリスとジャックは冷静に戦闘準備を始めるのに対し、ルベルとシャルロットは唖然としていた。
そこにいたのは、骸となったドラゴンだった。黒いオーラを纏い四人のことをじっと見ている。
「ドラゴンのアンデッド!? ねぇ、アンタ達が始末するのって······これ?」
シャルロットがドラゴンを指差しながら言う。
「そう。こいつは半年前まで別の場所にいたんだけど、しばらく姿をくらませてた。まさかこんなところに引き篭もっているなんてね。さっきの部屋にいた甲冑も、多分コイツが操っていたんだと思う」
「さて······仕事の時間だな」
ニヤリと笑い、ジャックは大鎌を構える。シャルロットも困惑しながら短剣を構えた。
直後、ルベルの方を見たシャルロットは、ルベルの様子がおかしいことに気付く。
先程からルベルは一言も発していない。彫刻のように固まったまま、冷や汗を流し苦悶の表情を浮かべながら、骸のドラゴンを見つめていた。
「ルー君、どうかした? 大丈夫?」
「おかしな気分なんだ」
「え?」
「アイツのことがとても恐ろしくて、体が強張っている。だけど、おぞましい気配の中にどこか心地よさを感じる······」
「······!?」
「何を言ってるのか分からないと思うけど、僕にもよくにもよく分からないんだ」
そのやり取りを聞いていたイリスが、ルベルの方へと寄って来る。
「······少し休んでいた方がいいね」
「待って、後方支援はどうするの?」
「わたしがやる。こう見えて戦闘経験は豊富だから」
イリスは、ルベルを端の方まで連れて行き、壁に背をつけて座らせた。
そして、戻って来る途中ジャックに対し
「彼から目を離さないで」
と、シャルロットに聞こえないように小声で言い放つ。
「······」
ジャックは何も言わず、真顔でイリスと数秒目を合わせた後、ドラゴンの方へ視線を戻した。
シャルロットは、憂いを含んだ眼差しでルベルを見ていた。
「大丈夫。彼は多分疲れているだけだと思う。しばらく休んでいれば良くなるよ」
「そう······だといいけれど······」
シャルロットの憂いを晴らすように、言葉をかけるイリス。再び戦闘態勢に入る。
骸のドラゴンも、こちらも準備ができたと言わんばかりに、内に秘めたオーラを開放する。先程の甲冑とは比べものにならない、どす黒くおぞましい気迫が部屋全体を包み込んだ。
『グルゥ·····ギャオオオオオオッ!』
凄まじい咆哮が四人の耳に響く。ドラゴンは前脚を大きく振りかざし、前衛の二人めがけて振り下ろす。二人はそれを軽々と避ける。
避けたと同時にシャルロットはドラゴンへ突っ走っていく。ドラゴンの態勢を崩そうと、シャルロットは前脚に蹴りを叩きこむがビクともしない。自身の脚にも強い衝撃が伝わってくる。
「!?·····こいつの脚、鉄みたいに硬い」
「どいてろ小娘。俺が手本を見せてやる」
続いてジャックが前へ飛び出し、ドラゴンへと向かっていく。走りながら大鎌に魔力を込める。すると、刃がまばゆい光を放ち始めた。
「あれは、神聖魔法?」
「うん。ジャックはあの大鎌に、神聖魔法の力を流し込んで戦う」
ドラゴンは尻尾で薙ぎ払おうとするも、ジャックはそれを躱しドラゴンの背中へ飛び乗った。ドラゴンは背中に乗られたことを嫌がり、ジャックを振り落とそうと暴れている。
「どうどう。こんなになっちまって可哀そうに······生前は立派なドラゴンだったろうになぁ。お前に恨みはねぇし、お前がどんな奴だったかも知らねぇ。だが俺は処刑人だ。殺せと言われた以上はそうするしかねぇのよ」
ジャックは大鎌を両手で握りしめ、大きく振りかぶる。
「良き魂に生まれ変わらんことを······」
ジャックが大鎌を振り下ろそうとしたその時、予想外のことが起きる。
「ジャック避けて!」
ドラゴンは自身の首を180°回転させ、ジャックの方に顔を向ける。
「おいおい、マジかよ。まだ死にたくねぇってか?」
そのまま口を大きく開け、背中のジャックめがけて黒いオーラの塊を放つ。
「うおっ!」
間一髪、ジャックは背中から飛び降り被弾を免れた。黒い塊はドラゴンの背中で爆発したが、ダメージにはなっていない。
ジャックが着地したところに、ドラゴンは前脚を振りかざし攻撃を仕掛けようとする。しかし、それに反応したイリスが神聖魔法で光弾を放ち、ドラゴンは少しよろめいた。
「ジャック、もっと出力を上げていいよ。アンデッドになって出来ることは増えたみたいだけど、生前のような異常なタフさは無くなってる。見て」
イリスが指差す先は、光弾が命中した首の付け根。僅かに罅が入り、オーラが弱まっている。
「わたしのしょぼい光弾でさえダメージになっている。あなたの本気の一撃なら多分仕留められる」
「そうか。なら、少し時間稼いでくんねぇか? 溜めがいる」
「分かった。シャルロット、アイツの注意を引き付けてほしい。援護はわたしがする」
「任せて」
シャルロットはストレッチをした後、勢いよく飛び出していく。魔力で身体強化を行いスピードを高め、ドラゴンの周囲を縦横無尽に駆け回る。ドラゴンはその動きに喰いついた。ネズミを仕留めようとする猫のように、シャルロットに釘付けになった。
ジャックも準備に入った。大鎌に神聖魔法の力を集中させている。
「ラヴィーナ来て」
イリスは相棒のラヴィーナを呼び出す。ラヴィーナはイリスの相棒である白いフクロウのことだ。普段は彼女の肩に留まっているが、遺跡に入ってからは常に飛行し、離れた所からアンデッドを観察していた。
「便利だなぁ。さっき俺に避けろって言ったのも、そいつのおかげだろ?」
「いざって時頼りになるからね。いつも傍に置いている」
ラヴィーナがイリスの肩に留まる。
「ラヴィーナ、視えたら教えて」
ラヴィーナは召喚魔法で呼び出され、イリスと契約した魔法生物である。特筆すべき能力は末来視。ラヴィーナの視界内で起こる数秒先の出来事を予知し、主人であるイリスに内容を共有することが出来る。
ラヴィーナは目を光らせ、未来予知を始めた。
シャルロットはドラゴンの攻撃を躱しながら、動き回っている。脚と尾の打撃に加え、黒いオーラによる遠距離攻撃が土埃を巻き上げながら襲い掛かる。
スタミナには余裕があったが、シャルロットの視界はどんどん悪くなっていった。
そして、ラヴィーナの予知の内容がイリスに共有される。
「シャルロット、下に潜って!」
「下ぁ!?」
予知の内容は、黒いオーラの塊がシャルロットに連射されるというもの。その直後、ドラゴンは予知通り黒いオーラの塊を連射する。
「やばっ!」
シャルロットは、イリスの助言通りドラゴンの腹下に滑り込み攻撃を回避した。
『グルル······』
シャルロットが腹下に潜りもんだことで、ドラゴンはイライラし始めた。自分の首を腹下まで伸ばしシャルロットを捕捉。口を開け、黒いオーラのブレスを放とうとしている。
「ちょっと待って、これどうやって······」
危機を感じたシャルロットだったが、ドラゴンが突然ひるみ攻撃を中断した。原因はイリス。彼女が威力の高い光弾を首に命中させた。
「シャルロット! もう大丈夫、戻ってきて!」
「分かった!」
光弾がかなりのダメージになったのか、ドラゴンはふらついていて態勢をと問えることが出来ていない。シャルロットは急いで腹下から脱出。イリスとジャックの下へ戻ってきた。
「ありがとう。怪我は?」
「問題ないわ。かなりヒヤヒヤしたけどね」
「ならよかった。ジャック、そっちは?」
ジャックは大鎌を構えた状態で待機していた。大鎌には、凄まじい神聖魔法の力が込められている。
「あと少しだ」
それを聞いたイリスは、神聖魔法でドラゴンの下から光の鎖を出現させた。動けないように脚、胴、首をがっちりと固定する。
神聖魔法の力に充てられ、ドラゴンは咆哮を上げながら鎖を引きちぎろうと暴れだした。
「この魔法はあんまり長く続かない。溜まったらすぐに撃って」
「······」
*
戦闘が始まってから、ルベルの容体は悪化する一方だった。味方の様子を確認する気さえ起きない。壁を背に座り込んだまま動けずにいた。
(さっき感じたあの気持ち悪さが消えない。むしろ、どんどん大きくなっている。魔力切れとが疲れてるとかじゃあない。全身が異常なことになってるんだ······あの気持ち悪さを拒もうとしているのに対して、それを受け入れようとしている自分もいる)
息を切らしながら、弱々しい動きで右手を前に突き出す。得意の炎魔法を使ってみようと、右手に魔力を集中させるがいつものように炎が出せなかった。
(やっぱりおかしい······でも、どうしたらいいんだ······)
たちまち手を動かす力すら無くなり、右手は力なく床に落ちる。目も虚ろになり、今にも意識を失いそうになっていた。しかし――
『オマエなのカ?』
(誰だ!?)
ルベルの頭に、誰かの声が響く。
『いや、よく見たら違ウ。だが、アイツと同じモノは持っているナ』
(誰なんだ! 返事をしてくれ!)
『役目はもう終わりダ。今度こそ、オレは本当に死ヌ。オレの持っているモノを、全てオマエに託ス。取り返しのつかないことになる前二······守ってくレ、この国ヲ······』
(······?)
正体不明の声は、突然途切れる。
『ドクンッ!』
同時に、ルベルの心臓は激しく鼓動し始めた。




