第十話 一流冒険者クレイドル①
ランベールは村を出て、冒険者三人の同行の元に都市アインザスへと向かうこととなった。
彼らの話によれば、この辺り一帯はオーボック伯爵が治めており、そのオーボック伯爵が実際に住んでいるのが都市アインザスであり、戦争時代の名残を引き継いでおり、ぐるりと円状に並んだ建物が内部への侵略を妨げる作りになっているという。
栄えた都市ではあるが、今の伯爵の代に替わってからは治安が悪化し、胡散臭い連中が街の中をうろついていることも珍しくないらしい。
「……ふむ、なるほど。俺が想定していたよりも、年月に差異があるらしい」
ランベールは鎧兜の顎に手を当て、ぶつぶつと呟いてあれやこれやと思案していた。
その様子を、冒険者三人組はやや不審げに観察していた。彼らはランベールの正体を訝しみ始めていた。王家の関係者を匂わせている割には悪目立ちする旧式の鎧を身に付けており、レギオス王国の重要都市であるアインザスについても疎いと見える。しかしランベールの発する異様な雰囲気が、安直にランベールに正体を尋ねることを躊躇わせていた。
「あ、あの……騎士様の、お名前を窺ってもよろしいでしょうか?」
三人の中からリーダー格であるフィオナが、ランベールへと尋ねた。それは他の冒険者である二人、ロイドとリリーに急かされてのことであった。フィオナは実力も精神面も三人の中で最も優れていたが、頼まれると断れない善人気質であった。そのため、いつも敬遠されがちなことを任されていた。リーダーになったのもそういった節が強い。
「……名前、か」
ランベールはここでしばし悩んだ。
正直に明かしてしまえば、王家が自分のことを嗅ぎつけて抹殺しに来るのは目に見えている。
ランベールはかつての主君であり自分を裏切ったオーレリアに複雑な感情を抱いてはいたが、オーレリアを暗殺してこの国をひっくり返してやろうというようなことは考えていなかった。
ランベールは静かにこの国を見て回りたい、その一心であったのだ。
余計な波風を立てて追われる身にはなりたくなかったし、国を騒がせたくもなかった。
ランベール自身、自分がオーレリアをどうしたいのか、その答えも出ていないのだ。
彼女の決断は非情ではあった、妥協してもいいところでもあったかもしれない。
だが、それでも王として決定的に間違っているとは決して言えない。
ランベールは、そのことをわかっていた。
「…………」
ランベールが感傷に浸っているのを見て、フィオナはランベールの機嫌を損ねてしまったのだと考えた。
(や、やはり、自分が言い出さないのにはわけがあるに違いない。訊くべきではなかったかもしれない)
そう思い、フィオナは首を振った。
「俺の名は……」
「い、いえ! 騎士様が答えたくないのであれば、結構です!」
ランベールが適当に名乗って誤魔化そうとしたのと、フィオナが名前の言及を放棄したのは、ほぼ同時であった。しばし、気まずい沈黙に両者の間が支配される。
「え、えっと……」
「……実は、名乗る前に、一つだけ聞かせてもらいたいことがあるのだ。かつて……大きな戦争があったはずだ。大陸の西部を統一する、長きに渡る戦乱が……それが終結したのは、何年前のことだ?」
フィオナはきょとんとした表情を浮かべ、ロイドとリリーの方を振り返った。
ロイドとリリーも困惑していた。
当然である。八国統一戦争のことは、誰もが子供の頃から聞かされて育ってきているのだ。
仮にも王家関係者を自称するランベールがその年号さえも知らないというのは、どうにも奇妙なことであった。
「聞こえなかったか? それとも、まさか知らないとは言わんだろうな」
ランベールが質問を重ねる。
その質問さえ、彼らにとっては奇妙なものであった。
「に、二百三十年前……」
フィオナはぽつりと口にした。
「む? 何の話だ?」
「い、いえ、八国統一戦争が、終結した時期の話です……」
「に、にひゃく、さんじゅうねん……ま、間違いではないのか?」
「え、ええ……そのはずですが」
ランベールは、あまりのショックによろめき、膝を突いた。
二百三十年……アンデッドとしてこの世に戻るには、あまりに長すぎる年月である。
だが、今までその時間の経過を示すものはあった。いくらでもあった。
その度、ランベールは違和感に苛まれていたのだから。
地形の変化、地名の変化……夢でしかなかった制度が、いつの間にか当たり前の様に施行されている。
ランベールの魔金鎧、『レギオニクス・オルガジェラ・アーマー』を村人が誰一人知らないことにも、ようやく納得がいった。
正体がバレなかったのは幸運ではあったが、四魔将の鎧をなぜ誰もわからないのだと少々不満に思っていたのだ。
知らないはずである。とうの昔に過去の遺物と成り果てていたのだから。
都市に着く前に鎧をどう誤魔化すか策を練らねばと考えていたのだが、それもすっかりと杞憂であることは判明してしまった。
ランベールにとって、オーレリアがとっくに死んでいるであろうということも大きなショックであった。
遠目からでも一目見て、今の大陸の王となった姿を確認したかったのだ。
彼女を祝福できるのか、呪恨の念を抱きながら去るのか、それは自分でもわからなかった。
しかし、確認せねば未練を消し去り、今の肉体からは解放されないだろうという、確固たる確信がランベールの中にはあった。
元より、そのためだけにランベールは四魔将となり、剣を振るい続けていたのだから。
その願いが果たされるかと思いきや、まさかのジェネレーションギャップである。
復活するのは二百年ほど遅かった。
「そ、そんな馬鹿な……。こんな、こんなことがあり得るのか? へ、陛下は、もうこの世にはいない……?」
「どど、どうなされましたか!?」
落胆するランベールを前に、フィオナはただただ狼狽えていた。
「……あの人、ショック受けてる?」
「なぁ、ちょっと危ない人なんじゃないか……どうにもおかしいぜ。助けてもらっといて、なんなんだけどよ」
「高名な剣士であることは、間違いない。はず……だけど……」
リリーとロイドはランベールとフィオナの噛み合わないやり取りを眺めながら、ランベールの情緒不安定とも取れる言動に若干の恐怖を抱いていた。