第五話 ユニコーンの角②
『踊る剣』と『殺戮曲馬団』の戦闘が始まった。
十対四十という圧倒的な人数差だったが、意外にも戦いは数に劣る『踊る剣』の圧倒であった。
特に『踊る剣』のユニコーン討伐隊の隊長、ファンドの振るう大斧の勢いは凄まじい。
「ラァッ! オラァッ!」
豪快に振るわれる大斧に牽制され、数で勝る『殺戮曲馬団』の覆面男達は、攻めあぐねていた。
五人掛かりでファンドへ押しかけたはいいものの、後一歩の距離を詰めることができない。
明らかに一番の実力者であるファンドと交戦するような真似は避けたいが、サブギルドマスターであるクラウンの手前、あからさまに避けるわけにもいかない。
『殺戮曲馬団』の面子は、こんな優位な戦いで、自分だけ大怪我を負うような真似は避けたかった。
そういった背景があり、故に、戦闘のモチベーションが低かった。
『踊る剣』は冒険者の都、都市バライラにおいても上位一割に入る強ギルドである。
数で圧倒しているとはいえ、『殺戮曲馬団』の下っ端であるチンピラ上がりの冒険者が無傷で片付けられるほど甘い相手ではなかった。
「何をしている! 早く斬り殺せ! 囲めば余裕だろうが!」
クラウンが怒鳴ると、数名の覆面男が、そうっとファンドの背後へ回ろうとする。
それを待っていた軽装の女剣士タルミャがふわりと馬の背から跳び、覆面男の項を両刃ナイフで素早く斬りつけて蹴落とし、その馬を奪った。
「よくやったタルミャ」
「噂ほどでもないわね。所詮はただのゴロツキかしら?」
「このっ!」
覆面男の一人が吹き矢を構え、ファンドへと放つ。
ファンドは屈みながら大斧を振り回して、近くにいた覆面男を脅かして後退させることで、彼の背を上手く盾に用いて吹き矢を防いだ。
背を吹き矢で穿たれた覆面男が落馬する。
(乱戦状態で、扱いなれてない飛び道具を使うとはな。仲間意識も何もない。おまけに今の奴の軽はずみな行動で士気もかなり落ちただろう)
ファンドはすっと息を吸い、大声で叫んだ。
「気を付けろ! こいつら、敵の中紛れても平気で撃ってくるぞ! 平気で背中を撃ち抜きやがった!」
これは味方への警告というよりも、敵に敵の失態を告げることで、更なる士気の低下を目論んでのことである。
ファンドの声を聞いて、覆面男達は前面に出ることを明らかに避け始めた。
打って変わって『踊る剣』は熟練した連携で、非戦闘員である感知型魔術師のレッグを庇うように陣を敷き、四方から襲い来る『殺戮曲馬団』を次々に返り討ちにした。
人数の差はあるとはいえ、多少闘術を仕込まれた烏合の衆と、一流冒険者の上位メンバー。
分は、後者の方へと向いた。
『踊る剣』に未だ致命的な負傷者がいないのに対し、『殺戮曲馬団』は既に八人の死者を出していた。
実力の差よりも意識の差、チームワークの差が大きく出た結果であった。
「オメーら、遊びじゃねぇんだぞ! クソ、どいつもこいつも役立たずが……」
クラウンがギリリと、毒々しい紅で彩られた唇を噛む。
クラウンにしても、所詮いくらでも替えの利く消耗品としか部下達を見ていない。
大将の差が勝負を分ける、それを如実に表した戦いとなった。
「貴方は、見ているだけですか?」
『踊る剣』の眼帯の剣士、トルクがクラウンへと馬で接近し、剣を向けた。
「舐められたもんだな、オメェーみたいなガキに俺が取れると思ってんのかよ?」
クラウンが顔に皺を寄せて化粧を崩しながらトルクを睨む。
トルクが剣を突き出す。
クラウンの姿がふっと消え、トルクの剣は宙を穿った。
「な……どこに?」
言った瞬間、背後から着地する音が聞こえる。
振り向けば、馬の尻の上に、クラウンが立っていた。
「そんな剣でよくも俺を捉えきれると思ったもんだ。俺が下っ端共と同格だとでも? 甘ぇよ、甘ぇ。オメー一人、貧乏籤引いたよ」
クラウンが左手でナイフを器用にクルクルと回す。
トルクは慌てて馬を蹴って跳び降りるも、気が付いた時には足の太腿にナイフが突き立てられていた。
「うぐぁっ!」
トルクは体勢を崩しながら地面を転がり、武器を投げ出して足を押さえる。
「古い手に掛かったな、バカが」
これ見よがしにナイフを回す左手に意識を集中させ、逆の手で相手の意識の隙を突いてナイフを投げる。
クラウンの得意技であった。
(とはいえ、今から盛り返すのは無理か……甘く見過ぎてたな。別のサブマスターに連絡入れてたら間に合わねぇ。どうにか罠に掛けて、あの角を掠め取られねぇと、依頼主サマとマスターの機嫌を損ねちまう)
クラウンは舌打ちを鳴らし、そのままトルクの馬に乗って逃走を始めた。
その姿を見て、他の覆面男達も慌ててその後に続いて逃げる素振りを見せ始める。
「ク、クラウン様ァ!」
タルミャは倒れたトルクの姿を見た後、キッと猫目を獣の様に細める。
「逃がさないよ!」
タルミャが両刃ナイフを構え、一気にクラウンへと距離を詰める。
「このクソ道化が!」
『踊る剣』の冒険者の一人が、大きく弓を引いてクラウンへと矢を放った。
クラウンは振り返り、ナイフで矢を叩き斬る。
その隙にタルミャがクラウンを回り込みつつ、馬の足の付け根を両刃のナイフで抉った。
馬が崩れるより先にクラウンは馬から飛び降りる。
「オメーらぁっ! 大将が逃げるんだから、ちっとは足止めしろやぁ! クソッ……」
タルミャがクラウンへと馬を突進させる。
クラウンはトルクのときと同様、跳び上がって回避しつつ、タルミャの馬へと乗ろうとした。
空中で、タルミャと顔を合わせることになった。
「……あ?」
クラウンが跳ぶのと同時に、タルミャも跳び上がっていたのだ。
そのままタルミャが両刃ナイフでクラウンに斬り掛かる。
クラウンも袖を振って隠していたナイフを素早く取り出し、応戦する。
刃物がぶつかり合い、金属音を響かせる。
タルミャは素早く手首を回し、両刃ナイフの逆側についている刃をクラウンの喉元へと掬い上げる。
クラウンが寸前で回避するも、続けて両刃ナイフの持ち味を活かし上の刃で下の刃で、器用に手首を回しながら、交互に素早い連続攻撃を繰り出す。
クラウンは連撃をどうにか普通のナイフで往なしていたが、今はタルミャの最も得意とする間合いであった。
クラウンは回避し損ねて、ついに頬へと浅い傷を付けらる。
クラウンは目を血走らせ、両刃ナイフを勢いよく弾いてタルミャの姿勢を崩させ、その間に後ろへ跳んで距離を取り、体勢を整える。
「やってくれたな……」
先ほどは不意を突かれはしたが、単純な実力ならばクラウンが勝る。
クラウンには、間合いさえ取り直せば、タルミャをすぐに倒せる自信があった。
だがそこへ、追いついた『踊る剣』の冒険者が、クラウン目掛けて騎乗から槍を突き出した。
槍使いのボトムである。
「チッ!」
これもクラウンは回避する。
が、多対一ではあまりに分が悪い。
「オイオイテメーら何やって……」
顔を上げ、部下を怒鳴ろうとして、クラウンは絶句した。
戦場は覆面の死体だらけになっていた。
残る部下はせいぜい八名といったところだった。他は皆殺されたか、逃げてしまったのだ。
八人も残りたくて残ったわけではなく、『踊る剣』の冒険者に囲まれ、逃げたくても逃げられないというのが本音のようだった。
その内の二人は手を挙げて命乞いをしている。
「こ、このクソ共が……!」
「観念しろっ!」
ボトムが馬を旋回させてクラウンの元へと戻り、再び刺突を放とうとする。
そのボトム目掛け、クラウンより遥か後ろから矢が放たれた。
「え、援軍か?」
ボトムが左へ避けたところ……そこにも、次の矢が放たれていた。
「えっ……?」
矢は、ボトムの首を側部から貫いた。
二射目の矢は、ボトムの一射目の矢の回避先を狙って放たれたかのようであった。
しかし、まさか、いくらなんでもあり得ない。
もし同じ人物が放ったのだとしたら、矢の連射速度が速すぎる。
おまけに、その連射の間に馬を乗って高速で移動しているボトムの矢を避ける頭部の軌道を予測し、そこへ狙い通りに矢を放つなどと、あまりに人間離れした技である。
ボトムは驚愕の表情のままだらんと槍を手から離し、馬から落下する。
即死――それは明らかであった。
快勝ムードの中の突然の横槍による仲間の死は、『踊る剣』の面子に大きな衝撃を与えた。
必死に声を掛け合っていた『踊る剣』の面子が、しんと黙った。
辛うじて「ボトム……?」と射られた彼を呼ぶ声がしたが、小さな掠れた声であり、風の中に紛れて消えてしまった。
「ハッハ、当たった当たった」
矢が飛んできた方向から現れたのは、弓を手にした一人の美青年であった。
カールの掛かった橙の髪をしており、緑を基調とした貴族服に身を包んでいる。
空の様に透き通った色の、毛並み美しい馬に跨っていた。
その姿は、まるで本の中から飛び出してきた王子様のようでもあった。
「な、何者だお前は……?」
援護されたクラウンでさえ、その男のことなど知らなかった。
「俺はただ、弱者の味方だ! 勝ち馬に乗るより、戦況をひっくり返した方が楽しいし、何より感謝されるからね。俺はそれがたまらなく好きなのさ」
目を細めて冗談めかしたふうに言い、にっこりと笑う。
「せ、戦神ロビンフッド……!? まさか、都市バライラに戻っていたのか!?」
ファンドが男の顔を見て驚愕する。
ロビンフッド――都市バライラ出身の冒険者である。
卓越した戦闘技術を持ちながらも、あまりの戦闘狂さと身勝手さのため牢に入れられることになった男である。
処刑が決まっていたが、彼は人心掌握術にも優れており、看守を篭絡してあっさりと脱獄に成功してしまったのだ。
争いが大好きで、好んで引き起こすことがあれば、他人の争いに首を突っ込んで引っ掻き回すのも大好きだった。
基本的に分の悪い方に着くが、均衡していればコイントスでどちらに着くか決めることもある。
自分が活躍できれば、なんでもいいのだ。
気まぐれに手を貸すことがあっても、その実人助けに興味など微塵もない。
歪んでいようが、都市バライラでゼロから名を上げるのには一番手っ取り早い手法である。それは間違いない。
ロビンフッドは、冒険者の都バライラが生み出した化け物であると言えた。
「道化の一味よ、このロビンフッドが助太刀いたそう! 部下を置いて逃げ出す軟弱者に代わり、たった今よりこの私が指揮を執る! 逃げるな、闘え! 囀るな吠えよ! 勝利の美酒に酔いたくば、俺と共にあれ!」




