レッツゴー商店街
シオンとの劇的な初顔合わせから、早いもので数ヶ月が経った。
あの「スルメイカ事件」以来、不思議と俺たちの両家は急速に交流を深めるようになり、秋も深まったとある一週間、なんとシオンがローゼンベルク邸に滞在することになったのだ。
「これからの一週間、どうぞよろしくお願いいたします」
玄関ホールで、シオンが男貴族としての凛とした、非の打ち所がない礼儀正しさで一礼する。
「ようこそおいでくださいました、シオン様。お荷物はお部屋にお運びいたしますね。お嬢様は自室でお待ちかねにございます」
「お気遣い、感謝いたします」
執事に見送られ、シオンはユリアナの部屋の前に立つと、軽く三回ノックした。
「ユリアナ! 俺だ、シオンだ!」
「おぅ! 待ってたぜシオン!」
勢いよく扉が開くと、そこに現れた「ユリアナらしき人物」の姿に、シオンは思わず目を丸くした。
きらびやかな赤毛のロングヘアは跡形もなく消え去り、首元がすっきりとした男の子のような短髪になっている。さらに服装は、ドレスのインナーとして着るような白いブラウスに、膝丈のハーフパンツという極めてラフな姿だった。
「ユ、ユリアナ!? どうしたんだよその髪型、というかその格好!」
シオンが慌てて部屋に入り、扉をバタンと閉める。
「へへ、こっそり自分で切っちゃった。でも大丈夫だ、これを見たまえ!」
ふふんと胸を張ったユリアナは、机の引き出しからユリアナ本来の髪色・髪質とそっくりな、精巧に作られたハーフアップのウィッグを取り出した。そして、それを手際よく頭に装着してみせる。
「ほら! これさえ被っておけば、侍女や親には絶対にバレないって訳。俺さ、もともと侍女を周りにベタベタ置くのが好きじゃなくて、身の回りのことは自分でやりたいタイプなんだよね。部屋で一人の時くらい、軽い頭でリラックスしてたいじゃん?」
「なるほどな……。でも、まさかそれで外に出かけたことはないだろ?」
「いや、あるよ? この屋敷から誰にも見つからずに抜け出せる裏道、見つけちゃったからね。……なぁ、せっかくの一週間だしさ、シオン、町の方に行ってみないか? もちろん、二人だけの秘密で」
悪戯っぽく笑うユリアナに、シオンの目が輝いた。
「マジで!? 行く、絶対行く!」
ウィッグを被り、適当なお忍び用の服に着替えたユリアナとシオンは、ローゼンベルク邸の近くにある賑やかな商店街へと繰り出した。
「うっわぁ……! すっげぇ! 人がめちゃくちゃ多い! 実は俺、こういう普通の商店街に来るの初めてなんだよね。家から全然出してもらえなくてさ!」
きょろきょろと辺りを見回すシオンは、先ほどまでの威厳ある貴族の姿が嘘のように、年相応の少年らしい笑顔を弾けさせている。
「そうかそうか。じゃあ、今日は思いっきり楽しもうぜ!」
「それにしても驚いたよ。まさかユリアナの部屋に隠し通路があるなんてな。風呂場の床下に、あんな大掛かりな通路が隠されてるなんて思わないだろ」
「まあな。俺も見つけた時はびっくりした。けど、もし万が一の侵入者が来た時のために、逃げ道を確保しておく設計になってたんだろうな、たぶん」
(まぁ、ゲーム的には『ユリアナがサクラへの嫌がらせ用に、夜な夜な屋敷を抜け出して怪しい薬を買いに行くためのルート』として設定したやつなんだけどな! まさかこんな健康的な脱走に使うことになるとは)
「あ! ユリアナ、見てみろよあれ! すっごいいい匂いがするぞ!」
シオンが勢いよく指差した先から、モクモクと香ばしい煙が立ち上っていた。
「あれは……!」
英二の脳裏に、かつての開発室の光景がよみがえる。
(焼き鳥じゃねぇか! 思い出した、同僚と居酒屋で酒飲んでる時に、ノリで入れた体力補充アイテムだ! スルメイカもその時に一緒に追加したやつだ!)
「……食ってみるか?」
「え、いいのか!?」
「おっちゃん、モモ二つ!」
ユリアナは慣れた手つきで銅貨を支払い、焼き立ての焼き鳥を二串受け取った。
(そういえば、ゲームの本編で、シオンに焼き鳥を与えた時の隠しセリフがあったな……。確か――)
ユリアナは一本をシオンに差し出し、ニヤリと笑った。
「はい、どうぞ。……お前の次のセリフは『染み渡るぜ』だッ!」
「染み渡るぜぇぇぇ! ――って、はっ!?( ゜д゜)」
シオンは自分の口から出た言葉に驚き、焼き鳥を持ったまま固まった。
「アハハハ! これ一回言ってみたかったんだよな!」
「えっ、えぇ!? なんで今、俺が言おうとした言葉がわかったんだよ!?」
「んー、まぁ、俺の並外れた観察力?ってやつ?」
(本当のところは、乙女ゲーム『ロマンスメモリアル』のボイスセリフ集の暗記だけどな!)
「すげぇな、お前……」
シオンは感心しながら、タレの滴る焼き鳥を美味そうに頬張った。
「おっ! 見てみろよ、この店!」
次にシオンが足を止めたのは、露店に並ぶ小さなアクセサリーショップだった。きらきらとしたガラス細工や、安価だが綺麗な鉱石が並んでいる。
「へえ、綺麗だな」
「お前には……これが似合いそうだな」
シオンが手に取ったのは、ユリアナの瞳のカラーと同じ、澄んだ青色の宝石があしらわれたシンプルな指輪だった。
「わぁ……すっごいきれい……」
思わず素直な声が漏れる。
「これ、ください! えっと、お金は……これで払うので!」
シオンはポケットから、自分の私物である、見るからに高級そうな一角獣のブローチを取り出して店主に差し出した。
「おい、シオン!? そんな高そうなもん、こんな安物の指輪と引き換えにするなんて――」
「いいんだよ。ユリアナ、これを受け取ってくれないか?」
シオンはユリアナの手をそっと取ると、その左手の薬指に、青い石の指輪を滑り込ませた。
「これでも一応、婚約者だからね。このくらいはさせてよ」
そう言って、照れくさそうに優しく微笑むシオン。
英二は、その綺麗な横顔をじっと見つめた。
(自分から女の子に、こんなにさりげなく、優しい贈り物を手渡すなんて……。ゲーム本編の、あの冷酷非道なシオンからは想像もつかない姿だ。なんで原作のシオンは、あんなクズに育っちまったんだろうな……)
「……ありがとう。これ、大切にするね」
「あ、今ちょっと女の子っぽかった」
「お前こそ、今ちょっと格好いい婚約者っぽかったぞ」
「あ、素に戻ったな」
二人は顔を見合わせて、お腹を抱えて笑い合った。
その後も、二人は思う存分商店街を巡った。
だが、二時間ほどが経ち、夕暮れが近づいてくる。そろそろ屋敷に戻らなければ、留守が怪しまれる時間だ。俺たちは急いで帰路につくことにした。
「ほんとは、もっともっと遊びたかったけど……仕方ないな」
「また来ればいいさ。そのための隠し通路だろ?」
商店街とローゼンベルク邸の間には、こんもりとした小さな森がある。その森の小道へと足を踏み入れた時のことだった。
秋の太陽は沈むのが早い。小道の中は、すでにかなり薄暗くなっていた。
(……なんか、ちょっと不気味だな。ゲームだったら魔物とか出そうな雰囲気だし……)
英二としての記憶があっても、現在の身体は10歳の非力な女の子だ。急に周囲の静けさが怖くなってきた。
「……なぁ、シオン」
「どうした?」
「手……繋いでいいか?」
「え? なんでだよ」
「おら! つべこべ言わずに手ぇ繋げ!」
ユリアナは無理やり、シオンの少し大きな手を強引に握りしめた。その手がかすかに震えているのを、シオンは見逃さなかった。
「あー、わかった。お前、ビビってるんだろ?」
「う、うっさい!」
図星を突かれて顔を赤くした、その瞬間だった。
がさがさと、目の前の茂みが大きく揺れた。
「ほぉほぉ……。こんな時間、こんな寂しい場所に、可愛らしいお坊ちゃんと、これまた珍しい髪型の令嬢が二人きりとはねぇ……」
影からぬっと現れたのは、ボロ布を纏い、下卑た笑みを浮かべた数人の男たち――。
「いいカモを見つけたもんだ。おい、大人しく懐のものを出しな。坊っちゃん」
暗がりに、ギラリと光るナイフの刃が光った。




