第九話 盗賊団⑤
「ありがとうございます。なんと御礼を言ったらよいやら……」
ランベールは、広場で村人達に囲まれていた。
直接ランベールの前に立って礼を口にしている白髪の老人は、この村の長である。
他の村人達も、地に頭をつける勢いで、ぺこぺこと卑屈に頭を下げる。
「災難だった……で、片付けられる話ではないらしいな」
「騎士様……? それは、どういう……」
ランベールは首領を拷問し、盗賊騒動の背景をあらかた把握していた。
どうやら盗賊団の首領は『この村を襲っても、領主であるオーボック伯爵が私兵を派遣することはない』という情報を得ていたようであった。
情報の入手経路は、ランベール自身が現代について疎いためまったく話が噛み合わず、結局首領が先に息絶えてしまったため詳しくはわからなかったが、どうやらオーボック伯爵が故意に盗賊団達に伝えたものと考えて、間違いなさそうであった。
その理由についても、すでに村人達に訊き回って調査を終えており、だいたいの見当を付けていた。
どうやらランベールの死後、レギオス王国の決まり事に大きな変化があり、領主が各領地から徴税していい額に制限が課されているようなのである。
これはランベールも、オーレリアから何度か聞かされたことがあった。
『私が大陸西部を統一した暁には、なるべく生活に苦しむ者が出ないよう、国法を徹底して改善するつもりだ。してランベールよ、前々から考えていた改善案を、昨夜徹夜で纏めてみたのだ。お前の意見を求めたいのだが……』
『……気が早いですよ、殿下。それに、大公様の目についてもことですので』
『心配はいらないさ。ここに入らせるのは、我が母と世話係のジニー、御意見番の賢者カル爺……後は、お前とグリフくらいのものだ。信用のおける者しか入れないようにしているからな』
ランベールが昔、オーレリアに見せられた国法の改善案の一覧の中に、各地の領主が自在に決めていた税の幅に制限を課すという項目があった。
村人達から聞いて実行されていると気が付いたとき、ランベールは嬉しいような、もどかしいような、どこか憎いような、そんな気持ちに駆られていた。
しかし、その制度を掻い潜っている者も多くいるようだった。
それがオーボック伯爵である。
オーボック伯爵は村人達に大した知識がないのをいいことに制度を複雑化して煙に巻き、税を不当に多く徴収していたという。
あるとき旅人が異変に気付き、村人達へと伯爵に徴税の額に関して異議を申し立てるよう提案したのだ。
それで一時は解決し、余裕のなかった村の暮らしも随分と楽になる目処が立っていたのだという。
しかし、それからすぐに盗賊騒動である。
要するにこの村は、オーボック伯爵の見せしめとして使われたのだと、ランベールは考えていた。
オーボック伯爵が徴税額を誤魔化していたのが村一つ分であるはずがない。
他の領地に対しても似たようなことを行っていたはずである。
一か所でも気が付けば、他の領地にもあっという間に広がってしまう。
そのため盗賊を引き寄せた後に放置することで、まともに税を払わない奴らには、領主としての義務も行わないぞと、周辺領地に脅しを掛けるつもりだったのであろう。
「いつの世にも、小悪党というものはいるものだな。だが、安心しろ。俺がどうにかしてみせよう。この国に巣食う害虫は、排除せねばならん。お前達は気にしなくてもいい」
「は、はあ……?」
村人達にはランベールの言葉の意味はわからなかった。
だが盗賊の一団を仕留めた腕とランベールの気迫より、頼もしいものを感じてはいた。
気にしなくてもいいと言われた以上、重ねて尋ねる気にはならなかった。
ふと、三人の男女が歩み寄ってきた。
先ほどの人質にされていた三人の冒険者である。
さっきは顔がよく見えなかったが、今はしっかりと見えた。
ランベールは、先頭に立っている女の顔を見て、酷く驚いた。
「助かりました。なんと、御礼を申し上げればよろしいものか……。恩人に頼まれて村の様子を見に来たのですが、とても私達の手には負えなくて。さぞ名のある武人とお見受けしましたが、いったいどちらの方でしょうか?」
ぱっちりと開いた強い意志を感じさせる碧の瞳、やや長めの睫毛と高い鼻、肩に掛からない程度に短めに切りそろえられた気品ある金髪。
服や頬は盗賊達に乱雑に扱われていたためかやや土汚れがあったが、それを余りあって溢れる美しさがあった。
「へ、陛下!?」
そう、ランベールの昔の主君、オーレリアに瓜二つであったのだ。
ランベールはオーレリアに抱いていた恨みの感情をも忘れ、いつの間にか跪いていた。
突然の再会にあまりにも驚いてしまったのだ。
そのままがっくりと頭を下げ、固定していた。
「ご無礼をお許しください。まさか、陛下であられたとは……なぜこのような村へ……」
そこまで口走って、ようやくランベールも冷静になった。
そう、まず、年齢が違うのだ。目前の女性は、ランベールの記憶にあるオーレリア殿下よりも一回り年下であった。
オーレリアは少なくとも二十六歳を超えているはずであった。
だが、目の前の女は、まだ十八歳程度の容姿であった。
ランベールがちらりと上目で確認すれば、彼女は呆気に取られたようにぽかんと口を開けており、さっきの堅苦しい振る舞いと比べて更に一段と幼く見えたほどであった。
気まずい沈黙が、やや両者の間に流れた。
「お、おい、お前の実家の知り合いじゃないのか?」
「……私、フィオナの家の厄介ごとに巻き込まれるのはイヤって……今回は助かったから御の字だけど……」
後ろの二人が、オーレリア似の女へと口々に声を掛ける。
どうやら彼女の名前はフィオナというらしい。
名前が違うことを聞いて安堵したものの、しかしどうにも似すぎている。
だが落ち着いて見てみれば、フィオナにはオーレリアにはない泣きぼくろがあった。
「ち、違う! ……とは、思う。こんなに腕の立つ人は親戚にもいなかった。私が、小さい頃にあったのならば覚えていないのかもしれないが……何にせよここまで強い人ならばもう少し有名になっているはずだと思うのだが。あ、あの、兜を外していただいてもよろしいでしょうか?」
ランベールは、つい自らの兜を守るように押さえてしまった。
「いや……人違いであったようだ。気にしないでくれ」
「そ、そうですか……」
フィオナは何か言いたいことがありそうではあったが、それ以上は追及しなかった。
「ところで、お前達は都市から来たのか。戻るところだというのならば、ついでに案内してもらえないか」
「はい、私達は都市アインザスを拠点に活動しています。そちらでよろしければ、喜んで案内させていただきますが……」
「そこはオーボック伯爵のいる街か?」
「え? そうですが、伯爵に用があったのですか?」
「……いや、そういうわけではないが。とにかく、アインザスまで案内してもらえると助かる」
ランベールはフィオナ達を巻き込むつもりはなかったため、自分の考えている仮説について語るつもりはなかった。
アインザスという聞きなれない地名に首を傾げながらも、彼女達と同行することを決めた。