036 一対多、守りの戦い
ゴブリンたちの集落、その場所に少女が運び込まれる。
この集落の入り口はそれなりに狭い。
しかし少女を運び込むのにそこまでの大変さはない。
仮に男性であっても入り口に入るのは簡単である。
問題があるとすると入った後の狭さだろう。
運び込まれた少女もまともに入って移動しようとすれば中腰に近い体勢にならざるを得ない。
この集落に入るための道はゴブリンたちだからこそ容易に移動できる穴なのである。
では運び込むのはどうなのか?
運び込む場合ゴブリンたちが少女を運搬するのでそれなりに楽に行ける。
穴の大きさは縦が低いのが一番問題で横はまだそこまで狭くない。
一応はそれなりに広さはある。あくまでゴブリンたちにとって、ではあるが。
そうして少女が運び込まれる。運び込まれた少女を見てゴブリンたちが騒ぎ出す。
「ひっ…………」
ゴブリンたちが少女を見て騒ぐのは久々の女の獲物だからだろう。
もちろん食事の意味合いではない。
少女もゴブリンたちに捕まった女性の末路は理解している。
それゆえに彼らの反応に恐怖しか浮かばない。
「やだ…………やだぁ……」
泣きながら、小さく声を上げる。それを聞いてゴブリンたちは笑うだけである。
ゴブリンたちにとって少女が悲しもうが、苦しもうが関係がない。
彼らにとって性欲を満たせる相手であれば何でもいいのだから。
少女は広い場所に運ばれる。そこには玉座のような物に座って目立つゴブリンがいた。
その前に少女は運ばれる。別に少女は拘束されてはいない。
今までゴブリンに掴まれ逃げることができなかっただけだ。
しかし、今ならば少女を拘束するものはない。
逃げようと思えばその場から離れるための行動はできるだろう。
もっとも周りにいるのはゴブリンたち。逃げようとしても捕まって終わりだ。意味はない。
逃げ場はない。少女は涙目で目の前にいるゴブリンを見る。
そんな少女に対し、偉そうなゴブリンはにたりと笑みを浮かべる。いやらしい笑みを。
「ひぃ」
そのゴブリンが少女に対して何をするつもりなのか。
少女はゴブリンの浮かべた笑みに見覚えがある。
彼女が冒険者ギルドにいた時に彼女を誘った冒険者が浮かべていた笑みだ。
下卑た視線、いやらしい視線、それを伴った笑み。
何を考えているのかあまり物を知らない少女でもわかるような笑みだ。
少女を誘うような冒険者は彼らくらい、成人もまだな少女を仲間として迎え入れる冒険者はそうはいない。
なんとなく目的が見えるため誘いを受けず一人で迷宮に入ることを選ぶ。
そしてその選択のまま進んだ結果このゴブリンの集落に連れてこられた。
仮に己の純潔を奪われるとしても、まだ冒険者相手の方がマシだったかもしれないと思うくらいに状況は悲惨である。
「やだ……やめて! 近づかないで……!」
そう言われて近もづくのを止めることはあり得ない。何故なら相手はゴブリンなのだから。
少女に近づきその処女を味見するために。自分がいの一番に彼女を食い物にするために。
そのゴブリンはこの集落に連れ込まれた女性を最初に味わう権利を持つ。
この集落の王、この集落の頭脳、この集落の導き手。
この場にいるゴブリンの中で誰よりも強く頭がいいゆえに。
その足が少女の前で立ち止まる。そしてそのゴブリンは少女に手を伸ばそうとして…………
「ひっ」
少女が怯え、体を竦ませる。
そんな少女に対してゴブリンはこれといった反応をしなかった。
しかし、ゴブリンは突然見上げるように頭を上げ、一気にその場から跳び退った。
「え?」
水の入った袋が地面に落ちた時のような音がして、その場所に大きなスライムが降ってくる。
「きゃあああああああっ!?」
いきなり目の前に現れたスライム。
ゴブリンに恐怖していたところに今度はスライム、それもかなり大きなスライムである。
もう何が何だかわからなくなり、少女は悲鳴を上げて体を縮こまらせる。
目をつぶって、もう現実を見ないとでもいうように。
(くそっ! 避けやがった!)
奇襲。アズラットは少女に向かったこの集落のリーダーであるだろうゴブリンに<跳躍>と<圧縮>の解除を行い飛びかかった。
通常のゴブリンであれば突然現れた巨大化したスライムが降ってきても対処することは不可能だっただろう。
しかしそのゴブリンは違った。恐らくは何らかの能力があるのか、身体機能が高いのか。
頭上から降ってきたアズラットのことを感知したのである。
それゆえに少女に手を出すことのできるおいしい場面であったが自分を襲う危険からその身を守るために避けた。
(……アノーゼが言っていたのはこれか? ちっ!)
アズラットはアノーゼに言われていた。狙うならば情事中がいいと。
少女に夢中になっている時のゴブリンを襲うのがいいのだと。
それはそういったことをしている間は単純に隙だらけだというのが大きい。
少なくともそういうことの最中のゴブリンにまともなスキルを使用する能力はないだろう。
今のようにアズラットを感知し逃げると言うのは難しい。スキル以外の面でも色々と。
(だけど、流石にそれはな)
アズラットの目的は確かにこのゴブリンを殺すことだが、代わりに少女を犠牲にすると言うのは自身の心が許さない。
それゆえにアズラットは少女に手を出そうとしたタイミングを狙い襲った。しかし回避された。
周りのゴブリンたちがギャッギャと騒ぎ出す。
いきなり現れたスライム、それも見かけたら襲って殺すことを命令されている相手。
その相手であるアズラットに対し周りにいるゴブリンたちが襲い掛かる。
「ギャーッ!」
「ギャギャッ!」
(少し伸ばす。取り込む……そして<圧縮>)
近づいてきたゴブリンたちはあっさりとアズラットに飲み込まれる。
物理攻撃主体のゴブリンはアズラットにとって敵ではない。
そして体に取り込んだゴブリンを一気に<圧縮>で体ごと潰す。
流石に今はあまり食事の余裕はないので体を捨てざるを得ない。
しかし、目の前でそんな光景を見せられれば他のゴブリンたちもアズラットに襲い掛かるのを臆する。
そんなゴブリンたちを見てアズラットは攻撃に参加してくれないのであればいいな、と思う。
だがそれもあくまで願望でしかない。
アズラットの攻撃を避けたリーダー格のゴブリンが叫ぶ。
「ギャギャッギギャーッ!!」
その叫びでアズラットの周りを囲むようにゴブリンたちが取り囲む。
完全に逃げ場を無くした状態。
(……なんだ?)
襲ってこないのは仕方がない。
それはそれでアズラットとして次の手を考える猶予ができるので構わない。
だが相手もただ無意味に襲わないわけではない。
近距離攻撃はできないのならば遠距離攻撃をすればいい。彼らはそう考えたようだ。
周りを囲むゴブリンたちの外側からアズラットに向けて矢を射かけてくる。
放物線を描くように放たれる矢。それは大した威力はないだろう。
(この程度なら安全だな。流石にゴブリンの魔術師とかは……いないよな?)
アズラットに害することができるのは、剣など切れ味のいい金属武器、槌などの重量で攻め込む武器、あとは魔術などの特殊な攻撃だろう。
ただの矢であれば、勢いよく撃ってきたとしても金属製の切れ味のいい矢であっても簡単に核には届かない。
上から降ってくるだけのゴブリンの放つ矢はアズラットにとっては脅威ではない。
(……この位置!)
アズラットには。
「きゃああっ!?」
(くそもうっ! 流れ矢とか勘弁しろよなっ!?)
アズラットを襲う矢はアズラットにとって脅威ではない。
しかしアズラットを狙う矢は不安定な攻撃である。
狙い通りにアズラットに向かっていかず、その軌跡が少女を狙う軌跡になった物が発生する。
ゴブリンたちにとって少女は別にどうでもいい。
現時点ではアズラットが最優先な状態であるのでそれ自体に意味はなかった。
しかしアズラットにとっては別だ。アズラットは少女を守らなければいけない。
ゆえにアズラットは<圧縮>を一部解いて体を伸ばして少女に届く矢を防がなければならなかった。
「ギギギャ! ギャギャッギャギー!!」
そのアズラットの行動を、リーダー格のゴブリンは見逃さなかった。




