037 アノーゼの手助け
アズラットは少女を守らなければならない。
それは最初にゴブリンと戦うことを決めた時からの絶対条件である。
今からでも少女を見捨てることはできる。
アズラットが自分の命を第一に考えるのならそうするべきだろう。
しかし、アズラットはそうしない。
そもそもそうする気があるなら最初から助けに行くことをしない。
もちろん心変わりから自分の命を最優先にする可能性がないとは言わない。
だがアズラットはそうすることはない。自信を何よりも優先するならば最初からそうしている。
(ああああああああ! もーっ!)
アズラットはその身を持って少女を守っている。
自身の体を巨大化させ頑なに少女を守っている。
ゴブリンたちもアズラットに攻撃するよりも少女を狙って攻撃したほうがいいのはわかったようだ。
アズラットを狙わなくとも少女を狙う攻撃さえすればアズラットは勝手に当たってくれる。
(くそう……しかし、どうする?)
少女を守りながらアズラットが戦うのは不可能である。
アズラットの体はかなり圧縮されており<圧縮>を解除するとそれなりの大きさになる。
しかし、それは遺跡構造の迷宮を地面壁天井に接地するほどの大きさになるくらいであり、現状を改善する手にはならない。
アズラットの周りにいるゴブリンを飲み込むことは出来そうだ。だがそれくらいしかできない。
それにそんなことをすると確実に少女を巻き込むことになる。
少女だけを巻き込まないように対処するのは難しい。
できないとは言わないが、それをする場合かなり繊細な体の動作が必要になる。
それに少女を巻き込まないことはできてもそれ以外に関しては厳しいものがある。
体内に取り込んだ少女に攻撃されれば恐らく当たってしまうし、アズラットの核を狙われると危険になる。
今までアズラットがゴブリンたちの矢を殆ど無効できていたのは圧縮した体であったためだ。
それを解除した状態では著しく防御力が下がる。
それこそビッグスライムの初期防御力並になるだろう。
(どうにかする手段は? スキルとか……)
『スキルも万能じゃありません! 起死回生のスキルなんて簡単に得られるはずがないでしょう!?』
『っ……アノーゼ』
『もう、本当にアズラットさんは無茶ばかりする人ですね!』
『いや、そんなこと言っている場合じゃないだろ』
アズラットの言う通り、暢気に会話をしている場合ではない。
しかし、アノーゼの存在はアズラットにとって起死回生の一手である。
『何かいい手はないか?』
『こういう時私に頼れば何とかなると思ってませんか? 思ってますよね? 今度は本気で前以上に説教しますよ? いいですか?』
『ごめんなさい!』
流石にアノーゼもいいように使われる……のはいいのかもしれないが、しかし今回アノーゼが問題とするのはそこではない。
アノーゼはあくまでアズラットを見守り、意思を伝えスキルや進化に関わる事柄に関われると言うだけの存在である。
仮にアズラットが死にかけてもアノーゼに手を出すことは許されない。
スキルを与えるくらいしかできない。
本当に危険なことになった場合自分でもどうにもできないこともある。
それゆえに説教するぞと言っているのである。
だが、アノーゼに今回起死回生の一手がないわけではない。
『……アズラットさん。こちらからスキルを与えます』
『え? 起死回生の一手が』
『スキルは起死回生の一手にはなりません。えっと、私からアズラットさんに与えるスキルは<念話>と<契約>です』
『…………<念話>に<契約>?』
状況的にその二つが起死回生の手になるとは思いづらい。それらのスキルは戦闘に関与するようなものではないだろう。
これでゴブリンたちと話し合え、とでも言っているのかと思うくらいだが話し合う意味もないだろう。
今はゴブリンたちが有利。仮にアズラットが攻撃の静止を呼び掛けても攻撃を止める意味がない。
『はい。そこにいる冒険者の少女に<念話>で契約を受け入れるように呼び掛けて下さい』
『……それに何の意味が』
『話は後でします。契約の内容に関しては、少女はアズラットさんを傷つけない攻撃しない敵対しない、アズラットさんも少女に対し傷つけない攻撃しない敵対しない、そういう内容でお互い契約するんです。つまりは両者が相手に害意を持って傷つけることができないようにする、ということですね』
『…………アノーゼ? 何を目的にそんなことを』
アズラットにはそうする理由がわからない。
アズラットに少女を傷つける理由はない。だから手を出すことはあり得ない。
少女側はわからないが、しかし少女も現状でアノーゼを傷つけるのは容易ではないだろう。
後々を考えるのならばそれは悪い選択肢でもないが、今この戦闘の最中にやるべきことだろうか。
さらに言えば今のアズラットのスキル枠を考えるとスキル枠が全部埋まることになる。
それは今後何かをする場合に新しくスキルを得ることができないということを意味するだろう。
『私はスキルに関することだけしかできないわけではないんです。アズラットさんに限ってですが、進化に関して干渉する権限を持っています』
以前ビッグスライムに進化するとき、アノーゼはアズラットに関わる色々な権限を持っていると自分から言っている。
それに関して、今回その力を使うと言うことであるようだ。
とはいっても、別に違法なことをするわけではない。
あくまで彼女が行使できる権限を使ってのものである。
『アズラットさんの現在のレベルは二十三。実は既に次の進化条件を満たしています』
『え? マジで? いったいいつ……』
『あの時はアズラットさんは色々とショックを受けていたと思うのですぐには言い出しませんでした。人を食らって進化できるようになったなんて嬉しくはないでしょうから』
『あの時か……』
ゴブリンたちの苗床となっていた女性たちを殺し食らった時。
アズラットはその時に進化に必要なレベルの要件を満たした。
本当はその時点でアノーゼから伝えてもよかったが、アズラットの心境を考慮して伝えなかった。
『でも、進化しても……』
『進化を暴走させます。いっきにヒュージスライムへの進化を暴走させることで本来のヒュージスライムの攻撃能力、巨大さを発揮させます。それでこの集落のほとんどを飲み込めるでしょう。少なくとも周りにいる生物はほぼ殲滅できます』
『……それはすごいな。でも、それをやってアノーゼは大丈夫なのか?』
『私としてはこれでアズラットさんに負担がいかないかの方が不安ですけど』
進化を暴走させるのだからアズラットに対し何らかの負荷が行く可能性がある。
そこがアノーゼにとって最大のネックだ。
アノーゼ側にも代償はないわけではないが、それはアノーゼにとっては大したことではない。
いや、これはアズラットに関わることだから大したことがないと言う意味ではなく、本当に大したことがない内容である。
まあアノーゼにとっては色々と方々に喧嘩を売りたくなるような代償であるが、本当に大したことがない。
『むしろ<契約>の方が負担は大きいんです。<念話>は<アナウンス>での会話もあって取得は可能ですが、<契約>はちょっと怪しいんです。一応私の寵愛の業が<契約>に近い関わり方ということでごまかせますが……進化の暴走も含めてそこで私は今回の事の代償を支払わなければなりません』
『ちょっと!? それは流石に』
『始末書ものです! でもその程度で済むなら安い物なんですが……恐らくはアズラットさんに数日は連絡できません! 見守ることすらできないのは苦痛です! 上の神様をぶち殺してでもなんとかしたいですよ全く! できませんけど!』
『……………………ごめん、今ガチのバトル中でシリアス中だと思うんだけど?』
『私は本気ですよ!? アズラットさん断ちなんてできるはずがないんですから! でも強制的にやらされるんです!』
『わかった! もうそれ以上言わなくてもいいから!』
真面目な戦いだったのにアノーゼの話でどこか気が抜けるような状況になってきた気がするアズラット。
もっとも、今もゴブリンたちの攻撃を受けていることに変わりはなくかなり危険な状態である。
アノーゼの言った通り、なんとかするための行動をしなければいけない。そのためにアズラットは動き出す。
<スキル:念話を取得しました>
<スキル:契約を取得しました>
『・種族:ビッグスライム Lv23
・名称:アズラット
・業
スキル神の寵愛(天使)
■■■
偽善の心得
・スキル 7枠
<アナウンス> <ステータス>
<圧縮lv31> <跳躍lv16>
<隠蔽lv10> <念話> <契約> 』




