ドキドキ社交会
シオンに「中身は男の錦沢英二」だと白状してから、早くも一年。
いつの間にか俺たちも十二歳になり、今年はユリアナにとっての大きな転機が訪れる年だった。
それは、王家主催の貴族の子供向け社交会「ロイヤル・ソワレ」。
乙女ゲーム『ロマンスメモリアル』本編において、作中最強の悪役令嬢――イザベラ・ヴァイスローゼと出会い、その取り巻きになってしまう運命のイベントだ。
(イザベラとは関わらない方が安全か? それともゲームのストーリーを破綻させないために、あえて関わっておくべきか……)
頭を抱えて悩んでいるうちに、容赦なく社交会の幕は上がってしまった。
「うぅ……やっぱりキツい……」
ユリアナは相変わらず、ドレスのコルセットの苦しさに白目を剥きかけていた。
「おい、ユリアナ」
「あぁ……シオンか……」
「『シオンか』じゃない。ほら、もう社交会は始まってるぞ」
シオンに小突かれ、ユリアナはハッと我に返ってお嬢様スイッチをオンにした。
「まぁ! シオン様、お会いできて嬉しゅうございますわ♥」
「ああ、ユリアナ嬢、今日も愛らしいね♥
――って、ちゃうわ!」
シオンは笑顔の仮面を貼り付けたまま、小声でツッコミを入れる。
「俺にばかりくっついてないで、少しは他の方ともお話ししてきなさい、と言っているんだよ。お前、さっきから俺の腕に全力でしがみついてるだろ」
(ちっ……ここで誰とも関わらないのが一番安全だと思ったのに!)
「そんなにべったり張り付かれてると、俺も他の男貴族と話しづらいんだよ。はい、行った行った!」
シオンに優しく押し出され、広い会場に一人放り出されたユリアナは何をしていいか分からず呆然と立ち尽くした。
するとその時、背後からツンと澄ました声が響いた。
「あら。随分とシオン様と仲がよろしいことですわね」
振り返ると、何人もの令嬢たちを従えた少女がユリアナを値踏みするように見つめていた。見覚えのない顔だが、やけに刺々しいオーラを放っている。
「私たちは『シオン様被害者の会』。あんなクズ男に捕まってしまって、同情いたしますわ……!」
(あっ……!!)
ユリアナは脳内の設定資料を叩き起こした。
(そうだ、シオンが『これまでの婚約者候補たちにわざと最低な態度を取ってきた』って言ってたっけ。そしてこの少女たち……尾形先生が作った『シオン被害者の会』の設定そのままだ! 本来のゲームだと、ここでユリアナが被害者同盟のリーダーに抜擢されて、どんどん拗らせていくんだった!)
「貴女は今、あの男のいちばんの被害者。どうかしら、私たちのリーダーを務めてはくださいませんこと!?」
「お断りいたしますわ」
ユリアナはにっこりと、一ミリの迷いもなく微笑んだ。
「シオン様はとても素敵な殿方です。私にとっては、まさに理想のパートナーにございます」
「なっ、そんな馬鹿な……!」
「嘘でしょう!? 私はあの男に『女は黙って後ろを歩いていろ』と言われましたのよ!」
「そんなのまだまだ序の口ですわ! 私なんて『お前の価値はケツだけだ』と吐き捨てられましたのよ! ああ、今思い出しても気持ち悪い! あの顔と家柄じゃなければ、その場でぶん殴って差し上げましたのに!」
(……ぶん殴ったら、原作のシオンなら逆に喜びそうだな……)
「いいえ、私の受けた仕打ちに比べればそれさえも序の口ですわぁ~!」
(これより酷いのがあるのかよ!?)
「私は『女には考える脳みそなんてないんだから、大人しく飾り物になっていろ』と鼻で笑われましたわぁ~!」
「「「そんなの、まだまだ序の口ですわぁ~!!」」」
「じょ、序の口ですわぁ……!?」
ユリアナは令嬢たちのあまりのバイオレンスな暴露合戦に、思わずお嬢様言葉のイントネーションを崩しかけた。
「あら。随分と楽しそうなお話をしておりますのね。私にも混ぜてくださいかしら?」
その凛とした華やかな声が響いた瞬間、ユリアナの背筋が凍りついた。
人だかりを割って現れたのは、息を呑むほど美しい金髪を縦ロールに巻いた少女――。
作中最強の悪役令嬢、イザベラ・ヴァイスローゼだった。
「あら、イザベラ様……。実は、こちらのユリアナ嬢の婚約者についてお話ししておりましたの。私たち、全員一度はあのシオン様と婚約話が出たことがございますのよ」
「あら、全員と? 随分と手広いことですこと」
イザベラが扇子を片手にくすくすと言い放つ。
「そうなんです! 本当にシオン様はとんでもないお方ですの!
……それで、貴女はどうなの、ユリアナ嬢? 傍目には仲睦まじそうに見えるけれど、本当はもう愛想を尽かしているのでしょ?」
令嬢たちの追及に、ユリアナは自身の左手の薬指に輝く、あの青い宝石の指輪をそっと見つめた。
「いいえ。私は本当に、心からシオン様をお慕いしておりますわ。以前も、二人でお屋敷をこっそり抜け出して、商店街デートをした時にこの指輪をプレゼントしてくださったのです」
「ま、街デート……!?」
「ええ。それに、二人で凶悪な盗賊に襲われた時も、シオン様はご自身が傷だらけになりながらも『俺のユリアナに触るな!』と命がけで私を守ってくださいましたの。最近では……私の方から、積極的にお誘いしておりますのよ?」
「お、お誘い……!?」
令嬢たちが一斉に頬を染めてざわめき立つ。
「ええ。毎晩のようにお部屋に押し入っては、夜のお遊戯を。シオン様はいつも、顔を真っ赤にして付き合ってくださるのですわ♥」
「まあ……! なんてはしたな……いや、情熱的ですこと! 私たち、まだ十二歳ですのよ!?」
(嘘は言ってない。何ひとつ嘘は言ってないぞ!)
胸中でドヤ顔を決めるユリアナを、イザベラはどこか感心したような、羨むような眼差しで見つめていた。
「まあ、随分と上手くいっていらっしゃるのね。微笑ましい限りだわ」
「イザベラ様は、我が国の第一王子であらせられるレオハルト様のご婚約者様ですものね! きっと私たち以上に、お熱い関係なのでしょう?」
令嬢の一人が尋ねると、イザベラは少し寂しげに目を伏せた。
「それが……彼は中々私に振り向いてくれないのよ。どうアプローチしたらいいものかしら……」
(そうなんだよな。イザベラは本当にレオハルトが好きなんだ。だけどレオハルトは本編でサクラに出会うまで、本気で人を好きになったことがない。だから、サクラに熱を上げるレオハルトに嫉妬して、イザベラは悪役に堕ちていくんだ……)
ユリアナは、少しだけお嬢様言葉のトーンを和らげ、真摯に言葉を紡いだ。
「円満の秘訣は……お互いに『本音』で語り合うことだと思いますわ。変に自分を飾らずに本音をぶつけ合えば、余計な誤解も生まれず、より深い信頼関係を築けますから」
「本音、ね……。ユリアナ嬢は、どうやってシオン様と本音で語り合っているの?」
「そうですね……。相手が落ち込んでいる時、あるいは自分がどうしても伝えたいことがある時……勇気を出して、相手の懐に飛び込んでいくのがよろしいかと思いますわ」
「……。相手の懐に、ね。なるほど、中々難しいことだわ」
イザベラは小さく呟くと、どこか吹っ切れたような、柔らかな笑みを浮かべた。
その頃、会場の別の一角では、シオンが第一王子レオハルトと談笑していた。
「シオン。珍しく、君が一年以上も婚約破棄を言い渡されていないなんて。一体何があったんだい?」
レオハルトは、天変地異でも起きたかのような顔で問いかけてきた。
「『何があった』とは失礼ですね、殿下!?」
「いや、ついね。君といえば、令嬢たちの間で『シオン被害者の会』が結成されるほどの、恐るべき暴君だっただろう? 今回の婚約者は、どれほど器が広くてお淑やかな令嬢なのかと心配していたんだよ」
「失礼な。変わったのは、俺の方ですよ」
「確かに、以前の棘々しさが消えて丸くなったね。何が君をそうさせたんだい?」
「――ユリアナが、俺を変えてくれたんです」
シオンは迷いなく、きっぱりと言い切った。
「……そうか。彼女のことが、本当に好きなんだね」
「ええ。まぁ、とても大切な存在ですから(※人として、親友として)」
「いいなぁ。私も、君たちのように本気で誰かを好きになってみたいものだよ」
「婚約者のイザベラ嬢は、どうなのです?」
シオンの問いに、レオハルトは困ったように肩をすくめた。
「嫌いではないよ。ただ、私はどうも、ああいう高飛車でプライドの高いタイプは苦手でね……」
「そうですか……」
シオンはそっと、遠くでイザベラと談笑しているユリアナに視線を送った。
――そんなこんなで、ユリアナはイザベラと接近しすぎず、かと言って悪い印象も持たれず、絶妙な「丁度いい距離感」を獲得することに成功したのだった。
社交会が終わり、帰りの馬車の中。
扉が閉まった瞬間、二人は同時にシートに崩れ落ちた。
「「ふっはぁぁぁーーーーーー!!」」
「……なあ、ユリアナ。俺って、そんなに周りの令嬢からの印象悪かったんだな。ちょっと本気で凹むんだけど……」
シオンが膝を抱えて、どんよりとしたオーラを漂わせる。
「……まぁ、今更だけどな。自業自得だろ。お前が悪いよ、お前が」
「あッ! お前、さては『被害者の会』の連中と話したな!?」
「お前が悪い。全面的に、お前が悪い」
ユリアナは冷ややかな目で、相棒に容赦ない現実を突きつけるのだった。




